第28話 みやびと遊ぼう! ③
差し込む光に目を開けた。
そこはみやびの部屋だ。部屋に溜まっていた水は綺麗さっぱり無くなっていて、床もちゃんと戻っていた。窓の外からは色がついた青空が見え、無事元通りに戻ったことにほっと一息つく。みやびは何事もなかったかのようにベッドの上で寝ていて、俺はふと視界に入った時計に気づき、慌ててみやびを起こしにかかる。
「みやび! 大変だ、あと1時間もないぞ!」
パジャマ姿のみやびを思い切っきり揺らす。みやびは寝起きは結構いい方なので、すぐに瞼が開いた。
「なんで秀ちゃんがこんな朝からいるのー……って秀ちゃん、その時計、間違ってない?」
「間違ってない! さっさと制服着ろ!」
「あああああああああああ! 私の初舞台がー!」
俺がいるのも忘れてみやびはその場でパジャマを脱ぎ出したから、俺はすぐに部屋の外に出た。そして不知火にメールを飛ばしておく。返信はすぐに来て、出来るだけの準備はしているとのことだった。
「秀ちゃん! おまたせ!」
制服をただ被っただけのような格好でみやびは階段を駆け下りる。ちゃんと着てから外に出てほしいけど、今のみやびにそんなこと言っても無駄だろう。俺もみやびと一緒に外へ出た。
「……ん?」
「どうした、なんか忘れ物でもしたか?」
学校への道をひたすら走っていると、みやびがなんか不思議な表情をしていた。喉に小さな骨が引っかかったような、そんな表情だ。実際に何かを言おうとしているようで、口を開いたり閉じたりしている。
「……んと、なんかずいぶんと軽くなった気がして。なにかはわからないんだけど、体っていうか気持ちっていうか、ともかく今ならすごくいい劇を秀ちゃんに見せることができそう」
「……そっか、期待してるからな。頑張れよ」
「任せなさい! 見たこともないような私を見せてあげるさっ!」
学校に着いたのはみやびのクラス発表が始まる20分前だった。みやびはすぐに準備室へと連れて行かれる。しばらく騒がしかったけど、ステージの照明が落ちると体育館は静まり返った。
みやびのクラスの劇は、赤ずきんをモチーフにしたものだったけど、もちろん普通に赤ずきんはやらない。一言で表すとはちゃめちゃだった。まず、みやび扮する赤ずきんの前に、始めっから狼が出てくる、それも鉤爪っぽいものを装備して。それを赤ずきんは華麗な体術で撃退するのだけれど、そこでみやびは驚くような動きを見せた。壁を蹴って一回転して狼の攻撃を避けたり、跳び箱の踏切板を使い宙返りして狼の背後に立ったり、俺もそのアクションに勝手に声が出てしまった。
最後のボスである火を噴くドラゴンを打倒し、劇はあっと言う間に終幕となる。みやびは息を弾ませながらもとても嬉しそうに礼をして、俺に向かってドヤ顔をしていた。俺はそのドヤ顔に、今回ばかりは素直に拍手を送った。
◇ ◇ ◇
2日目はみやびと不知火との3人で文化祭を回る。それで気づいたことだけど、みやびは今までよりもずっと感情の表現を素直にするようになっていた。美味しいものは美味しく食べ、マジックステージでは驚きながらも拍手をし、3年生の演劇では最後の感動の場面で静かに涙を溢していた。今回の喜怒哀楽の幅を見ると、以前までのみやびは遠慮があったのかもしれない。楽しい場面でも悲しい場面でも、自責の念がいつもみやびの中にあったから、どこか知らずにセーブしてしまったのだろう。素直に笑ったり泣いたりするみやびを見ていると、いろいろな表情をすることに改めて気付かされて、何度かみやびに『見過ぎ』と少し顔を赤らめて注意された。
そんな文化祭も残るは後夜祭のみとなる。後夜祭は校庭の中心でキャンプファイヤーのするだけだ。1年生や2年生は周りで騒いだりしているが、3年生はどちらかというと遠巻きに思い出に浸っている人の方が多く見られる。
