「襲」という漢字には、2つの異なる意味がある。
1つは、一般的に知られるとおり「襲撃」の意味。
もう1つには、「正統なものを引き継ぐ」という、
「襲名・世襲」の熟語に表現される意味がある。
さて、本作のタイトルに掲げられた「襲う」とは、
果たして、どちらの意味で使われるのだろうか。
三国時代の動乱を制した司馬氏は西晋を建てた。
が、その短命な王朝の下、世は太平から程遠く、
帝位は最早、唯一志尊の座とは呼べなくなった。
諸王が血で血を洗って争う景品に成り下がった。
本作の語り手は陳元達。匈奴の血を引く文官で、
同じく匈奴の劉淵が建てた漢の重鎮の1人である。
誠実でどこか朴訥なところがある陳元達の目には、
武を以て道を拓く劉淵や石勒たちがどう映ったか。
まさに綺羅星のごとく、癖の強い武将たちが現れ、
劉淵という傑物の下に引き寄せられて集ったこと。
そして時が流れ、彼らがそれぞれに選んだ行く末。
陳元達の穏やかな語り口が900年前へと読者を誘う。
佐藤さんちと河東さんちで何度かお会いする内に、
劉さんちの武将の面々もだいぶわかってきました。
とんがってる石勒少年が痛々しくも可愛いですね。
面白く拝読しました。
三国時代を収束した司馬氏の晋、
史上に西晋と言われる時代の安定は短く、
宗族の内訌による八王の乱とそれに続く
永嘉の乱により河北は匈奴をはじめとする
五胡によって支配されるようになります。
本作は永嘉の乱を引き起こした匈奴の長、
劉淵の宰相を務めた陳元逹、字は長宏が
当時を回顧して語る結構です。
それを聞くのは石勒と張賓、石勒は劉淵の
勢力を引き継いだ劉曜を破って趙国を建て、
史上に石趙または後趙と称されます。
張賓はその知恵袋、いずれも実在の人物
であることは言うまでもありません。
『資治通鑑』のように史実を述べるだけでなく、
作中にはいくつかの仕掛けが施されています。
その一つが、狂言回しを務める陳元逹と同姓の
陳壽の扱い、本作では両者は養父と養子の関係
とされ、そこに安樂侯に封じられた蜀漢の後主
劉禅までが関わってきます。
冒頭に炸裂する擬古文はいささか晦渋、軽めの
文体に慣れた読者は尻込みするかも知れません。
しかし、よくよく読めば難解ではなく、素直に
文意を追えば意味は十分汲み取れると思います。
そこを越えれば会話文に近い文体に転じます。
読む速度も上がるはずです。つまり、冒頭を
じっくり読むのが本作を読む上での要請です。
まだ連載中ですから表題に表されたテーマの
真意は不明ですが、張り巡らされた仕掛けの
行く先に期待して読み進めたいと思います。