ヒズミ
@aoi11922960
第1話
ネオンの光が闇夜に浮かび始める時間帯。中山幸雄は喧騒の中、静かに早足で通り抜けていく。4月も終わりな時期になっても、陽が沈めば寒さがやってくる。それでも中山幸雄は寒さなど気にも止めず、薄着で歩を進めて行く。
中山は決して肥満体型ではなく、それどころか痩せて見える。本来中山は寒さに弱い。にも関わらず寒さが気にならないのは、それほどまでに心が焦っているからだろう。
中山幸雄は大手出版社で雑誌の編集長を務めている。33歳で任命され、かれこれ5年の月日がたつのは彼が有能である証拠と言っていい。今日は取材から局への帰りだった。
中山は局へ帰るとデスクには向かわず、事務の大林を訪ねた。
『遅くなってすまないね。』中山は息を整えながらやや大げさに大林に声をかけた。
『いえ、まだ僕も仕事が終わりませんから。』
『中山さん、あれ。あれが中山さん宛てに届いた荷物です。』と、大林は座ったまま、奥の棚の上にある大きめの段ボールを指差して言った。
『サインだけ下さい。中身はまだみてません。』
中山は渡された用紙になれた手つきでサインし、段ボールを持ち、エレベーターに向かった。
普段階段を使う中山が、デスクのある6階までエレベーターを選んだ理由は単に階段が面倒だからではなく、段ボールの中身が予想より重かったからと、やはり急いでいたからである。
6階につき、すぐ手前の部屋に入り、自分のデスクに座ると、中山は届いた荷物である段ボールの中身ではなく、差出人の名前を確認した。
差出人は茂田尚。発送日は4/28。2日前の日付だ。
中山は急に体が冷えてきた事を感じた。それは寒さによるものではなく、恐怖と不安から来るものであると自覚した。
茂田尚は中山の大学時代の後輩で、同じ報道サークルに入っており、同じ道を進んでいた。学生時代はよく酒を飲みながら夢や理想を徹夜で語り合い、無二の戦友とお互いに感じていた。
中山がストレートに昇進して行く中で、茂田はゴシップ系の雑誌で記者をしていたが、大物政治家のガセネタを掴まされ評価を落とし、オカルト雑誌の編集局に飛ばされてしまった。
その時も中山と茂田は様々に話したが、結果口論となり、それ以来会うことも、電話で話すこともなく5年の月日が経っていた。会うことは無くとも、一年前に茂田はオカルト雑誌を売り上げ4.8倍にする事に貢献し、業界内では一躍有名人となったため、中山は茂田の近況は承知していた。
タバコに火をつけ、一服しながら茂田との思い出を懐かしく感じていた。
火を消し段ボールを開けると、中には数十枚のメモリーカードと分厚い資料。それに手帳と一通の手紙が入っていた。
中山は迷う事なく手紙に手をつけ、中身を確認した。
『中山幸雄様へ。急ぎの用のため、用件のみ書きます。まず、この手紙が貴方に届いた頃には私は殺されているでしょう。』
ここまでしか読んでないが、中山はすぐに内線を回し、事務にコールを入れた。
『もしもし、中山です。大林さん、至急お願いがあります。プロライフ書房の菊池さんに連絡をとって頂きたい。繋がったら僕に回して下さい。』
大林の返事を聞く前に電話を切り、続きを読んだ。
『私を殺したのは人ではありません。俗に言う呪いとか怨念ですが、それらを遥かに上回る存在です。必ず日本だけでなく、世界を滅ぼすほどの力です。これは決して大袈裟ではないのです。私達は図らずとも、その存在を知り、最高の戦力で止めようと試みましたが、歯が立ちませんでした。命からがら生き延びた私はこの未曾有の危機を止めるため、信頼できる貴方に託す事にしました。貴方にお願いがあります。ヤツを【ヒズミ】を止めて下さい。止める手立ては分かりませんが、ヒントになればと想い、ヤツに会った経緯とその記録を、この手紙と共に送ります。また、ヤツを止めるにはサツキと言う人物がカギであると思います。どうか、ヤツに出会う前にサツキを探し出して下さい。』
手紙はギリギリ読める乱雑な、如何にも急いだ字であった事もあり、茂田が狂ったのではと、それに恐怖し、中山は体がさらに寒くなったように感じた。
見たくない、見てはダメだと中山の脳が直感で命令するが、中山のライターとしての本能は手足に直結し、最初の資料に手をつけた。
ヒズミ @aoi11922960
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