第2章★恐い人に捕まって

「こういった扱いは屈辱なのよ!」

 ユキヤナギ三世が首輪に不満を示します。ツナギを着ているとはいえ、見かけはフツーの、耳と尾と目の周りが茶ブチの白わんこなのに。首輪、とてもお似合いですよ?

「それでいったら、わたくしだって操り人形みたいで不愉快ですとも」

 同じく首輪を付けられたわたくしもうなずきながら、渋々と歩きます。

 なんでこの人たち、ほぼ無人の星でこんなものを持っているのでしょうね。

 手綱こそ付いてはいないものの、男のどれかが持ったコントローラーから一定以上離れると爆発するのだそう。「まあ、離れなくてもスイッチを押せば爆発するから態度には気をつけるんだな」と、男たちはニヤニヤと笑いました。

 用意が良すぎて爆弾という信憑性が疑わしいですが、自分の身体で試してみるだけの無謀な勇気は持ち合わせていません。それに、彼らがそのせいで優位を確信しているおかげで、ろくにボディチェックもされていませんしね。

 チュー(単数形)は、そのメタリックなパステルパープルの円錐型のボディにうまく首輪がはまらずに、金属のカゴの中に入れられています。……なんというか、ネズミ取り?

 彼が、サイズは小さくても頭脳と文明を認められた、ちゃんとした人種なのだと認識されているのかまでは分かりません。ニャジュミ族は、宇宙規模ではマイナー人種ですしね。


 植物牧場の入口には見張り台らしき高いやぐらが組んであり、ずっと奥には建築現場の事務所のような、白っぽいパネルを枠だけで組んだ簡易な掘っ立て小屋があります。人の手が入っていない原生林に、ヤクザに、麻薬常習犯。そして、有刺鉄線の中に囲われている奇妙な植物。

「ふむ」

 大手製薬会社が訪れないような僻地こそ、麻薬栽培には最適なのでしょう。……まあ、ただの推理ですけれどもね。

 彼らはその白い掘っ立て小屋にわたくしたちを連れ込みました。前後に二分割された奥側の部屋。壁を背にして背もたれと肘置き付きの革の椅子にいたのは、

「ふーん。どう見ても、宇宙警察とかじゃねえなあ」

 あら、イケメンですね。オジキ伯父貴と呼ばれるには少しばかり若すぎですが、とても偉そうにふんぞり返っています。このわたくしの髪よりも暗めの銀髪をオールバックにして片眼鏡を付けた、照りのあるピンストライプのスーツを着たフェアリィ族です。……あ、でも、もしかしたらフェアリィに似た別の種族かもしれませんね。

 肌は褐色で、耳は尖っているものの、耳元にあるべき葉っぱや花は切ってあるのか最初から存在しないのか見あたりません。うちのマスターが王子様系なら、小悪魔系とか堕天使系です。切れ長の瞳についた天然のアイラインがハッキリしているので、ヴィジュアル系バンドのギタリストなどがたいそうお似合いでしょう。

 会議机のような長テーブルには雑然と伝票や書類が広げられています。壁際の引き出しなども開けっ放しですね。わたくしたちが生き証人として外に出ることは無いと、舐められているのでしょうか。それともこちらの目の焦点距離よさを、甘く見ているのでしょうか。

 書類にはちらほらと麻薬成分の名称が見えます。この星の二足歩行植物の中でも、花びらが白い突然変異体だけが上質の麻薬【ランナー】となるようです。加工は別の星でやっているようですね。

 わたくしの推理が正しかったようですが、嬉しくありませんねえ。

「わたくしたちが宇宙警察だとどうなるのですか?」

「おめぇを犯して殺して宇宙に打ち上げて囮にして、その間にサッサとこの星から引き上げる。いい栽培場だったから残念だがな」

「……わたくしたちが民間人だとどうなるのですか?」

「そうだなあ。ちとガキすぎるが顔は悪くねぇし、俺たち共有の奴隷にしてやるよ。メシつくるのはうまいか?」

 わたくしはスチャッと片手を挙げます。

「わたくしはこの星に植物採集に来ただけの、平和で役に立つ民間人です! プロ級ですよ!」

 味見だけは。

 ……うちの船にはポンデなシェフがいるので、わたくしは料理したことはありません。まあ、調理しているところを横で見たことはありますし、やってみれば何とかなるのではないでしょうかねえ。即死ルートよりは奴隷のほうがまだマシです。あちらは気が付いていないようですが、わたくしはアンドロイドですからね。

