【神の落とし物】

「朗報だ。貴様の存在意義が出来たぞ、クレイス」

 早朝、教師寮の彼の部屋に転移で入って来たのは、スノーだった。彼女からこの部屋に来るのは今回が初めてだろうか。

 だが、彼女はその手のひらに、三つのリモワを持っている。

「何ですか? これは」

「貴様に必要なものだ。黙って見ろ」

 心を読むよりは早いが、それらは全て、確かにクレイスが抱いていた違和感を埋めるのに必要な情報ばかりだった。

「これ、は……」

 有り得ない、そんなはずはない。だが、こうして証拠がある。

 いっぺんに溢れた情報が処理しきれず、クレイスは頭を押さえた。

 あるはずのない記憶。消されたはずの存在。それが意味するものなど、一つしかない。

「……神の領域に触れた者は、その存在の痕跡すら消される、という事ですか……これはまた、随分と容赦がないですね」

 自分は特に恐れてはいないが、このリリィという妹だったらしい少女は、恐らく怯えて苦しんだだろう。人間とは、存在してこそ意味があるのだから。

 彼女がした事は間違いだった。だが、その心に関しては、想いに関しては、間違ってはいない。クレイスは人の心を読めても理解は出来ないが、何となくそう思える何かがあった。

 それでも、等しく神は罰を与える。何の温情も無く。

 だから恐らくこれらは、本来残っていてはいけないもので。

「……神の落とし物、と言います」

 クレイスは、手にした赤い玉を見つめてそう呟くように言う。

「神の?」

「ええ。取りこぼした存在の欠片です。このように、記憶として閉じ込めてあったりすると、見落としやすいものですから。……神も決して万能ではないのですよ」

 禁忌が行える魂を創りだす時点で、それは否定しようがないだろう。

「ごくまれに、謎の存在を示す文書や、こういった記憶を閉じ込めた物が発見されるでしょう? それらは皆、同じ呼ばれ方をして、研究を続けられています。ですが、真実に辿り着ける人間はまずいません。私たちはその点、運が良かったとも言えますね」

 この記憶の存在を知り、そして末路も理解出来るのだから、とクレイスは続ける。

「もっとも、逆に運が悪かったとも言えます。……忘れたままでいれば、私たちは彼女の存在に苦しむ必要はありませんでしたから」

「私は、そうは思わない」

 すぐさまスノーは否定を返した。

「例え私が貴様に化け物にされたその事実が、彼女の願いによるものでも……彼女の心を踏みにじる事までは、出来ない」

 クレイスはそれを聞いて、苦笑する。だからこそリリィという少女は、彼女に執着したのかもしれない、と。

「そうですか? 私はそれなりに怒ってますよ。勝手な事をしてくれたと」

「残念だったな。彼女はもう居ない。そして彼女は私を死なせない事に成功した」

「ええ。だからこそ腹立たしいのです。ぶつける相手があなたしか居ないので」

「何を言っている。神にでもぶつければいいだろうが」

 存在すらあやふやなものに、どうぶつけろというのか。神殿でも破壊しろと言いたいのかもしれないが、そんな事をしたら、たちまち指名手配になるのは目に見えていた。

 だがまずは、証拠の隠滅か。

「さて、これは壊してしまいましょう」

「!?」

 言うが早いか、クレイスはパキンと軽い音を立てて、それらを全て壊してしまう。彼の手のひらから、赤い欠片が煌めきながら落ちて消えた。

「貴様!!」

 何をする、と掴みかかるスノーを逆に引き寄せ、彼は囁いた。

「もう存在しない少女には、何も出来ません。あなたが彼女を想ったところで、魂は戻りませんよ、スノー」

「っ……それでも、忘れたくなかった! 大体、二つは私の物だったのだぞ! 勝手に壊すんじゃない!」

 彼女の心が、妹だったという少女に執着し始めるのが分かる。記憶とは薄れていくものであり、リモワはそれを補う為の日記のようなものだ。だから、無くなればいくら彼女でも、いつかは忘れる。