そんな中一人待つ俺の元に、不知火が先に現れた。
「後片付けはもういいのか?」
「今さっき終わった。みやびもあと少しで来る」
「そうか」
不知火は長いストールで口元を隠し、キャンプファイヤーを見つめる。不知火もみやびがいない間尽力してくれたみたいで、かなりてきぱきと指示を出していたらしい。忙しい文化祭になったはずだ。
「秀一君とみやびのおかげで本当に楽しい文化祭になった。その代わり忙しかったが、1年の時、私は文化祭自体に出席してなかったから、2年分の忙しさと楽しさを経験できた」
「1年の時はいなかったのか」
「その時は仕事がいろいろあったから。……まだ両親を探していたし」
「そうだったな。俺も不知火と仲良くなれてよかったよ。みやびがいないと不知火が忍者だなんて絶対知らなかっただろうな」
「秀一君が偶然知ってしまったら、秀一君はもうここにいないかもしれない」
「……そうなの?」
不知火は冗談だ、と言うが俺にはそう思えなかった。
「秀一君、それより君の戦いはこれからだろう。私は二人とも大切な友人だと思っている。だから協力するし、応援するんだ。みやびはずっと待っていたんだから、かっこ良く決めてやってくれ」
「わかってるよ」
「それと……たまには私も遊びに誘ってくれよ?」
その意外な言葉を、不知火は少し顔を赤くして言った。そんなこと心配する必要なんてないと思うけど。俺は思わずニヤけてしまった。
「……不知火もそういうこと言うんだな」
「う、うるさい。ほらみやびが来るから私はもう行く、また来週な」
俺がからかうと、不知火はすぐに姿を消した。それが照れ隠しのせいなのか、みやびが走ってきたからなのかはわからないが、とても珍しいものを見ることができた。
「秀ちゃん、ってどうしたの。なんかニヤけて気持ち悪い」
「いや、なんでもない」
「まぁ、いいけど……。それより秀ちゃん、このキャンプファイヤー、こんなところで見るのはもったないと思わんかね?」
「何を企んでる?」
みやびの右手には小さな鍵が握られていた。
◇ ◇ ◇
音が立たないように慎重に扉を押す。しばらく開けられていないのだろうその扉は鈍い音と共に開いた。
「うわー!」
「……結構寒いな」
そこは文化棟の屋上だ。基本的に施錠され入ってはいけない場所だが、みやびは職員室から鍵を入手してきたらしい。灯りがないから真っ暗だけど、キャンプファイヤーが見下ろせる位置にあるせいかあんまり怖くも思わない。
「うわー、人がゴミのようだー」
「お決まりのセリフだな」
でも本当にここからは人が小さく見えた。遠目に座って見ている学生がほとんどだけど、炎の近くで踊っている学生や、少し見通しが悪い場所で2人きりの学生もここからだったらよく見える。
「秀ちゃん、私の演技はどうだった?」
「……昨日も話しただろ」
「何回でも聞きたいのー」
「……凄かったよ。みやびがスタント並みの演技するからハラハラしたけど、最後には感動さえも覚えたな。心が熱くなった」
みやびは自分から感想を聞いておきながら恥ずかしそうに笑った。これは事ある事に感想を聞かれそうだけど、俺もそんな簡単にあの劇を忘れることはないだろう。
それからしばらく並んで炎を見ていた。みやびがなんとなく待ってくれているような気がしたから、早めに本題に移ることにする。
「文化祭の前に、話があるって言ったよな」
「うん、覚えてるよ。大切な話なんでしょ?」
「そうだ」
きっと、みやびがそれがわかっててこの場所を用意してくれたんだろう。周りに人がいたら上手く話せなかったかもしれない。
「……もしみやびが願い事を一つだけ叶えることができるなら、何を願うんだ?」
「それが大切な話?」
「半分くらいは関わってるな」
