第29話 後日談:現岡みやびの特別な一日

 今日も目覚まし時計が鳴り始めて1コール目でその頭を叩いた。お気に入りの目ざまし時計はその瞬間に大人しくなる。今日も私の勝ち、これで今週は4勝1敗の結果だ。唯一負けた月曜日は、たぶん日曜日に貯まった疲れのせいだと思う。ぐぬぬ、花子さんめ、私がお願いしたこととはいえ納得いかない。

 私はちらりと壁にかかっている一着の服を隅々まで確認する。……うぅ、こんなの本当に似合うのかなぁ、ぜんぜん私が着ている姿が想像できないんだけど。

 そう思っていると目覚まし時計が再度なり始めた。スヌーズ機能を切るのを忘れていたせいだ。そしてスヌーズ機能が発動したということは、今週は悲しいことに3勝2敗という結果になってしまう。私は目ざまし時計の頭を再度叩き、スヌーズをオフにする……なんだか出鼻を挫かれたような気がするけど、今日はもっと大切な日。気を取り直してベッドから降り、顔を洗うために1階へ向かった。

 朝ごはんはいつもより少しだけ豪華だった。トーストと目玉焼き、スープに加え、苺が入ったボウルが追加された。その美味しそうな苺に、私は目ざまし時計との戦いなんてもう綺麗さっぱり忘れていた。


「おいしーい!」

「よかった。今日は大切な日だから、特別ね」

「私は毎日でもいいんだけどなぁ」

「毎日だと特別じゃなくなっちゃうでしょ?」


 そう言うとお母さんは机の上にお弁当箱を置いた。


「珍しいね」

「今日はお父さんが必要だったから、ついでにね」


 お父さんは社員食堂、私は学校の食堂を利用しているから、こうやってお弁当を作ってくれるのは本当にたまにしかない。……ちなみにお母さんは料理が下手というわけじゃないけど、色々と創作したがるから、お弁当の中身も当たりはずれの幅が激しかったりする。


「うむむ……またお昼に一つイベントが出来てしまった」

「いらないなら持っていかなくてもいいんだけどなー」

「いやいや、楽しみにしてますお母様」


 お弁当があるということはお昼代が浮くということ。浮いたお金は私のお財布の中に入るから、ちりつも的に大切。


「そんなことより、みやびは放課後の方が大事でしょ? 秀一君とご飯食べてくるのよね?」

「うん、そのつもり。ごめんね、いつもお母さんとお父さんと過ごしてたのに」

「お父さんは少しだけ微妙な表情してたけどね、お母さんは嬉しいよ、娘が少しだけ大人になった気がするし」

「少しだけー?」

「実際はまだまだだから精進すること」


 そんな事を話していたらあっという間に時間は過ぎる。私はお皿を流しに下げ、制服に着替える。いろいろと準備をすませ、鏡の前で一回転してから急ぎ足で家を出た。外はいい天気で天気予報も晴れだったけど、それでも今日一日天気が良くなるように、私は空に向かって祈った。


◇  ◇  ◇


 でも、今日ほど学校の授業が退屈な日もない。お昼休みに入る頃には私はとても疲れていた。


「はぁー」

「隣でそんな大きなため息をつかないでくれ。せっかくのお昼が美味しくなくなるだろう」


 隣では私の親友であり、忍者である景がラーメンをすすっていた、今日は醤油の気分らしい。私も鞄からお弁当箱を取り出す。


「……ため息の原因はもしかしてそれか?」

「いや、違うよ。放課後が待ち遠しくて……授業を聞く気が全然ないの」

「そんなのいつもの事だろう」

「失礼な! 私だってちゃんと頑張る時は頑張ってるよ。景がたまたま見てないだけ」

「そうか、ところで午後からの授業は宿題があったが、やってきているのか?」

「……来週から頑張るってことで」

「もう少し、せめて私がわかるくらい頑張ってくれ」

「わかりました。来週から頑張るから宿題見せて?」

「なら早くお昼を片付けることだ。時は金なり、当然私の時間もだ」


 景はもうほとんど丼の中を空にしていた、食べるの早い。こんなとこも早いなんてさすが忍者だ、ラーメン啜る特訓とかをしているのかもしれない。

 私もお弁当の蓋を開けた、少しドキドキしたけど、中身は私の好きなものばっかりが詰まっていて、これなら午後も少しは頑張れそうと思った。

 頑張れそうと思った、思ったんだけど、午後は睡魔との戦いがある。睡魔はあんまり我慢しすぎてはいけない。我慢しているとどんどん強くなってしまって手に負えなくなるから。だから小さいうちに少しずつ倒してレベル上げをしておく、RPGの定番だね。そのうち睡魔四天王が現れるんだけど、これがまた強い。各属性の弱点を――