「アデレイド~っ!?」

 さっそく裏切ったわたくしの姿に、ユキヤナギ三世が悲鳴を上げました。

「マスターたちのことはどうするよ!」

「あれはあれで自業自得ですしねぇ……。二人ともいい大人なのですから秘書がいなくたってなんとかなさるでしょう……」

 あ、資材管理担当ユキヤナギもセットでいなくなるのでしたねえ。メカニックは……。まあ、一匹や二匹が消えても、彼らチューズの大元には支障はないでしょう。

「マスター? おめぇがリーダーじゃねえのか」

 イケメンの堕天使系は不思議そうに眉を寄せました。

「ああ、わたくしは雇われ秘書です。こちらがうちの船長と副船長です」

 わたくしはブレスレットタイプのウェアラブルPC(今は衛星にはつながらない)を起動すると、空間にグリーンとピンクのバカップルの画像を投影しました。

 それを目にしたとたん。

 イケメンさんは両目と口をぱっかりとひらいて、写真を凝視しました。みるみるうちに頬が紅葉のように赤く色づいていきます。

 そして感情に呼応してこめかみに伸びてきたのは、擬葉。

 両耳の横にとっても愛らしいピーチピンクの可憐な花がポポンッと咲きました。まるでチアリーダーの応援ポンポンのようです。――――正直に言うと、悪魔のごとく退廃的で耽美な彼のビジュアルには、まっっっったく似合いません。花だけが明るくって幼すぎます。それゆえに普段は切ってあったのでしょう。

 やっぱりフェアリィ族だったのですね。

「こっ、こっ、こいつ何だって?」

「うちの船長と副船長ですってば」

「そうか……おめぇの上司か。有能なんだなあ」

 陶酔したように囁きます。これはどこからどう見ても、額縁に閉じ込めたらそのまま美術館に飾れる『恋に落ちた瞬間』です。

 やはりレディ・ハナはモテますねぇ。どの種族の前に出しても美しいであろう、苺ミルクピンクのふわふわ髪の巨乳美女ですからね。しかも彼はまったくの同族です。……と、うなずいておりましたが、彼の視線の方向が微妙に違うよう……な?

「ええっと、あなたナニさんです?」

「お、おう。俺はマーダー・ショウだ。それでこいつは何て名前だ」

 マーダーって地球系の古語からくる殺人者って意味ですよねえ。

 そしてショウさんが目も離さずに返事した、その視線と指の先は――緑の髪のキャプテン・モリでした。……ああ、そちらの人でしたか。


     ◆ ◆ ◆


「こんな写真もありますよ」

 微妙に生温かい笑みになりつつ、白い壁に画像を投影します。ここはそう……キャプテンの水着姿なんていかがでしょうかね。どの写真もかならずその隣にはレディ・ハナが映っているのですが、さいわいにもショウさんはキャプテンにしか視線が行かないようです。

 さすがに恥じらいがあったのか、ほかのヤクザさんたちは邪険に部屋から追い払われました。小柄で可憐な美少女わたくしと、二足歩行の間抜け顔の白わんこユキヤナギ三世、オモチャのネズミチューでは警戒する気もおきないでしょう。

 チャーーーーンス!

 チャンス到来です!

「ああ、動画もありましたね」

 送られてきたばかりのビデオ・レターを上映します。……囚人服姿ですが。

 片腕で画像を投影しながら、後ろ手でちょいちょいと合図をすると、ネズミ取りな金属カゴからチューズ(複数形)が出てきました。先祖代々メカニックな彼らを人工物で閉じ込めるのなんて、ほとんど不可能です。……というかいきなり増えていますね、金属質の光沢を持ったパステルバープルのチューから、パステルブルーとパステルレッドの二匹のチューズに分離をしていました。

 寂しがりの群棲体なので、個体を遠くに引き離すと自動で複数になるそうです。……ただ、今回はいくらなんでも増殖が早すぎますから自分たちの危機に反応したのでしょうか。

「まったく、ネズミ使いが荒い奴だにゃ」「どうしろというのにゃ」

 声もひそめずいつものように文句を言うものですから、画像に夢中だったショウさんもさすがに不審に感じて振り返ろうとしました。


 数分後。

 わたくしは巨大なハンマーをハンドルだけに戻して仕舞いました。

 かよわい少女のボディですから、背後から殴ることも躊躇しません。

 ショウさんは椅子から落ちて床に転がっていますが、大丈夫。暗い銀の髪も耳元の花も、赤く濡れたりしてはいませんよ? とっさにハンマーのヘッド部分をゴム仕様にいたしましたからね、命までは落としていません。モリ様ハナ様とおなじ種族ならば、日々のツッコミ(物理)のおかげでだいたいの手加減は分かります。

