12月24日 空気を読んだ晴天

第21話

 ……頭がボーっとしている……。

 朝食の準備をし、三人で食事をした後、メイドさんの車に乗り、それぞれの学校へ向かった。

 一昨日と同様、まずは中学校へ行ってもらった。

 白夜さんが車から降りて、小学校に向かう前に、


「すみません……。あまり眠れなかったせいか、体がしんどいです……」


 とメイドさんに言い、屋敷へと戻ってもらった。その道すがら、


「今日は終業式だけッスから、無理に行く必要は無いッスよ……。……すみません、あたしが料理出来ないばっかりに、美宇様にだけ負担をかけて……」


 と素で謝られてしまい、対応に困った。

 料理に関しては私の趣味も兼ねている。特に負担を感じた事は無いのだが……。


 屋敷の自室で昨日の出来事について思い悩んでいると、学校から帰った白夜さんが入ってきた。


「美宇、大丈夫か?」


 彼は気遣わしげに、私の顔を覗き込んできた。


「うん、大丈夫……。でもちょっと一人で眠りたい……」


 本当に寝る訳ではない。自分の気持ちに整理をつけたい私は、白夜さんにそう言って部屋から出て行ってもらった。


 どうやら白夜さんと玲央奈さんのキスが、私にはかなりショックだったらしい。

 あの時は気にしないようにしていたのだが、潜在意識に焼き付いていたのか。

 夢にまで出てきたのがいい証拠だ。


 はぁ……、彼の家族の事を乗り切ったと思ったら、すぐこれか……。

 最近の私、フラフラし過ぎだろう。

 前はこんな事なかったのに……白夜さんと出会ってからだな。


 ――そうか、私は玲央奈さんと同じで、白夜さんを『誰にも渡したくない』んだ……。

 でも、冷めた感情でこう考えている。

 どれだけ背伸びしたところで『小学校一年生』の言葉なんて、真剣に受け止めてもらえないって……。

 玲央奈さんが言ってたな。『おままごと』って……。

 彼女は私をライバルだと認めてくれたみたいだけど、彼の方はどう思っているんだろう。

 私は本気で白夜さんのお嫁さんになりたいのに――



 ――普通の告白じゃダメなんだ……。

 今の私ではお嫁さんどころか彼女にすらなれない。

 もっと別の方法で……、そうだ――



 私は調べ物をしようとスマホを取り出した。

 こんな形で玲央奈さんのプレゼントが役に立つとは。

 天気予報を見ると、今日はずっと晴れ、か。

 世間的には雪の方がロマンがあっていいのかもしれないけど、私のプランじゃこの方が好都合だ。


 ――本心を伝えるには『ムード』が大事だ!――


 とある場所についての検索が終わると、気が抜けた私は力尽きて、しばしの眠りについた……。




「んん~~~っ!!」


 夕陽が窓から入り込んできて、その眩しさで私は目を覚まし、腕を伸ばしながら身体を起こした。

 そのままベッドから降り、部屋を出て、廊下を歩いていると白夜さんが前から歩いてきた。


「お、目ぇ覚めたのか。大丈夫か?」


 心配そうな彼に私は、


「そんな事よりお腹空いた~」


 と開口一番そう言った。


「二人共お昼食べてないんですか?」


 白夜さんとメイドさんも、私に合わせてお昼を抜いたらしい。気をつかい過ぎだなと思う反面、かなり嬉しかった。

 大分遅めの昼食を三人で軽めに取りつつ、私は白夜さんにあるお願いをした。


「白夜さん、今から二人でお出かけしませんか?」


 彼は渋い顔で、


「アンタ午前中すっげぇダルそうだったじゃねぇか。今日はやめといた方がいいぞ。もう遅いし……」


 と言ってくる。身体が心配なんだろうし、ワガママを言っているのも分かっているけれど、私も引けない。


「眠ったら絶好調になりました。それに今日はクリスマスイブですよ。ちょっとでも雰囲気を味わいたいです!」


 そう、クリスマスイブだ。今日でなければ意味が無い。


「はぁ……。……美宇、ぜっ~~~たいに無理すんなよ!」


 白夜さんはそう言って、右手の小指を私の目の前に出してきた。


「分かりました。約束します!」


 私は彼の小指にパクついた。


「おいアンタ何しやがる!?」