 彼女の執着を遮るように、クレイスはスノーの唇を塞いだ。

「!!」

 驚く彼女を、相変わらず暗い紫の瞳で見つめて、クレイスは囁く。

「……私が、いつでも思い出させてあげましょう。ですから今は、忘れなさい」

 言っておきながら、そんなつもりは毛頭ない。これから永遠をかけて、彼女を手に入れるのが、クレイスの目的なのだから。

 信じたかはともかく、唇を手の甲で拭ったスノーは、クレイスから離れた。

「さて、スノー。あなたはどうしますか?」

「決まっている。この世界を壊す。根底からな」

 即答され、心を読んでも本心だと分かる。そしてその末に罰を受けるつもりなのだと理解し、クレイスは苦笑した。

「世界を破壊する、ですか。神の領域さえも?」

「当然だ。禁忌も神も、何もかも、私が否定する。……暇なら付き合え、クレイス。世界を敵に回した私に、興味があれば、だがな」

『それが嫌なら、黙って世界が滅ぼされるのを見ていろ。何もせずに、無駄に時間を過ごせ』

 口に出さない声が聞こえる。だが、自分を甘く見てもらっては困るのだ。

 何しろ、自分は生まれながらにして天才なのだから。

「いいでしょう。付き合いますよ。神の罰とやらがこの身を滅ぼすその日まで」

 手を差し出すと、白く細い手が掴む。


「では、行こうか。――まずは、神を否定しよう」


 少女は笑う。絶望を湛えた瞳で。自分と同じ光を宿した目で。


※ ※ ※


「神話時代、と呼ばれる時代。その時の文献はあまりにも少ない為、世界各所で研究が今なお続けられています。ですが、その文献と研究によって、二人の人物が神話時代を終わらせた、ということまでは判明しているそうです。彼らの特徴を知る人は?」

 教師の言葉に、一人が手を上げる。

「一人がクレイス先生みたいな男性で、もう一人が、黒い髪と目をした女性です」

 その答えに、教師は頷く。

「はい、その通りです。クレイス先生の髪と目の色は、魔力、当時はマージと呼ばれていた、誰でも扱えるその保有量が並外れて大きいが為に変質した色彩です。これによって、多くの国々が滅ぼされました」

「先生ー、もう一人は黒い髪と目で、同じく魔力保有量が大きいんじゃ?」

「桁が違います。確かに黒い髪と瞳を持つ人間の魔力保有量はかなり大きいですが、人間の中では大きい方、に分類される程度です。数値で例えるならば、クレイス先生は無限大、黒の持ち主はその半分、と言って差し支えないでしょう」

 それでも十分に強いではないか、と少年少女達はおののく。そしてそんな二人が存在したからこそ、世界は一度、滅びを迎えたのだ。

「しかし、これらの記録が発見されたのは、奇しくも数百年前の世界大戦でした。ある科学者が引き起こしたとされる、魔法科学戦争です。数百年前のこの戦争について、知ってる人は?」

 次いで、別の生徒が手を挙げて答える。

「はい。一人の科学者が驚異的な科学力と魔力を組み合わせて生み出した、魔法兵器。それを利用して、更に人間に組み込んだ実験を行ったという、非人道的な行為によって、あっという間に戦争は拡大しました。それを止めたのが、科学者の娘であった少女であり、彼女が引き起こした自爆によって多大な犠牲と共に、戦争は止まりました」

 うんうん、と教師は嬉しそうに頷いた。

「皆さん、大変勉強熱心でよろしいですね。その通り、しかし科学者とその娘についての情報は、大規模な自爆のせいか、記録が残されずに今に至ります。他国の研究者曰く、神話時代の再来だったという論文が出ていますが、未だに賛否は両論。研究はどこも難航を極めているそうです」

