【誤った選択の末に】
――ここは、狭間の世界。双子女神はそう呼んでいる。
姉が生の女神、ルシェ。妹が死の女神、メディ。
彼女達はこの世界に望まれて生まれた神だ。
そんな彼女達の見てきた歴史は、まるで壊れたオルゴールのように、歪に繰り返されている。
生と死に強い執心を見せたこの世界の住人は、魔法という力がふんだんに扱えるこの世界で、神の望まない好き勝手をし始めた。
死人を蘇らせたり、時を巻き戻したり、永遠の物を残そうとしたり。
――この世界で禁忌と呼ばれるそれらは、いわば「神を冒涜する行為」そのものであったのだ。
だから双子は、禁忌としたそれらを行った者に罰を与える事にした。
ケースはその時によって変わるが、最終的には「この世界から認識されずに消え去る事」。
禁忌そのものを消すことも考えたし、実際取り上げたが、この世界の人間は根底が愚かなのだろう。同じことを繰り返してしまい、禁忌は再び生まれてしまった。
そしてある時、禁忌が火種となった世界大戦が繰り広げられた。残ったのは、無残にも荒廃した世界と、数少ない人間。
この世界が滅びると、双子達もまた、消えてしまう。それは避けたかった。
だから、生み出した。人々を正しく導く為の存在を。生と死、それぞれを受け入れられる人間を。何度生まれ変わっても、生は生であり、死は死で在らねばならないと、この世界の人間に教える為に。
だが――それさえも失敗した、と言っていいだろう。
何故なら目の前には、禁忌を犯した、自分達の子供のような存在が二人揃って居るのだから。
『さて、ここはどこでしょう?』
『知らんが、私達は結局、世界から消されたはずだな? 目的を遂行したと共に』
首を傾げる美男美女。銀髪の青年は姉が、黒髪の少女は妹が生み出した存在だ。
そして双子は、そんな彼らを目の当たりにして、がっかりした。
『お姉さまぁ、わたし達、どこで間違えたんでしょうぅ』
『そうね……あえて言うなら、最初から、かしらね』
きっと自分達は、存在意義を見誤ったのだ。こうして、自分達が生み出した存在ですら、禁忌を犯してしまったのだから。
だから、神として認めざるを得ない。
『ようこそ、人と神の境界に立つ者達。……私達が生み出した、過ちの象徴たる存在よ』
姉のルシェが声を掛けると、彼らはきょとんとした後、苦い顔になった。
『つまり、お前達がこの世界の女神か』
『過ちということは、私達はあなた方の失敗作ですか?』
ルシェは頷いて二人に続けた。
『私達は、神として望まれ、この世界を見守り、時には干渉もしました。しかし、それ自体が間違いだったと今は痛感しています』
『調停者、っていう存在にぃ、なって欲しかったのよぉ。なのにぃ、禁忌を犯されてぇ、もう、どうしようもないじゃないぃ? だからぁ、一旦回収したのぉ』
メディも頷きながら追随する。そう、彼らの魂自体は特殊で、一旦死んだところですぐ輪廻の輪に入ってしまう。彼らは自動的に生まれ変わり、同じ時代に出会い、殺し合う宿命を与えていた。生は生、死は死。決して変えてはいけない事を見せ付ける為に。
クレイスという青年の髪や目の色が特殊なのは、生に最も強い力を与える為だ。
逆にスノーという少女の髪や目の色が漆黒なのは、死に最も近い事をその見た目から知らしめる為でもある。
だから、今回のように同時に死亡する事は、本来なら有り得ないケースだった。それ故に、回収も容易だった。
『つまり私達は、人間じゃなかった、と?』
『まあ、化け物と散々言い合ってましたし、今更ですね』
『いいえ。あなた達そのものは、人間とほぼ大差ありません。ただ、絶対的な生と死の概念を他者に見せつける為に生み出しました。禁忌を犯そうという者が出ないように』
『でもぉ、結局駄目だったわぁ。そっちは禁忌をあっさり犯すしぃ、わたしの子に至ってはぁ、禁忌に巻き込まれっぱなしだったしぃ。もうこれはぁ、失敗、と判断するしかなかったのよぉ』
はぁぁ、とため息を吐くメディ。ルシェも同様にため息を吐いて、二人を見やった。彼らは「だからどうした」という風で、ちっとも分かっていない。
『回収したなら、さっさと破棄して作り直せばいいだろう』
『私も同意ですね。神の意向に従う気はさらさらありません』
『作り直す、など、簡単に言いますね。あなた方を生み出すのに、相当な労力を使ったのですよ。破棄も容易ではないのです』
『っていうかぁ、調停者だって教えなかったわたし達も悪いからぁ、こうしてここに連れてきたのにぃ、何さっさと楽になろうとしてるわけぇ?』
メディは不機嫌だ。死という概念に恐怖を抱かない彼らに憤慨しているのだろう。それは自分を蔑ろにされたと同義だからだ。
だからと言って、ルシェも別に平気なわけではない。死を恐れず死を求めるというのは、生を認めず捨てたがるという、大変冒涜的な発言なのだから。