「冗談、冗談ですよ白夜さん。ボケられるぐらい元気になったという事を、証明したかったんです」


 私は右手の小指を、白夜さんの指に絡ませた。ちなみに彼の指は、しっかり白夜さんの味がした。


「「指きりげんまん嘘ついたら針千本飲~ます、指きった」」


 歌い終わると同時に絡ませていた小指を離した。


「それでは行きましょうか」



 メイドさんに留守番を頼み、私は屋敷を出ると繁華街とは逆方向に歩いていく。


「あれ? クリスマスツリーを見に行くんじゃねぇのか?」


 後ろをついてくる白夜さんが訊ねてきた。さっきの話からそう思うのもしょうがないけど、彼も私と同じ苦手なものがあったはず。


「町は今日すごい混んでますよ。白夜さんも人だかり、嫌いですよね?」


「『も』って事はアンタもか……。じゃあ、どこへ行くんだ?」


「着いてからのお楽しみです♪」


 白夜さんはあまり納得してない様子で、私の横に並んできた。


「……あと美宇、その口調どうしたんだ? 玲央奈達と話してる時のやつだろ、それ……」


「はい。偉そうなあの口調の方が好みですか?」


「いや、それは……。……何で今までオレの時だけ変えてたんだ?」


 私は立ち止まり、白夜さんの顔を見つめた。


「美宇……?」


「……分かりませんか?」


「えっ?」


「最初に私を見た時、白夜さんどんな反応しました?」


「え~っと……、どうだったっけ?」


「……幼子相手の対応しましたよね?」


「……そういや、そうだったな……」


「私はそれが嫌だったから、上から目線の口調で挑発したんです」


 きっかけは第一声を言い間違えた事だったけど。でも結果オーライだったな。あの時そうしておかなければ、対決に持ち込む事も、白夜さんのアパートに居座る事も出来なかったと思う。


「今まで不愉快でしたよね? 年端のいかない子から偉そうに言われて……。すみませんでした」


 私が頭を下げようとしたら、白夜さんに両手で肩を押さえられた。


「待った! 頭は下げんな。……不愉快だったのはホント最初だけで、そっからは何だ。似合ってるというか、妙にしっくりくるというか……。まあ、嫌だとは思ってなかったぞ!」


「……………………」


「それに……。……泣きたくなるような時、そっちの方が都合がいいだろ? 施設に入るきっかけの話、そうじゃなきゃアンタ、泣いてただろ?」


「……気付いてたんですね。泣かないように最後にボケた事……」


 バレないよう上手く誤魔化せたと思ってたけど……。


「ボケたのはともかくアンタ、寝言でよくお姉ちゃんの事呼んでたから。まだ消化しきれてないんだろうなって……」


 寝言か、気付かなかった……。という事は、最初にアパートに泊まった日の夜、私がトイレを我慢してた時、白夜さんは既に目覚めてたのかな。

 彼自身、心の傷を癒やすのに6年かかったんだもの。私もこの短期間じゃ無理だよね。


「ごめんな……」


「だから謝んなって!」


 でもそれだと、辻褄があわない事があるな?


「あの、白夜さん。私の寝言、聞いてたんですよね?」


「ああ……。こっちこそすまん……」


「いえ、それはいいんですけど……。聞いてたのなら何故、私を追い出そうとしたんですか?」


 ことごとく拒絶された思い出が蘇ってきた。と同時に少しだけ腹も立ってきたぞ!


「追い出そうって人聞きの悪い!! 玲央奈に預けようとしたんだろ!」


「そういえばその玲央奈さんのキスはすんなり受け入れてましたよね? あれって白夜さんのファーストキスでしょう? 私のはこっぴどく拒んだくせに!!」


「アンタとはシャレになんねぇだろうが!? アイツん時は躱しようが無かったんだからしょうがないだろっ!! ……はぁ……ファーストキスってのはちと違うんだけど……」


 何だろ? 最後のセリフはよく聞こえなかったな。


「とりあえずアンタは、玲央奈に最初っから気に入られてたから何とかしてもらおうと思って。アイツのとこのがいろいろ安心だろ? 同性だし、面倒見いいし」


 いや全くこれっぽっちも? 面倒見たのはこっちだし、むしろ身の危険を感じましたよ? 愛情だっていうのは分かりますが、限度を超えてましたよ?