「……あれがツッコミのつもりよ?」

 不満そうにユキヤナギ三世が呟きましたが、ナニが不満かというのでしょう。

「さて、逃げますよ。……というか三世。さっきからなにをやっているのですか」

「気になるのよ!」

 これから逃亡というのに片付けが始まってしまいました。うちの倉庫じゃないというのに、机の乱雑さが気になってしょうがないらしく手際よく引き出しに仕舞っていきます。

 難儀な性分ですねぇ。

「あっ、それは貰いましょう」

 麻薬【ランナー】の栽培方法についての手書きの覚え書きが目に付きました。マスターたちへのちょっとしたお土産です。ほかのメモリカードやディスクは……手を出さないほうが良さそうですねえ。彼らがどこ所属のマフィアなのかまでは知りませんが、顧客リストやら仕入れ先一覧などをうっかり手にして宇宙中を追い回されるのはゴメンです。

 数枚のメモを軽く畳んでポーチに仕舞い、扉越しにそっと隣室の様子を窺います。

 向こう側の部屋には人の気配が複数あります。こちらの騒ぎには気が付かなかったようですが、このまま出て行って、大丈夫とも思えません。かといって可憐で愛らしいわたくしは、正面から大暴れできるような戦闘用アンドロイドでもないわけですし……。

「チューズに提案なのですが……。この建物の壁は開けられそうですか?」

 この建物は白いパネルを金属の骨組みでつないであるのですが、奥のこちら半分には窓が無いのです。……なにに使う用の部屋なのかは考えたくもないですが。

 このパネルが開くのならば、ほかの連中に見つからずに裏側から逃げられます。だいたい、闇商売のくせに裏口も用意していないなんて間違っていると思いませんか? 暖炉や書庫に脱出用の通路が開いたり、裏カジノのルーレット台がスライドして床の避難口があらわれるのは、マフィアのたしなみですよ、たしなみ。なっていませんね!

「無理にゃ」「これは分解するとぜんぶ一気に外れる折りたたみ式にゃ」

 チューズは難色を示しました。

 表の部屋の連中に気が付かれずに穴を開けるとなると、大がかりな工具が必要だそうです。文字通りの裸一貫でアイテム無しなチューズの現状ではさすがに無理みたいですね。

 カゴのようにただ普通に分解するのなら可能だそうですが、この建物ごと倒壊してしまうのでは、ヤクザ者たちとの銃撃戦は回避できそうにありません。

 それならまだ、このまま正面から何食わぬ顔で出て行ったほうがマシかもしれません。相手が間抜けだったなら気が付かれないでしょう。

 床にぐったりと倒れたショウさんは、目を覚ます気配すらありません。おなじフェアリィ族でも、モリ様ハナ様のほうがずっと頑丈ですねぇ。まあ、あれでも彼らは駆け落ちカップルですからね。天然王子と脳天気姫といった見かけによらず、たくましいものがあります。

 闇(社会)に生きる堕天使系のショウさんは黒味がかった銀の髪がフローリングに広がり、とがった耳の付け根から生えたピーチピンクの花は元気なく萎れかけています。苦しそうに眉を寄せたその端正な横顔を見ているうちに、ふと思いつきました。

「……それでは、こういう方法はいかがでしょう」


     ◆ ◆ ◆


 部屋から出たとたんに、強面の男たちが射るような視線を寄越しました。アンドロイドとはいえ笑顔が引きつりそうです。ましてや表情筋を自動制御できないユキヤナギ三世は、すでに全身の白い毛を逆立てて鼻の頭から冷や汗を垂らしています。

 沈黙は金。

 わたくしは黙ったまま、当然という顔をして三匹を引き連れてスタスタと出口に向かいます。

「おう、どこに行くんじゃ」

 ここでいちばん最初に声を掛けてきた、岩石系のヤクザさんに引き止められました。先程のショウさんとのやりとりも聞いていた人です。

 肩を掴んできたので、そちら側の髪を手の甲でファサリと掻き上げます。――耳を強調するかのように。……というか、強調“している”わけですが。

 耳元の髪にはショウさんから摘んだピーチピンクの擬葉を差し込んであります。髪が変化したものですから、彼は痛くなかったはずです。

「ああ、ショウお兄さまに頼まれたんですよ。一度うちの船に戻って、もっとマスターたちの画像を取ってきて欲しいって。このあたりに真っ白な中型宇宙船が停まっているはずなのですが、どこかで見ませんでしたか?」

