物書きと書き物。
あきさん
物書きと書き物。
むかしむかし、あるところに、一人の女の子がいました。
その女の子は、本の中のお話がとにかく好きでした。たくさんの絵本を、お父さんやお母さんに読んでもらっていました。
わたしも、いつか、こんなお話を実際に書いてみたいなぁ。
女の子がそう思い始めるまで、あまり時間はかかりませんでした。
やがて女の子は、読んでもらった絵本をマネして、自分でお話を書いてみます。
あの絵本ではこうだった、あの絵本ではこうなったと一生懸命考えながら、一生懸命書いていきます。
そうして、一冊のノートは女の子の字でびっしり埋まりました。
よし、書けたっ!
はじっこからはじっこまで真っ黒になったノートを、女の子はお父さんとお母さんに、初めて見せて見ました。
おお、すごいじゃないか!
あら、すごいわ!
お父さんもお母さんも、女の子の頭を嬉しそうに撫でました。
たくさん、たくさん褒めました。
それがとにかく嬉しくて、ありきたりでも、女の子は思いつく限り書きました。読んでもらった絵本とほぼ同じ内容でも、書き続けました。
お父さんとお母さんに、自分の書いたものを褒めてもらえる。
女の子は、それが何よりも、どうしようもなく嬉しかったのです。
だから、女の子は、書くということにますます夢中になりました。
しかし、ある時女の子は悩んでしまいます。
お父さんもお母さんも、最初はあれだけ女の子を褒めていたのに、ほとんど褒めなくなってしまったからです。
それどころか、今忙しいと相手にされないことも増えていきます。
わたしの書いたお話、つまらないのかなぁ?
だったら、もっと面白いお話考えなきゃ!
褒めてもらえるようなお話、書かなきゃ!
そしたら、きっとお父さんもお母さんも褒めてくれる!
女の子はそう思って、たくさん、たくさん書いていきます。
ありきたりそのものでしかなくても、思いつく限り書きました。誰かのマネそのものでしかなくても、お父さんとお母さんに褒めてもらうためだけに頑張りました。
けれど、お父さんとお母さんが、女の子を褒めることはもうありませんでした。
読んでくれることはたまにあっても、前ほど嬉しそうに読んでくれません。女の子からすれば、そこにあったから読んでいるだけにしか見えません。
わたしが何を書いても、もう褒めてもらえないのかも。
落ち込んでしまった女の子は、書くことをやめてしまいました。少し前に買ってもらったばかりの新しいノートも、ずっと真っ白のままです。
そう、お互いに、まだ気づけなかったのです。
好きだから始めたことのはずが、いつからか、褒めてもらうためだけのお話を書いてしまうようになっていたことに。
お父さんやお母さんも、女の子が何かを書くということが、もはや当たり前となってしまっていたことに。
結局そのまま、女の子が書かなくなってから、一年以上の月日が経ちました。
なぁ、もう書かないのか?
ふとした当たり前がなくなり、そういえばと思ったお父さんは、ある日女の子に聞きました。
だって、書いても褒めてくれなかったじゃん。
女の子が拗ねながら言うと、お父さんとお母さんは顔を見合せます。
なんだ、好きだからやってたんじゃないのか?
お父さんのなにげない一言に、女の子は、自分の中にあるズレを見つけました。
でも、私たちも何も言わなかったから。ごめんね。
お母さんは女の子の言ったことを聞いて、当たり前になってしまったからこそ、忘れてしまっていたことを謝ります。
女の子は、何よりも本が好きだったから、自分でお話を書いてみたくなったこと。
お父さんもお母さんも、何よりも女の子が好きだから、女の子の書いたお話を読んでいたこと。
全員がようやく、いまさらそのことに気づきました。
その日から、女の子はもう一度、自分のために書いてみることにしました。
お父さんもお母さんも、今度は女の子に、ああしたほうがこうしたほうがとはっきり言うようにしました。
厳しいことを言われて、時にはつらさに泣いてしまっても。
女の子はちゃんと受け止めました。泣きながらも必死に頑張り続けました。
お父さんやお母さんも、見守りました。
嬉しそうだったり、震えていたりもする小さな背中を、黙って見守り続けました。
そうしているうちに、女の子は、自分のお友達にも書いたものを見せるようになりました。
読みたくないと断られてしまっても、つまんないと言われても。
ただただ、諦めずに頑張りました。
書いては見せて、書いては見せてを、懲りずに繰り返し続けました。
時には、才能ないよ、と言われても。
時には、やめたら? と言われても。
他の誰かのためにではなく、自分のために。
自分が生んだ小さな幸せと悲しみを、他の誰かに伝えたいと。
他の誰かのマネっこなんかではなく、自分にしか書けないものを。
自分だけが書ける特別を、他の誰かにとってもの特別となれるように。
そんな思いと願いを込めて書き続けた女の子が、後に「物書き」と呼ばれるようになったのは、また別のお話。
おしまい。
物書きと書き物。 あきさん @Atelier_Z44
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