みやびの目には校庭の炎が揺らめいていた。俺はなにも言わずその回答を待つ。
「秀ちゃんと、ずっと一緒に遊ぶこと」
それは、みやびが子供の頃からずっと変わっていない願いだ。それは俺も何度も耳にしていて、そして運命を捻じ曲げてまでそれを実現してきた。その努力は並大抵のものではない。
「みやびは自分の願いはよく言ってたけど、俺の願いは聞かなかったよな」
「……そうだっけ?」
「少なくとも言った覚えはないな」
そうは言うが、俺にそんな決まった願い事はなかったのだ。みやびといればどんどんいろんなことが起きるし、暇になることがない。そんなことじっくり考える暇もなかった。
「じゃあ、秀ちゃんの願いはなに?」
「教えてもいいけど、できればみやびに協力してもらいたいな」
「もちろん、秀ちゃんが望むなら私は全力を出すよ」
みやびは俺に向き合った。その瞳はまっすぐ俺を見ていて、先ほど言った言葉のとおり、なんの迷いも戸惑いもない。だから俺も素直に、自分の望みを伝えた。
「みやびと、ずっと一緒に遊ぶこと」
しばらく、風の音だけがした。そう言ってから、ぱちぱちと、キャンプファイヤーの音がとても大きくなったような気がした。そしてみやびの瞳からは、ゆっくりと一つの水玉が頬へと流れた。
「……私、知らなかった」
「言ってなかったからな」
「秀ちゃんのばかぁ、言ってくれればよかったのに」
次々に溢れだす涙を、みやびは制服の裾に染み込ませる。俺はそっとその震える体を引き寄せると、小さな声を漏らしながらみやびは泣いた。……本当に、もっと早くこう言えればよかったのに。
みやびが落ち着く頃には、キャンプファイヤーも終盤となったらしく、ちらほらと帰っていく学生が見えた。俺の胸から顔を上げ、目を赤くしたみやびは気持ち悪いくらい顔を緩ませた。
「えへぇ」
「……その気の抜けた声をどうにかしろ」
「無理、絶対無理ー」
屋上でみやびはくるくると回りだす。もうそろそろ俺達も帰らなければ学校自体施錠されてしまうから、あんまり時間の余裕もない。
「早く降りるぞ」
「うぅ、この私と秀ちゃんの思い出の場所を離れるなんて……。というかここほとんどこれないじゃん! 聖地巡礼できないじゃん! 屋上の鍵のスペア作っちゃおうかな」
「バカなこと考えるな。ちゃんと返しに行くぞ」
「そうだ!」
俺の話なんてほとんど耳に入っていないだろう。みやびはびっと空に指を向ける。
「秀ちゃん、流星にもお願いしよう。私達がいつまでも一緒に遊べますようにって」
俺もみやびが差した指の先を見上げた。雲一つない星空は、屋上にいるせいか少しだけ近く感じる。
「お願いしたら下に降りるからな」
「分かったよー。じゃあ、いち、にの、さんで手をあげて」
「あげたらどうなる?」
「流星が流れるよ?」
みやびはさも当然のように言った。それは普通なら考えられないことで、いつもだった俺もそんなはずないとツッコむところだ。だけど今だけは、俺もそんな気がしたから何も言わずにみやびの隣に立った。
「じゃあ、いち!」
「にーの」
「さん!」
勢いよく俺とみやびは空へ手を上げる。そして、その遠い先では一筋の光がそこに流れた。それはきっと偶然ではない、俺とみやびだからできる必然だ。そして、十年後も二十年後も、俺とみやびはこうして隣で空を見上げている、そんな気がした。
みやびは満足したようで、弾むような足取りで出口へと向かった。そうして、ふと何かを思いついたのか、追いかける俺に振り返る。
「……もしかして今の流星、本当はUFOとかだったりして」
そんなみやびの想像に、俺はみやびの手を握った。
「まさかな」
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