15centimeter World
―――ジ―――……キーンコーンカーンコーン……。
「……ふぅ……」
―――ガラガラガラッ。
「……あれ?」
「こんにちは」
「こんにちは。今日は来てなかったんだね……。本だけ返しに来てくれたの?」
「あー……うん……。はい、これ。不思議な本だったね」
「そう……? そう……かも……」
「最後の一文が凄く印象的だった。近くて遠いって言うのかな……? 15センチの間に在った幸せって……越えられそうで越えられない……触れられそうで触れられない……存在してそうでそれを確認出来ない……そんな気持ちが伝わって来た」
「うん……そう……だよね……」
―――ガラ……コツッ、コツッ、コツッ……。
「だけどボクには実感なんだー……その“15センチの空間”って……」
「……実感……? 共感じゃなくって……?」
「うん……」
「それって……どういう……?」
「……」
「あ……と……。別に話しにくい事なら言わなくても……」
「……ううん……別に良いよ。それに対した理由じゃないから」
―――コツッ、コツッ、コツッ、コツッ。
「何時からだろう……ボクはレンズ越しの世界を、どこか別世界の様に見ているんだ……。それはボク自身も含めて……ね……。今この瞬間にも見えてる世界は、ボクにとって違う世界の出来事なんだ……」
「……」
―――コツッ、コツッ、コツッ。
「それは……君の見ている世界は、現実じゃない……って事?」
「……それは……違うと思う……。なんていうのかな? レンズ越しに映る世界を、ボクは少し離れた場所で俯瞰して見てる……そんな感じ……かな? 君もボクも間違いなく現実なんだけど、でも実感出来ない……」
「……」
「……きっとボクの世界はレンズを外した……視界15センチに存在してるんだよ……。眼鏡を外せば本当の世界が広がってる……。でも眼鏡が無くなったらその世界を確認出来ない……。多分ボクは、『本当の世界』を『ボク自身の瞳』で確認する事なんて出来ないんだろうな……」
「でもそんなの……いくらでも対処方法があるんじゃないかな?」
「……将来の話じゃないよ……? 今……この瞬間(とき)の事を言ってるんだよ。そしてボクにはこの一瞬が全てだし重要なんだ……。今この瞬間にどう見えて、どんな感じ方をしてるのか……そう言う事なんだよ」
「……」
「ああ……ボクは何を言ってるんだろうね……。こんな話いきなりされたら、頭の中を疑われちゃうね……。それこそ中二病かと思われちゃうね」
「そんな事……」
「……でも良いんだー……。一度気付いてそう感じてしまうと、ボクにとってはそれが全てになっちゃうんだから……」
「……」
「特にあの本の様に、どこか共感の持てる……実感出来てしまう様な話と出会っちゃったら……もう否定出来ないよね」
「そういうもの……かな……?」
「そういうものかも……ね……」
「……」
「……少し遅くなっちゃったね……。そろそろ……」
―――カツッ、カツッ、カツッ……。
―――チャッ……。
「ちょ……何を……」
―――ぐいっ。
「じゃあこうすれば、本当のボクが見えてるって事なのかな?」
「……そうだね……。眼鏡を取ったボクにここまで近づけば、確かに本当のボクの瞳で、本当の君を見る事が出来てる。でも……」
「……でも?」
「……近い」
「……あっ!」
―――ガタタッ!
「殆ど初対面の相手に、勝手にメガネを取って顔を目と鼻の先まで近づけるなんて……普通で考えたら有り得ないよね」
「あっ……ごっ……ごめ……っ!」
―――チャッ……。
「……まーいっか……。別にキスされた訳じゃないし、本当のキミを見る事も出来たし……」
「あ……ありがとう……」
「……どういたしまして」
「でも……やっぱりそうだった」
「……何が……やっぱり?」
「やっぱりキミの瞳(め)は……すっごく綺麗だった……」
「なっ……っ!?」
「昨日も……ううん、前からそうだと思ってたんだー……」
「……前からって……それに昨日……?」
「あ……と……」
「そう言えば……あれって……君が……」
「あは……あはは……」
「ほんと……何から何まで失礼だね、君は……」
「ほんと……ごめ……」
「でも……まぁいいっか……」
「……」
「そろそろここは閉めないといけないんだけど……君……明日も来るよね?」
「う……うん……」
「それじゃあ、続きは明日って事で。……ああ、肝心な事を聞き忘れていたね」
「……え……?」
「君の名前……。ボクは山城ユウキ。……君は?」
「あ……よ……吉野……マコト……」
「宜しく。……じゃあ……マコト。先に帰って良いよ? ボクはここの戸締りとか片づけがあるから」
「い……いきなり呼び捨て……。いいよ、良ければ手伝うよ……ユウキ」
「そう? じゃあお願いしようかな……? 君、何処かの部活に所属してるの?」
「え……? こ……これといって特には……」
「それならこの図書部に入部する事をお勧めするけど……どう?」
「……何でそうなるのかな?」
「だって君……読書好きでしょ? それに……」
「……それに?」
「君……ボクの事……好きなんでしょ?」
「なっ!? ……ちょっ!?」
「何を今更驚いてるの? まぁ、強制はしないけどね。考えておいて?」
「……ぜ……」
「……ぜ?」
「……ぜ……善処します……」
了
15centimeter World 綾部 響 @Kyousan
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