「先生、では彼らが生まれると、悪い事が起きるということですか?」

「いいえ、そういうわけではないようです。世界各所での記録を見る限りですが、同じ色彩を持って生まれたとしても、特に何も起きなかった時代もあります。だからこそ、先ほどの論文に関する賛否両論の話になるのですが――」

 そこでチャイムが鳴り響く。歴史の授業はここで終わりらしい。

「では、次回までに今日の復習と予習を。それから次の授業から、新入生が入るとの事なので、皆さん、温かく迎えるように」

 はーい、と教師の言葉に生徒が素直に返事をする。

 ではまた明日、と言って教師は出て行った。

 この国は、ブラン・ラーブル。そしてこの学校は魔法使いが集まる学校。魔法素養のある者を身分問わず集め、教育する場所。名を「ネートル魔法学校」と呼ぶ。

 教師の言葉に色めき立つクラスメイトは、短い休み時間に、新しい話題について花を咲かせる。

「ね、ね、どんな子が来るのかな。楽しみだな」

「かっこいい男の子だといいなぁ。リリィは?」

「あたし? お兄ちゃんみたいなチャラい男は絶対嫌。せっかくなら女の子がいいわ」

 授業の合間のお喋り。茶色く波打つ髪を持つ少女は、貴族の格好をしているが、口調は普通の少女だ。

「ええーっ、クレイス先生、かっこいいじゃなーい!」

「いいなあ、あんな美形なお兄ちゃん居たら、毎日が目の保養だわ!」

 生徒であるリリィはそれを聞いて眉を寄せる。遠くから見ているだけなら、それでもかまわないだろう。近寄るのだけは止めて欲しい。迷惑が増えるだけだ。

 そして次の授業の時、担当教師が一人の少女を連れて入って来た。

 途端に、教室は静まり返る。


「本日これより、新しい生徒が入りました。……さあ、自己紹介を」


 数術を担当する兄の隣に立つのは、美しい少女。そして、黒い髪と瞳。

 笑顔一つ浮かべない少女は、ただ静かに告げた。

「スノー・コーラルだ」

 茶髪や金髪、碧眼や緑眼の多いこの国では、異質な色。

 指定された席は、リリィの隣だった。

「よ、よろ、しく? スノー、さん」

 一応挨拶をすると、彼女は一瞬だけこちらをみて、すぐに小声で返した。

「ああ。無理に声を掛けなくていい。私は、呪われているからな」

 リリィはぎょっとしたが、彼女はこちらを一瞥もしない。だが、兄をきつく睨んでいるようにも見えて。

(……ああ、良かった。この子なら大丈夫だわ)

 安堵したリリィは、授業に集中する。

 その隣で彼女は、出したノートとペンで数術式を書き出していった。

 兄の授業は難易度が高く、ただ板書するだけでも、教科書を読むだけでも、テストで高得点は得られない。

 そんな授業を彼女はするすると理解しているように思えて、リリィは感動すら覚える。

 そして多くの者が彼女の姿に視線と意識を奪われ、幾度となく兄の容赦ない問答に散っていったのだった。


 ――時は巡る。新たな運命と共に。


※ ※ ※


「世界大戦か。懐かしいな」

「ええ、本当に。……あなたが私を自爆させた事も覚えてますから、ご安心を」

「根に持っている、の間違いだろう。どのみち、禁忌に触れそうになっていたんだ。頃合いだったじゃないか」

 数百年前の世界大戦。あれの原因は、間違いなくスノーたちだ。

 当時、科学者として生まれ出たスノーは、魔法と科学を融合した技術の発展を研究開発していた。その結果、先に出来たのが魔法兵器で、スノーは使用を止めようとしたが、上が侵略を開始し、止められなくなってしまったのだ。そして国は新たに、人間を兵器にしろと無茶苦茶な命令を出してきた。

 おりしも、魔力が高い少女が連れて来られ、それがクレイスだと分かったスノーは、万が一の為に自爆できるよう、少女を改造した。一種の禁忌だとは思っていたのだが、それで面倒が止められるなら安いものである、と自分を納得させた。

