第42話アンデット×レジグネーション4(終)

「この会社も一つの家族みたいなものだって、そうアタシは思ってるの。ここに所属している異能者は鬼血の支配からも離れて、自分の力だけで業界を生きてきた無所属(フリーランス)のはぐれものが大半だったわ。神祇省の追っ手を恐れながら、日々を生きるために命がけで日銭を稼ぐ。頼れる人間もなく、そんな生き方しか知らない。それはとても辛いことよね」

 天華はかつての自分がそうだったように、ここには似た境遇の人間が集まっていると告げる。頼れる人間もなく、命を切り売りして命を繋ぐ日々。未来に希望もなく、ただ毎日を必死に生き延びる日常は、とても空虚で儚いものだ。あっさりと死んでも、自分を看取ってくれるような人間もいない。それは寂しくて、恐ろしいものだ。

「だから、アタシたちは寄り添っているの。例えそれが継ぎ接ぎだらけの不格好な形だとしても、お互いに協力して助け合えるなら、きっと素晴らしいことだと思うわ」

 それが馴れ合いであると、弱者同士の傷の舐め合いだと、そう呼ぶこともあるかもしれない。ただ、天華は知っている。例えそうだとしても、それによって救われる人間は確かにいるのだと。かつての自分のように、誰かと寄り添うことで変われる人間もいるのだと。

「そこにはもちろん、久遠くん――もう、アナタも入ってるのよ?」

 ニッコリと柔和に微笑みながら、天華は久遠へと語りかける。既に彼も天華が思っている家族の一員なのだと。守るべき身内の一人なのだと。そう彼女は言っているのだった。

「なん、ですか……それ。お人好しにも、ほどがあるって」

「そうかしら?」

「そう、ですよ……本当に」

 天華の言葉を聞いて、久遠は顔を俯かせてポツリポツリと呟きを漏らす。

 その声は途切れ途切れで、微妙に震えていた。

「迷惑、かけますよ?」

「ええ」

「後悔、しませんか?」

「大丈夫。後悔したとしても、答えは変わらないから」

「俺で……本当に、俺でいいんですか?」

「ええ、キミじゃなきゃダメなんだから」

 最後の抵抗のように、投げかけられる質問の応酬。破れかぶれに投げかけられた問いにも、天華は静かに、優しい言葉でその一つ一つに答えていく。その言葉の一つ一つが、久遠の心にあった壁を氷解させていく。彼女の言葉が、ひび割れた久遠の心を満たしていく。

「そうよ、アンタも今回は迷惑を掛けたんだから。しっかりと働いて、借りを返しなさい」

 天華の言葉に続くように、琴華は口を開いた。表面上は無愛想な声だったが、その言葉の中からは彼女なりに久遠を元気づけようとする意思が感じ取れていた。

「あの時散々、好き勝手に言ったんだから、まさか『俺にはそんな資格ない』とか言わないでよ? ちゃんと自分の言葉に責任、持ってよね」

 フッと表情を緩め、憎まれ口のように言葉を続ける琴華。だがその表情には不敵な笑みが浮かんでいて、それが彼女も天華と同意見だということも示していた。

「それに、今日からアンタも〝先輩〟になるんだから、しっかりしなさいよ」

「先輩? それって、どういう――」

 琴華が意味深な言葉を言い、久遠がその真意を問いかけようとした瞬間、図ったようなタイミングでコンコンと入り口のドアをノックする音が聞こえた。

「し、失礼します」

 やがてドアが開き、部屋の中に人影が入ってきた。その人物は躊躇いがちに室内に足を踏み入れると、おずおずと口を開いた。その声は緊張からか、僅かに震えている。

「お前は――」

 目の前に現れた人物を見て、久遠は目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。なぜならば、その人物は久遠がよく知る人であったからだ。だが同時に、こんな場所で会うとは思っていなかった人物である。