「おーい、現岡ー、現岡ー。長谷部、起こしてやれ」

「ひゃあ!」


 軽く肩を叩かれて、私は飛び起きる。あれ、やっと四天王を倒したとこなのに。


「現岡、いい夢は見れたか?」


 いつのまにか先生が目の前にいて、そんな質問をしてきたから、私ははっきりと答えた。


「あと睡魔大王さえ倒せば、睡魔に勝てました!」

「いや、先生から見れば思いっきり負けてたからな。現岡、睡魔に勝つために58ページから読め」

「はぁい」


 隣の長谷部君はくすくすと笑っていた。いやほんと睡魔大王さえ倒せば私はちゃんと起きてたんだけど。

 そんなこんなで午後の授業も終わる。担任が教室から出ていくと私はさっさとバッグに教科書以外のものを詰め込んだ。教科書はいつもどおり机の中に入れておく。


「みやび、そういえばこれ」


 景がそのバッグの中に小さな袋を入れた。


「餞別だ、今日は誕生日だろう」


 なぜか少し恥ずかしがっている景が可愛くて、私は抱きついてお礼を言った。景は急に抱き着いても体がぶれないでちゃんと抱き留めてくれるからいい。


「そっ、そういえば今日は珍しく秀一君に会ってないんじゃないか? これから会うのか?」

「そうだよ、今日は放課後まで我慢することにしたの。その方が楽しみが増えるかと思って。きっと秀ちゃんも私との会いたさに今この瞬間も震えているよ」


 景はなぜか肩を竦めているが、私にはわかる。だって昨日も会ったばっかりなのに私がこんなにも会いたいんだから、秀ちゃんも会いたいに決まっている。


「私はこれからちょっと作戦会議があるから、また来週ね」


 景と別れ、私は文化棟へ行く。秀ちゃんとの待ち合わせは18時。時間には余裕はあるけど、なんとなく体力が有り余っているからスキップで廊下を進む。

 でも少しはしゃぎ過ぎていたせいか、3階に上り角を曲がるところで人とぶつかってしまった。私はぎりぎり足を踏ん張り倒れなかったけど、少しだけ体が当たってしまった女の子は床に倒れる。その後ろには男子生徒もいた。


「ごめん! 急いでたから……大丈夫?」


 尻餅をついた女の子は、制服のバッジの色から見て1年生だ。私は手を差し伸べるけど、なかなかその手を掴んではくれなかった。


「先輩、ごめんなさい。この子はずいぶんな人見知りなので」


 差し出した手をどうすればいいか困っていた私に、男子生徒が女の子を立たせる。その距離感は男女の割に近く感じた。ほぅほぅ、これは余計なことをしてしまったのかもしれない、早く行った方がいいかな?


「本当にごめんね」


 私はさっさと目的地である女子トイレへと入った。一年生同士いい雰囲気で、私は少しだけいいものを見た気がした。もしかしたら私と秀一も、そんな風に見えているかもしれないと思うと、余計にハッピーだ。私は鼻歌を歌いながら3番目の扉を3回ノックする。すると扉はゆっくりと、勝手に開き始めた。


「ようこそおいでくださいました。みやびお嬢様」


 最初に出てきたのはこっくりさんだ。少し前まで私のファンクラブのリーダーだったけど、今は執事をやっている。ちゃんと執事服を着ていて、髪も綺麗に固めている。そして秀ちゃんには敵わないけど、なかなかイケメンだからその格好も似合っていた。

 こっくりさんは機敏な動きでトイレから出て場所を開けると、次はドレスを着た花子さんが出てきた。私を見てにっこりとほほ笑んでくれる。この二人もとてもお似合いだ。


「今日は歓迎すべき日、そして私達の勝負の日でもあります。みやびさん、覚悟は決まっておられますか?」

「もっちろん!」

「いいお返事です。それでは一度最初から作戦を復習していきましょう。こっくり、お茶を」

「かしこまりました、お嬢様」


 こっくりさんにお茶を勧められたけど、私は遠慮した。……もらっても飲めないしね。私達はいろいろと意見を言いながら今日まで練ってきた作戦を確認していく。


「そして、最後はここに戻ってきましょう。大丈夫です、みやびさんの通るルートの安全は保障します。屋上の鍵も開けておきますので」

「お願いね」


 どうしても今日だけは、私と秀ちゃんの思い出の場所である屋上に行きたかったのだ。ここだけは外したくないからどうにかならない? と花子さんに相談したら、いろいろな条件と引き換えに手伝ってくれることになった。条件はとても大きかったけど、これも今日のため!