 そして他国が自分たちの存在を知り、更に彼らは壊し尽くした瓦礫の山などから資料を探しまくっていた為に、自分たちを似たような存在ではないかと疑い出した頃、それしかない、と彼女を自爆させたのが顛末である。

 なお、途中で知ったのだが、娘だったクレイスは自分が数年前にちょっとした自棄で相手にした女が生んだ娘だったらしい。つまり、血の繋がった親子として生まれたのだ。

 本来なら親子として親愛の情を注ぎながら育てるところを、スノーはあっさりと兵器にしたものだから、被害は甚大。当然、スノーも巻き込まれたので、二人一緒にお陀仏となったのである。

 それが元で戦争はなし崩しに終結。何しろ当時の最先端を切っていた国が吹っ飛んだのと、魔法兵器は危険であるという認識が広まり、以後、使用を各国で禁止する条約が結ばれたほどだ。

 借りたノートを元にそんな話をしながら、スノーはため息を吐く。

「結局、リリィも運命に囚われているんだな」

「そのようですね。良くも悪くも、あなたが影響しているのでしょう」

「また巻き込むのか……」

 前世では確か、助手だった気がする。最後まで責任を取って一緒に居てくれた。彼女は覚えてないだろうが、どこまでいっても彼女は彼女なのだろう。

 今世くらいは、あまり酷い目に遭って欲しくないのが正直なところだ。

「ああ、心配しなくてもこの平和な時代に、彼女が悲しむような事はまずありませんよ。その為にほら、わざわざ付けなくてもいい印を付けたでしょう?」

 スノーの髪に隠れて見えないが、首の後ろにはハートに近い文様が刻まれている。もはや呪いであるそれは、生涯の相手という証を意味する。

「私に愛される自信が無いんだろう。安心しろ。全くそのつもりが無い」

「しかし、神が勝手に増やした運命ですからね。そもそも神に作られた時点で、抗い様がありませんし」

 神話時代と呼ばれたあの頃に、スノーとクレイスは全てを破壊し尽くした。人も物も、全て、記録に残らないように何もかも。

 禁忌については念入りに隠滅したのだが、それでも考える馬鹿は出る。そういうところに神はわざと産み落とさせ、抑止させている、というのが現状の顛末だ。

 そして世界を破壊し尽くしたところで、罰は降りた。

 生きた分の年を一気に取り、体が崩れ落ちたのだ。灰のように。

 それで終わりだったなら、まあまあ幸せだっただろう。

 だが、神がそれを許しはしなかった。二人まとめて神の前に引っ張り込まれ、色々と説明を受けた挙句、自分たちは人間でありながら双子の女神にそれぞれ作られた存在だった、という事実に心底げんなりしたのは間違いない。