「……お兄……さま?」

 聞き返しながらも、ヤクザの視線はわたくしの耳に向けられていました。

 そう、フェアリィ族の特徴である尖った耳に。

 わたくしの白銀の髪は長くて量が多いので、彼らは、さっきわたくしたちをここに連行してきた時には気付かなかった――単に見落としたのだと思っているでしょう。まさかたったいまチューズによって改造されたのだなんて、考えもしないに違いありません。

 生体部分はともかくとして、アンドロイドの外装の一部を変化させることぐらい彼らチューズにとっては簡単なことです。

 銀の髪+尖った耳。そして擬葉。

 柔らかな絹のスカートを翻し、わたくしはにっこり微笑みました。

「ずっと生き別れだった、母親違いの異父兄妹だって分かったんです。いまショウお兄さまは疲れて寝ていますけれども、そのあいだに急いで船に戻って来ないと」

 ヤクザは慌ててわたくしの肩から手を離しました。よし、信じたようです。

 嘘はついていないのですがね。“母親違いの異父兄妹”がすなわちただの他人だということに、この素朴な脳をしたヤクザは気が付かなかったようです。

「宇宙船、か? おう、そういやぁしばらく前にレーダーに映ったな。警戒してたら、おむぇらが現れやがったんだ」

 ああ、それでわたくしたちがあんなに早くとっ捕まったのですね。

「それはどちらの方向でしたか?」

「やぐらの見張りが何か言ってやがったが……」

 わたくしたちは外に出ると、麻薬牧場にある高い物見やぐらに向かいました。同行しようとするヤクザを断り、ハシゴをのぼります。見張りのチンピラが困ったような顔をしています。

「……エレベーターぐらい、付けてくれればいいと思いませんか?」

 わたくしがぶつくさ言いながらもようやく見張り台の手すりを越えた時、先に上がっていたユキヤナギ三世が遠くを仰いで嬉しそうな声を上げました。

「おお、見えたのね」

 彼の視線の先、木々の向こうに真っ白な雪だるまの頭が少し覗いています。距離は二キロから三キロというあたりでしょうか。

 さて、目的地の方角もわかりましたし、逃げないと。

 しかしどうやらショウさんの目が覚めてしまったようです。掘っ立て小屋から騒ぎが起こりました。何人かのわめき声や怒声と一緒に、椅子に乗せられたままのショウさんが中から押されて出てきました。誰かに奥の部屋を覗かれても大丈夫なように、こちらに背もたれを向けて座らせて、紐でくくりつけてきたのです。

 あらあら。早くほどいて立たせてあげればいいのに……と、思ったのですが。うちのユキヤナギ三世は紐の結び方を四十六種類も知っているうえに、愛用の細い梱包用ロープは、彼の牙かわたくしたちクルーが持っている特殊なロープカッターじゃないとなかなか切断できない素材なのですっけ。

 とか考えている間も、わたくしたちはわけもわからないまま捕まえて来ようとするチンピラの手をすり抜けて、大急ぎで物見やぐらから飛び降りました。

「――してやる!」

 椅子に縛られたままのショウさんが何かを叫んだとたん、彼が背にした掘っ立て小屋の方向から大きな爆発音が上がりました。

 あらら

 走りながら振り返ると、ショウさんたちは吹っ飛び、白い建物の隙間からオレンジ色の炎が激しく吹き出しています。そうか。首輪が爆弾だというのは本当のことだったのですね。スイッチを押す前に、わたくしたちがまだ首輪をしているのかどうかとか、それが部屋の引き出しなどに仕舞われていないのかどうかなど、ちゃんと確認しないとだめですよ。

 こちらにはチューズがいますからね。


     ◆ ◆ ◆


 爆発により何かが壊れたのでしょう。恐竜たちが一斉に麻薬牧場へと駆け込んできました。爬虫類をここから遠ざけていたのは音波だったのか電磁波だったのかそれともほかの何かだったのか、ヤクザさんたちに聞いておけば良かったですね。

 さっきも遭遇した、サイに似た踏みつぶし竜の群れが、その習性に従って掘っ立て小屋も柵もショウさんたちヤクザさんたちも元気に蹴り散らかしながら爆走していきます。御愁傷様。それらが陽動になって、わたくしたちは無事に常春号まで辿り着くことができました。

 草地に着陸した巨大な雪だるまの姿に、ホッと肩の力が抜けます。

 そこにシロクマとしか言いようがない真っ白な毛並みの大きな(といってもほぼわたくしと同じぐらいのサイズですが)テディベアが、片手にふかふかの枕を抱えて通りすがりました。いつものお昼寝でしょうか。雪だるまの足元(?)にパラソルと、プールサイドによく似合いそうなビーチチェアがすでに設置してあります。勝手に満喫していますね!