「それではご武運を」

「ありがとう、行ってくる」

「せっかく用意したんですもの、ちゃんと着てくださいね」

「うぅ、わかってるよぉ」


 私は花子さんにしっかりと釘を刺されて、女子トイレから出た。そして玄関を経由して小走りで家へと帰る。


「ただいまっ!」

「おかえりー」


 お母さんは居間でテレビを見ていた。料理コーナーのレシピをなにやらメモっているみたい。私はお弁当箱を水につけておいて、すぐに自分の部屋へ向かった。

 制服を脱いで、目の前にかかっている服と対峙する。それは花子さんとの条件の一つだった。もう結構寒いからコートで隠せる分まだマシだよね、私はそれでも緊張しながら服に腕を通す。膝丈程のスカートを穿いて鏡の前に立ってみると、微妙な顔をした私がそこにはいた。……これ、本当に似合ってるのかなぁ、服はとても可愛い、ような気がする。だけど私はこんな服を買わないし、スカートなんて制服以外で着ない。花子さんがこれを選ばなかったら永遠に袖を通すことがなかったかもしれないレベルだ。

 何度か鏡の中の私とにらめっこをしていると、いつの間にかバスの時間が近くなっていた。私は覚悟を決めてコートを羽織り、1階へ降りる。なるべくならこんな格好をしているのをお母さんには見られたくない。だから慎重に……。


「みやび、ちょっとストップ」


 超能力でも持っているのか、ちょうど視線を上げたお母さんはそう言った。私は素直にストップしないで玄関を突破しようとしたけど、靴が上手く穿けず簡単に捕まってしまい、コートの中を確認される。


「……まさか私の娘がこんな服を着る日がくるなんて」

「もー! 似合ってないのはわかってるから、早く放してよ!」

「似合ってないなんて一言も言ってないでしょ。凄く可愛い。お父さんにも見せてあげたいから写真撮っていい?」

「ダメ! 時間ないんだから」


 お母さんでも恥ずかしいのにお父さんに見せるのなんか恥ずかしすぎる。絶対にムリ!


「あーあー、わかったから。でもそのスニーカーは服には合わないからこっちにしなさい」


 お母さんは靴箱から少し踵が高いブーツを出してくれた。それも私が普段なら選ばないような可愛いものだ。穿いてみると私のサイズにぴったりと合う。


「……どうしたの? これ?」

「デートならそのくらいは穿かないとね。ほら、さっさと行きなさい。その靴で走ったら転ぶからダメよ」

「わ、わかった」


 新しい靴で、私は外へ出る。確かに踵が高いせいか歩くだけなのに違和感がすごい。急ぎたいけど、お母さんの言うとおり走ったら転ぶような気がしたから少しだけ早足で。

バスに揺られて、待ち合わせ場所に向かう。腕時計と確認すると、到着は待ち合わせ時間丁度になりそうだった。秀ちゃんはきっともう待っているだろうな。本当は私が待ちたかったんだけど。

 街の中心部にバスは停車する、待ち合わせ場所はすぐそこで、目を凝らすと秀ちゃんが本を読んで待っているのがわかった。

 ……あれ、もしかして秀ちゃんも少しおめかししてる?

 いつもの登下校では見たことのないコートを着ている。髪型もセットしてきたのか、いつもより、なんというかしゃっきりしているように見えた。まぁ一言で表すといつもと違って、カッコ良い。

 私はなんとなく、秀ちゃんが鏡の前で悩んでいる姿を想像した。それは私が鏡の前で難しい顔をしていたように、秀ちゃんも本当に似合っているのか疑問に思っている、ただの想像だ。だけど秀ちゃんはきっとそうしてきたんだろうな。

 私は勝手にニヤニヤしてしまう顔を手でぐにぐにと押さえて、秀ちゃんの背後にそっと迫った。秀ちゃんは私のこの格好になんて言ってくれるだろうか。褒めてくれるのか、驚いてくれるのか、それとも見惚れてくれるのか。その答え合わせをするために、私は後ろから秀ちゃんに抱き着いた。

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オカルトと遊ぼう! シキ @kouki0siki53

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