 生の女神に作られた存在、クレイス。

 死の女神に作られた存在、スノー。


 本来なら、二人に与えられた役目は調停、あるいは抑止だった。神の意向に逆らう者達への見せしめとして、殺し合う運命だったのだ。

 しかし、人間として作ったが故に、齟齬が生じた。クレイスが禁忌に手を出してしまったのだ。その為に多くが歪み、そして世界は破綻した。

 破綻したとはいえ、今ならやり直しがきく、と言って、女神は二人に新たな運命を与えたのだ。

 それが「愛し合え」というものである。はっきり言って、迷惑以外の何物でもない。

 そして生まれる色彩も変わらないせいか、互いに見つけやすいというおまけつきだ。

「やり方がまずかったからと言って、面倒を増やす事はないだろうに」

「今更でしょう。前世では愛し合えませんでしたが、今世では愛し合えますし」

「決めつけるには早いぞ? 何しろ、そういう運命ではあるが、そうなるようには仕向けられていないようだからな」

 はっ、とスノーはクレイスの言葉を笑い飛ばす。

 そう、感情面までは干渉されなかったおかげで、スノーはクレイスに特別な感情を抱ける気がしない。

 だからこれは恐らく、クレイスがスノーを口説き落とす事が前提なのだろう。自分はそれを拒むだけなのだから、楽でいい。

 などと思っていると、相変わらず人の心が読めるクレイスが、呆れた声で返してきた。

「神話時代とやらから何となく認識はしてましたが、あなた、私を割と好きですよ? スノー」

「貴様の頭には何が詰まってるんだ? 花か?」

「まさか。殺し合うはずの二人が協力して世界を一度破滅させてる時点で、おかしいと思いましょうか。憎しみと愛は表裏一体です。あの女神たちがしたのはただの反転ですよ」

「だとしても、だ。この現時点でお前に愛情など無いし、愛されたくもない。つまり、私の中ではお前の存在価値は特に無い」

「……言いますね。では、その逆が私にあると、何故思わないのです?」

「!」

 まさかこの男、自分より十も下の小娘に恋愛感情を抱けるのか、とスノーは怪訝になった。

 今のスノーは誰がどう見ても子供である。加えて、同年代の妹が彼には居る。普通に考えて、有り得ないというか、あってはならない。

 だがクレイスは、笑顔で言い放つ。

「前世の記憶に加え、神とのやり取り。多くの記憶が私の中に存在している今、私にとっては、あなたがどんな姿であろうとも関係ないんですよ。神に逆らう気は私には特にないので、甘んじて受け入れようかと」

「ちょ、待て。来るな。というか、来たら殺す」

 魔力を溜めようとしたスノーは、そこではたと気付いた。循環が上手くいかない。

「ああ、その首に印がある限り、殺せませんよ? 魔力を半減させていますから」

「きっ、……貴様!!」

 それはつまり、今のスノーの魔力など他の子供と大差ない、という事らしい。

 そして印が消えるには――この男を愛するしか無いという。

 以前なら速攻で出せた杖も、この魔力では何の意味も為さないだろう。

「諦めて、今世は私を愛しなさい。神話時代に執着していたあなたの母親には、もう何の未練もありませんから」

「だろうな! くそっ、呪いを解く方が先か!!」

 こうなったら、この学校の書物を読み漁っていくしかない。どうせ一人で居るつもりだったのだ。ちょうどいいだろう。

 いっそ印を焼いて消すか、と思ったが、呪い自体は体にかかっている。印など大した意味はないのだろう。

「そうですね、自力で呪いを解けたら、ご褒美にもう一度かけてあげますよ」

「この外道がっ!!」

 ああ、忌々しい、とスノーは内心で吐き捨てる。何が愛だ。そんなものは、スノーが求めていたものではない。

 では何を求めていたのか、と問われたら困るのだが。

「求めるのなら、私にしなさい。どうせ運命からは逃げられないのですから」

「っ……!」

 掴まれた手を振り解こうとするが、強い力で引き寄せられて、そのまま唇を塞がれた。

「やめ、ろ、……っ、ん……!」

 何度も離れては触れるのを繰り返すキスに、スノーは次第に力を失っていく。

(馬鹿が。お前のその行動が、感情が、神に埋め込まれたものだと思わないのか)

 せめてもの抵抗で、心の中でそう呟くスノーに、クレイスは熱を灯した唇をわずかに離し、それに答えた。

「それでも、構いませんよ。永遠に手に入らないものを求めるのには、うんざりしていましたから」

 かつて、彼はスノーの母親に執着していた。だが、執着する相手はいつも、彼が手にする前に死んでいた。そういう、運命だったから。

「だから、私は神に感謝していますよ? あなたなら、絶対に逃がしません」

「代替の愛か。つまらん。私はそんな愛など、欲しくもない」

「もう、その女性の記憶も朧げですよ。ですからこれは、あなただけの愛です。スノー」

 熱が伝わる。愛という形の無い感情が、彼の唇から注ぎ込まれていく。

 これが憎悪なら、どんなに楽だっただろう。

 否、だからこそ愛し合えと彼女達は言ったのだ。


 ――神の罰は、今もまだ続いているのだから。

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