元の自分達は人間だったが、神となった以上、そういう事に対して寛容にはなれない。
だから、と彼らに告げる。
『あなた方を再び、輪廻の輪に戻します。今度は、前世の記憶も付けて』
『そうすればぁ、同じ間違いは起こさないでしょぉ?』
『そして、役割を全うしなさい。人の生と死を乱さないように。禁忌に触れる事さえ、今後は不可能にします』
『自殺も出来ないようにしてあげるわぁ。人間たるもの、絶望しなければ、自殺は考えないものだからぁ』
双子女神の言葉に、彼らはあからさまに不快と拒否を示した。
『冗談じゃない。今後もずっとこの男と関われというのか!』
『私は構いませんが……結局殺し合うのでしょう? 何ともつまらないですね。生まれ変わっても、私が彼女を殺せばそれで終わりなのですから』
確かに、これまでと同じでは意味が無い。だから。――だから、双子である自分たちは、彼らに新しい運命の鎖を繋ぐ。
『愛し合ってもらうわぁ。……死を恐れる程に』
『愛し合いなさい。生に執着する程に』
彼らは息を呑んだ。そしてスノーの方が先に青ざめる。
『絶対にご免だ!! 何故こんな男を愛さねばならない!?』
『……これまでの運命が破綻しますよ? いくら何でも』
破綻なら、もうしている。彼らが世界を滅ぼし、今この世界にはほとんど何も残っていない。
そしてだからこそ、今ならやり直しがきくのだ。
『その運命は決定です。ええ、認めましょう。最初の運命を決めた時の私達は、間違えたのだと』
『何が正解で、何が間違いかなんてぇ……結局はぁ、結果次第なのよぉ。でも、駄目ってわたし達が言うなら、それは駄目なのぉ。禁忌がそれぇ。だからぁ、あなた達には禁忌も使えなくしてあげるぅ。っていうかぁ、禁忌自体、もうこの世界からは痕跡を消しちゃうわねぇ。あなた達が『神の落とし物』って呼んでるアレ。――わ、ざ、と、残してあげてたんだからぁ』
にやりとメディが笑う。だが、それももう既に全てが破壊され、何もかも残っていない。禁忌を考えたところで、理論が確立出来ないままに終わるだろう。
例えいつか理論が確立できるようになったなら、その時はまた、彼らの出番だ。
『この世界の人間ってぇ、傲慢でぇ、強欲でぇ。だからわたし達が生まれたんだけどぉ』
『今一度、神である私達は干渉します。あなた方が再びこれから輪廻を繰り返す中で、人が禁忌に近しくなった時、それを制止・隠滅するように。生と死は、絶対でなければならない。そして怖れ、執着しなければならないのです。ですから、今度こそ。――そう、今度こそ。……正しく、導いてもらいますよ。この世界が果てるまで』
世界には寿命があるらしい。だが、まだ足掻ける。生き延びられる。ルシェは少なくとも、そう確信している。
『ふざけるな! 神ならば静観していろ! どうせ放っておいてもまた、人間は増え、戦争は起こり、禁忌は生み出される!』
『調停者であり、抑止力。あなた方の存在意義はそれだけです。ですから、人間として生まれ死ぬ以上の干渉は不可能です。出来るのは、禁忌を二度と生み出さないようにする事と、愛し合う事だけ。簡単でしょう?』
『……こうもあからさまに役割を押し付けられる不快感は、なかなか味わえませんね。我々も人間ですから、神に反するかもしれませんよ?』
『その時は殺し合うだけだからぁ、何も変わらないわよぉ? 神に逆らうのはぁ、やめておこうねぇ?』
ルシェも妹に同意し頷く。第一、世界の為に生み出した存在が世界をめちゃくちゃにしたのだ。その責任も兼ねて、彼らには今しばらく、贖罪をしてもらおう。
この世界は神が決めたルールに縛られている。
何が正しいか、間違っているかは、全て神が決めている。
だから、人間には決められない。間違いも、正しさも。
――たとえ神が生み、世界に落とした彼らにさえも。
『では、輪廻の輪に戻しましょう』
『ここでの記録は、残してあげるぅ。そうしないと、意味が無いもんねぇ』
『……こんなのが私の生みの親とはな。既に死にたい』
『まだ私の親の方が、知性が高そうですね。なるほど、差はそこにありましたか』
未だ神を貶し続ける彼らには、多少なりとも苦難を与えてやろう、とルシェは思う。
メディは不機嫌を隠しもせずに二人に言った。
『心の底から「神様ごめんなさい」って反省するまで、死ぬ時は苦痛にまみれさせてあげるんだからぁ!』
『……メディ。それは反逆を煽るだけだから駄目』
彼らを輪廻させたルシェは、メディを連れて元の領域に戻る。
後は静観するだけだ。彼らと世界の行く道を。
――いつか、この世界が果てを迎えるその時まで。
-fin-
神の落としモノ 宮原 桃那 @touna-miyahara
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