「……それでもヒドいです。私は白夜さんと一緒に居たかったのに……」


「……ぐっ……」


 項垂れる彼に私は告げた。


「罰として……目的地に着くまで手を繋いで下さい♪」



 スマホで調べた目的地に着くと、波の心地良い音や潮のいい香りが漂ってくる。


「はぁはぁ……結構遠いし……」


 屋敷から30分程歩いて、ここまでやって来た。

 白夜さんは寒いせいか結構消耗していた。この人、やや体力少ないな。本格的なバスケの練習の前に基礎体力をつけさせようかな。

 私はさっきまで寝ていた分、体力にはまだまだ余裕がある。


「なぁ……。何で海まで来たんだ?」


 単純に海が好きというのもあるけど……私は夏生まれだし。でもそれより……。


「白夜さん、上を見て下さい!」


「上……?」


 見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。


「うわぁ、スッゲェキレ~~~」


「なかなか幻想的ですね~」


 冬は空気が澄んでいるし、海なら建物からの人工的な光もほとんど無い。星を見るには最高のロケーションだと思う。……ほんのり寒いのが難点だけど……。


「ああ。てかこういうのって、男の方がセッティングするもんじゃねぇのか……」


 白夜さんはちょっぴりヘコみ出した。


「ふふっ……もう白夜さんったら、そんなに卑下する必要ありませんよ。『人類最期のロマンチスト』の二つ名を持つ私より、ファンタスティックな舞台を用意出来る人は、この世に存在しません♪」


「アンタどれだけ自信家なんだ!?」


 よっし白夜さん、元気になった。ムードも最高。言うならここしかない!


「白夜さん! 伝えたい事があります!!」


「うぇ? えっ!? いや……ちょっ、ちょっと待ってくれ!!」


 メチャクチャ狼狽し出した白夜さん。何かしら空気を察したっぽい。


「……………………………………………………ちょっと待ちましたよ。何ですか?」


「あの、その、えっとだな……心の準備というか、お互いまだはや……」


「白夜さん!!」


「はひっ」


 ――私は白夜さんを『誰にも渡したくない』し『お嫁さん』になりたい。でも『彼女にすらなれない』今の私にそれは不可能。ならこれしかない――


「私は……『白夜さんの理想の女性』になるのでそれまで待ってて下さい!!」


「いやだから……って、えっ!?」


「二度は言いません。あと返事もいりません。これはただの宣言ですから!」


「返事はいらないって……。……もう既にアンタ……」


「ん? 何ですか?」


 波の音でよく聞こえなかった。


「……何でもない……」


 私に白夜さんの可能性を潰す権利はない。最終的に誰を選ぶかは彼が決める事だ。7歳児の私に出来るのはここが限界だと思う。


 ――自分の気持ちを正直に伝える。今ではない、未来を見据えての――


「……伝えたい事が言えてスッキリしました。帰りましょうか? 白夜さん」


「そうだな。帰るか……。あっ! 雪だ……」


 帰ろうとすると、空から予報外れの雪が降ってきた。なかなか粋な演出だなぁ。


「ふふっ白夜さん、流石です。『ホワイトナイト』の異名は伊達じゃないですね♪」


「それ名前を英語にしただけじゃねぇか!? オレに雪を降らす能力なんざねぇよ!!」


「またまたご謙遜を♪ こうなったら私をおんぶしてくれませんか? なぁに、屋敷までで結構です」


 今更だけど私はこう見えて、かなりの甘えん坊だぞ♪


「こうなったらの意味が分からねぇ!? ……なぁ、オレも大分疲れてんだけど……」


「……うわぁ~ん、私は結局、指を切らなきゃいけないんだぁ~……」


「おいちょっと、何だどうした!?」


「だって無理をしたら『考えうるもっとも惨い方法で指を全部ちょん切る』って、無理矢理約束させられました~~~……」


「惨いって何だ!? 全部だなんて言ってねぇよ!? ……しょうがねぇだろ。アンタの事、心配だったんだから……」


 うふふっ、知ってますよ♪


「だったら、だっこでもいいですから……」


「それじゃ前見づれぇよ……。ほら、背中に乗れ」


 そう言いながら白夜さんは私に背を向けしゃがみ込んだ。


「エッヘヘ~~~、あったか~い♪」


 これからもっともっと白夜さんに甘えたい。幼いからこそ許されるこの時に……。


「……はぁ……、そんじゃ行くぞ……」


 静かに立ち上がって、ゆっくり歩き出す白夜さんに、私はある事の種明かしをした。


「白夜さん、実はそんなに歩かなくても大丈夫なんですよ」


「ん? どういう事だ?」


「そこの堤防の裏に『もう見つかってもいいや~』ぐらいの太々しさで、メイドさんが車を止めて私達を見張ってます」


「……留守番はどうしたんだ、あの人……。まぁ助かったんだけどよ……」


「心配なんですよ。私達まだ……子供ですから……」


「……そうだな……」


 ――そう、私達はまだ結婚出来ない子供なんだ――


 おっと、最後にこれだけは言っておかないと!


「白夜さん!」


「今度は何だ?」


 ――『ホモにはならないで下さいね♪』――

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霧原白夜の敗北 あやの @ayanomark2

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