第2番 化学世界の秘密

 ―――――

「わかりました、ではなマスターに一旦質問タイムを設けるのでわからないことを聞いてください。」

「(…酷い…)」

 アンモニアでも嗅いだかのような渋い顔を浮かべながら彼女は俺と対面するかたちで座…?…うん、座ってる…。大丈夫だ…まさか浮いてるような影が見えてるなんてありえない…。21世紀初頭のアニメじゃないんだぞ、俺!

 そんな葛藤を抱えながらも俺はエリウに質問をすることにした。

「えーっと…じゃぁ、まず…この世界はどんな理由で作られたんだ?」

 俺のこの質問を待ち構えていたのか、エリウは得意気に語り始めた。

「耳の穴にヘリウム突っ込んでよく聞いて下さい!」

(耳の穴…!?ヘリウム!?)

「この世界は2050年にドクターが作りました!当時最高の技術で全財産、全設備、全知識を用いて!この世界では現実世界における異常現象の原因となる化学反応を貯蓄・分解・再反応して現実世界に戻すことで異常現象を未然に防いでいるのです!だから世界は今も滅ばず活動できているのです!!(ドヤァ…)」


 ―――。


「お、おう!スゲェじゃねぇか…!!さすがドクターだぜ!」

 これでもかと言わんばかりに褒める。


「いやぁ…//そんなでもありませんよぉ〜///そもそも私がやったんじゃないんですから〜!//」

(…よし、これは扱いやすいタイプだな!これで知ってること全部吐かせちまおう!)

 そんな俺の邪な気持ちはエスカレートする。

「ていうかなんでお前はここにいるんだ?他の人間らしきやつは見当たらなかったが…。お前も元々は現実世界の人間か?」


「―…。」


 エリウの笑顔は消えていた。俺は背後にとんでもない罪悪感を感じながらエリウの話を聞いた。

「…私はこの世界の管理人。ドクター自信が唯一作り出した生物です…。だからおよそ50年、私はこの世界の最初の化学裁定者を現実世界から探し出すために1人で生きてきました…。」


 やってしまった。思いっきり地雷を踏み抜いてしまった…。

 だが、そんな思いと同時にまた質問が口から出ていた。

「ドクターはどうした?一緒じゃなかったのか?」

 …終わった。

 俺はまともに空気も読めず、あからさまに答えの見え見えな質問をしてしまった。人間失格だ。人として消えて原子に帰りたい…。

「ドクターは…。」


 そんな冷たく張り詰めた空気を察したのか今度は金属のように固められた作り笑いで続けた。

「ドクターは2050年11月11日、つまりこの世界ができた日に突如として姿を消しました…。で、でも私信じてるんです!ドクターはきっと化学世界か現実世界で生きているって…!だから…だからぁ―。」


 エリウはそこで話を切ると今度は満面の笑みでこちらに顔を向けた。ただその笑顔には彼女の優しい心で蒸留された、綺麗な綺麗な涙が道を作っていた…。


 ―俺はそっと手をエリウの頭に置き、グッと自分に引き寄せていた。


 2099年5月18日月曜日 10時52分―。


目が覚めた。目の前には無機質な白が広がる。体の感覚もまだはっきりしない。

「ここは…」

体が重い。すると足元で寝ていた有史が目を覚ました。

「んぁ…?あ…!?杯斗、目ぇ覚ましたか!!」

有史は俺の体をこれでもかとゆする。

「ごめん、もう大丈夫だから。」

するとカーテンの隙間からカーボンナノチューブの様な細く繊細そうで艶やかな髪が見えた。

「その子ったら、みー君が倒れたからってあなたを担いで大騒ぎで来たのよぉ…?」

みー君という呼び方、艶やかな髪。間違いない。養護教諭の匙院さじいん しずくである。その美貌と透き通る声とは裏腹に三十路オーバーのおば…もとい、お姉さん。俺の実の叔母にあたる人だ。俺のことは水素みずもとから取ってらしい…。

(ほかの家族も水素なのにどうなってんだ…。)