「ええっと……今日からお世話になる――八科緋胤、です」

 そう、久遠の目の前に立っていたのは、緋胤だった。今回の事件から数日ぶりの再開に、久遠は驚きの様子を隠すことができなかった。

「天華さん。あの施設の子供たちは、みんな受け入れ先が決まったんじゃ……」

 先ほどの天華の話では、牧場に囚われていた子供たちは、それぞれ受け入れ先が決まったと言っていた。能力者たちは力を矯正するための施設へ行ったという言葉から、久遠はてっきり緋胤もその中に含まれているものだと思い込んでいたのだ。

「そうね。でもそれは彼らがまだ能力の矯正が可能な、丁種の等級だったからなの。でも緋胤ちゃんの場合、能力の等級は一人だけ丙種……残念ながら、もう能力の矯正は不可能だったわ」

「でも……だからって、緋胤はまだこんな歳なのに――」

 天華の言っていることは分かる。能力が矯正できない以上、緋胤はもう日常に戻ることはできない。そうなれば、神祇省に所属して執行官となるか、隔離施設に幽閉されるか、今回のように自らの力で生計を立てていくか、そんな選択肢しか残っていない。それが残酷な現実だ。

 それでも年端もいかない少女が、過酷な業界に身をやつすのは、久遠としても見過ごすことができない。だから久遠は抗議するように、声を上げたのだった。

「ううん、いいのお兄ちゃん。これは緋胤が自分で決めたことだから」

 そんな久遠の声をやんわりと遮り、緋胤は穏やかな表情でそう告げた。

 その顔は晴れ晴れとしていて、後悔の色など微塵も感じさせない清々しさがあった。

「天華さんも最初は止めてくれたんだよ? でも、緋胤が無理言ってお願いしたの」

 えへへ、と苦笑を浮かべながら言葉を続ける緋胤。

 彼女が言うように、最初は天華もその請願には首を縦には振らなかった。しかし、熱心な緋胤の説得により、ついに折れてしまったのだった。

「今回の件で、天華さんたちには迷惑かけちゃったから……結局あの子たちのこと、面倒を見てもらっちゃったし。だから、その恩返しをできたらな、って思って」

 陰のある表情で、緋胤はその理由を口にした。確かに今回の件で、天華には多大な苦労が発生してしまっただろう。口にこそは出さないが、その各方面に東奔西走していたことを久遠も知っている。

「結局、あの子たちにはなにもしてあげられなかったから……だから、こんなことで許されるとは思ってないけど、これが緋胤なりの罪滅ぼしなの」

 泣き笑いのような表情で、緋胤は独り言のように呟きを漏らす。過去の失敗から、今まで囚われた仲間たちを助けることができなかった緋胤にとって、これは確かに贖罪なのだろう。

 久遠はそもそも、緋胤が彼らを見殺しにしていたなんて思ってはいなかったが、彼女の気持ちを否定するつもりもない。時間を掛けてゆっくりと向き合っていけばいい。そう思っていた。

「だから……これからよろしくね、お兄ちゃん」

 そう言うと、緋胤は精一杯の笑顔を浮かべて、久遠へと笑いかける。

 それは過去への訣別であり、忘れることなく背負い続けるという彼女の決意そのものを表していた。

「辞めるなんて言わないで、緋胤を助けた責任――ちゃんと、取ってよね」

 そして、太陽が弾けるような笑顔で笑ってみせた。

 そんな緋胤と、二人を見守るように温かい視線を送る天華と琴華を見て、久遠は思わず笑みを零した。

「本当にどいつもこいつも……とんだお人好し、ばっかだな」

 頬に伝わる暖かな感触を誤魔化すように、目元を乱暴に袖で拭うと毒づくように声を漏らした。声は震えて、視界はぼやけて歪んでいる。そんな状況でも、久遠は必死に強がって、必死に笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「ああ――こっちこそよろしく、だ」

 その表情は涙に濡れていたが、きっと最高の笑顔に間違いなかっただろう。



                                〈了〉

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