「アカザ、久しぶりですね!」

「んー。そいつらはなんだ?」

 え。振り返ると、ここまで追ってきたのでしょう。岩石系の肌を持った黒服が銃をこちらへと向けたところでした。宇宙船の位置を確認して皆殺し? ええっと、とっさに腰に下げていたハンマーの柄を……間に合わない!?

 お腹に響く衝撃波とともに、黒服は仰向けにフッ飛んでいきました。あれっ。

「で、なんなんだ?」

 ニート砲撃手ガンナーのアカザはどこか呆れたように言うと、大ぶりのショットガンを回転させて枕に仕舞いました。このクマ、点目のテディベアのくせにどうして声だけは渋くて格好良いオジサマ声なんでしょうかね。

 羨ましい。

「ええっと……ですね。とりあえず逃げましょう!」

 常春号の人工知能に合図を送って、タラップを下ろしてもらって駆け上がりました。

「……シロを連れて出てなかったのか?」

 アカザもコックピットへと上がってきながら首をひねります。

 彼が言う「シロ」って、ユキヤナギ三世のことです。慌てて中を見回しましたが、わたくしのほかにはパステルブルーとパステルレッドとパステルイエローのネズミ三匹がいるっきりです。あれっ。早く教えてくださいよ!

 っていうか、またネズミが増えてますね!

「そういえば消えていたにゃ」「先に行けって言っていたにゃ」「にゃ」

「えっ、それいつのことですか?」

「見張り台から降りたあたりにゃ」「らしいにゃ」「そうだにゃ」

 置いてきた?

 ヤクザたちがいるところに、迎えに行かないとダメですか? 良心と実利と面倒くささとの葛藤に挟まれているところに、

「待つのよ、待つのよ!」

 遠くから三世の声。

 マイクに連動して自動的にモニタが点灯し、地上をこちらに向かっている白い個体にカメラのズームが合わせられます。四本足で懸命に走るユキヤナギ三世はいつのまにか荷物を背負っていました。もともと採取した青い花弁の二足歩行植物と、白い花弁の麻薬です。

 荷物を取りに寄り道していたのですね。さっきの爆発&恐竜騒ぎに乗じたのか、ちゃっかりヤクザたちから新種をかすめ取っているのも驚きです。

 そのヤクザの団体様を引き連れてもいるわけですが……。

 こちらがタラップを下ろすと、三世は大慌てで駆け上がってきました。――って、追い付かれる!? 黒服たちもタラップに飛び乗ろうとした寸前に、彼らの悲鳴が上がります。

「面倒くせえなあ」

 インカムが拾ったアカザの声。

 麻痺銃で地面に転がっていったのは黒服たち。コックピットのふたつのまどから見える下方に、ニンジンの鼻のようなオレンジの銃座が伸びていました。こうなることを予想した白クマが、いつのまにか迎撃の準備を整えていたようです。

「くううっ。なんで普段は昼寝ばかりしてるニートの役立たずのくせに、こんな時だけ颯爽と登場して、格好良く美味しいところ取るのですかっ!」

 支離滅裂ですが――腹が立ちます!

「おう、俺は砲撃手ガンナーだからな」

 アカザがいくつか威嚇射撃をしているうちに、わたくしたちは宇宙船を発進させました。


「さーて、仕舞っちゃうのよっ」

 ユキヤナギ三世が嬉々として二足歩行植物を収納しています。まったく。みんなを騒がせておいて脳天気ですねえ。もう片目にもブチを付けちゃいますよ?

 雪だるまは、脱重力ガスを噴出しながら宙を飛んでいきます。地上からは黒服たちが悔しそうに見上げていました。宇宙船を撃ち落とす道具は持っていないようで良かったですね。……当分のあいだはこの星に来られません。

 わたくしはやっと、コックピットの所定の位置に座り込みました。

「……つ、疲れた」

 わたくし、そもそもは秘書として雇用されたはずなのですが以下略。

 溜息をつくと、常春号の優秀で可愛らしい、おもちゃのようなクルーたちを見回します。

 マスターから送られてきたビデオ・レターの指示はさっきの惑星ソンリンリンだけではありません。彼らが前々から申請していた、特別な星に降りる許可が出たそうです。……次は喋る花。ですって。


「では、次の星に参りましょうか」



【本日の成果】


名称/学名●二足歩行の花・青/学名未定

      二足歩行の花・白/学名未定・ヤクザさんはランナーと呼称


採集場所●惑星ソンリンリン


特徴●走る。意外とすばしっこい

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すてきな宇宙船常春号1 ~ ジャングルで植物採集 ~ ◎◎◎(サンジュウマル) @0_0_0

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