「ありがとう、有史。」

ひとまず俺は礼を言うと本題に入ろうとした。

「ところで2人とも、(化学世界って知っているか?)…」

ふたりは顔を見合わせてくすりと笑い出す。

「どうしたいきなり口パクなんて始めて!腹話術のつもりか!?」

大笑いする二人に困惑しながらも

「(化学世界…!)」

やはり声は出ない。とりあえず俺はその場をやり過ごす。

「あ、そ、そうなんだよ…!腹話術の練習!上手いだろ!」

なんとか誤魔化してはみたが何だったのか…

「みーくん今日はお疲れみたいだしこのまま帰んなさいよ?姉さんには話しておくから。」


しばらくすると母が保健室に迎えに来た。そしてそのまま連れられて帰宅。床についた。―


何時間寝ていたのか…。眼前にはこれでもかと言わんばかりのコバルトブルーの空が広がっていた。


「―スター!…マスター!!」

耳元で誰かの声が聞こえる。なんだか聞き覚えのある心地よい声。

「…エリウか…ってことはここは化学世界なんだな?」

俺が確かめるように聞くとエリウは答える。

「はい!おかえりなさい、マスター!」

この満面の笑み。これが現実世界ならたまらんものなんだが…。

「…ただいま。ところで俺はいつまでエリウの膝の上で寝てればいい?」

エリウの顔が紅潮する。

「ご、ごご、ごめんなさいぃ!いきなりマスターが空から落ちてきたのでとりあえずこの姿勢でキャッチしただけであって別にやましいことなどは何も…!」

いつになく饒舌なエリウである。

「そっか、ありがとう。」

俺が素直に感謝するとエリウは落ち着きを取り戻したようだった。

「はい!」

溌剌はつらつとした返事、体を起こすとそこは有機物に満ち満ちた広大な野原の中だった―


「ところでエリウ、聞きたいことがまだあるんだが?」

「はい!なんでしょう、マスター!」

「どのタイミングで俺は化学世界に飛ばされるんだ?」

「この前もお話しましたが、この世界には精神のみをお連れしています。つまり、意識が剥がしやすい状態。睡眠時や失神時などでしょうか?」

なるほど…だからこないだ有史と話してる時に…。俺は思い出したようにもう一つ質問した。

「そうだ。この世界のことは誰にも話せないのか?」

エリウの顔が一気に青ざめた。

「マ、マママ、マスター…!誰かに話しちゃったんですか!?」

「いや、話そうとしたら声がいきなり出なくなったから…。」

エリウが安堵の表情を浮かべる。

「良かったです…。そのままマスターがお話を続けていたら口から肺が―(自主規制)―という状態になるところでした…。」

エリウはさらっととんでもないことを言った。自主規制の必要なレベルのグロ注意表現…。

「…お、おう。話止めといて良かったぜ…てか、話してたら今ここにいないだろ。でも何でだ?」

エリウは改まって正座をした。

「それは、化学裁定者以外にこの世界の存在を知られて悪用されないためです!この世界では力さえつけてしまえばある程度の化学反応は操りたい放題ですから!」

「んじゃぁ、この世界のことを知っているのって…エリウとドクターと俺だけか?んまぁ、今後の化学裁定者を除いたらだが。」

「はい!その通りです!」

なるほど。この世界は第三者に知られてはならないのか…。

「でもなんで俺が選ばれたんだ?俺以外にもっと化学できるやついるだろ。」

その質問にはエリウも苦悶の表情浮かべていた。

「もしかしたらそれは化学ができないが故かもしれません。化学のできる人間がこの世界に入ったらあらゆる反応をやたらめったらに扱いかねません。逆にぐらいが丁度いいのかも知れません!」

「あ、うん。そっか。そうだな。悪用されたら困るもんな。」

このとき俺の心はメッキの剥がれたブリキのようにめちゃくちゃに傷ついた。うん、メンタルクラッシュだこれ。

「ではマスター!まずはマスターの授与原子を知るために泉に行きましょう!」

エリウは進み出した。


―2099年5月18日月曜日 12時36分―。


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俺がこの世界のメンデレーエフです。 繚蘭 @Ryoran

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