第18話 決戦ーーー了

対峙す。於菟と空蝉。

 空蝉、動かず。

 於菟、動く。

 太刀上段に振りかぶる。

 余りに無防備なり。


 於菟動く。

 じりじりと間合い詰め。

 しかして、虚蝉動かず。


 スペシャルレシピをリセットされてなお、オトが選んだのは上段の構えだった。

 上段はモーションマスターとして、一番、最初にオトに教育し、一番、多く行わせた戦闘動作。中段でも下段でもなく、土壇場でこの動作を取る。

 モノノベはそれに会心の手ごたえを感じた。

「やっぱりじれったいな」

 間合いをつめていくオトを見てマイヤーが言う。そして、モノノベがこたえる。

「この動きに到達するまで、どれほどの時間がかかったか」

「この動きに到達するまで、どれほどの要求にこたえてきたか」

 二人の軽口。

 全員が、ただ、じりじりと、間合いをつめる、その動きをモニターで見つめ続ける。

「観客もよくこんなのを見てるね。私なら居眠りをしているよ」

 クリスがつぶやく。

「観客の目がそれだけ肥えてきているということでしょう。今、それぞれがどんな戦術をとっているのか、わかっているということです」

 これはペネロペだ。

「どんな結果であれ、この後はどうなると思う? 主犯はコンピュータネットワークの中にいます、なんていう言い訳が通用するとでも」

 ペネロペに問う。

「覚悟はしています。そういう役ですから」

「損な役だね」

「まったくです。ところでカロさんとは、その後はどうです」

「な、何があるって言うの。言いがかり?」

「あまりにも仲がよさそうでしたから」

 ペネロペの口元に笑みが浮かぶ。してやったりという顔。それに比べて、マイヤーの動揺は急にキーボードを意味もなくたたき始める。案外、二人はまんざらではないのかもしれない。モノノベが、そして、クリスも意外な面持ちでマイヤーを見る。

 その視線を感じたのかマイヤーがモノノベを見る。視線の意味を察して、睨みつけてくる。

 モニターの中のオトとシケーダ。


 於菟、空蝉、間合い詰まる。

 一足にて、一撃の間合いをただただ、さぐる。


 手持ち無沙汰な時間。

 モノノベが口を開く。

「長尾辰巳を連れ去ったのはあなたたちか?」

 ペネロペの肯定の沈黙。

「彼は苦しんだのか?」

「最後まであなたとの再戦を望んでいました」

「そうか」

「もうひとつ。彼はまだ死んではいませんよ」

 じりじりと間合いを詰めあう二体を見る。

「そうだな」

 ペネロペの唇に意地のの悪い笑みが浮かぶ。

「今回の対戦が終わったら、どうなると思います? 教授のことですから、シケーダのAIのデータをネットワークで公開なんてこともしかねない。そうすればあなたは一生、タツミに付きまとわれることになりますね」

 動揺を期待したペネロペの言葉を、モノノベは静かな表情で受けとめた。

「この立合いが終わったら」

 モノノベがつぶやく。

「終わったら何が始まるのか、怖かった」

 続きを言いかける前に、マイヤーがモニターを凝視しているのを気づいた。

 モニターを改めて見る。

 闘技場への扉が開けられていくのが見えた。係員も手をこまねいて見ていたわけではなかった。何とか、手動ででも、扉を開けようとしていたらしい。その扉が、急に一気に開けられた。

 同時に、スピーカーから声が聞こえた。扉の奥からは、無理やりにでも、二体を引き離そうというのか、誤作動を誘うべく大型フラッシュライトを瞬かせた整備車両が見える。

 一気にあけられたのは、オトの背後の扉だった。

 フラッシュは、曙光のごとくきらめいた。

 その状況に、身じろぎのような過剰反応をしてしまったのは、シケーダだった。

 致命的な身じろぎ。

 そして、それを見逃さない。見逃さぬようにオトを教育してきたのは、ほかならぬ、モノノベだった。己自身と重なりあう。その冷徹な動作。

 踏み込む。


 於菟、一閃。


 数瞬後、

モノノベはただ、深いため息をつく。

 皮肉といえばあまりの皮肉に、声も出ない。

 モニターには、真っ二つになった刀を持ってたたずむオトがいる。

 砂地に頭を突っ伏せるように、頭部に折れた刀の切っ先を食い込ませたシケーダがいる。

 やがて、目をそらし、うつむく。

 そのモノノベの肩をペネロペがそっとたたく。振り向いた、その耳元にそっとささやく。

「おめでとう、と、教授から」

 目で追う間に出頭するためか、ペネロペは出て行った。

 涙を浮かべていたように見えた。


 同時に、カロを搭載したポッドは何の前触れもなく、開いた。出てきたカロが周囲の様子を見る。

 叫ぶ。

「勝手にしなさい!」


                                了

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