1章(04):場外乱闘
<ジーア海岸Bブロック:競争エリア>
深い樹海を抜けると、巨大な港が現れる。
錆だらけのコンテナの群、先の折れたガントリークレーン、ひび割れたコンクリートの地面。建物は潮風と海水に浸食され、形を失いつつあった。
モーダナ工場と同様に、この港もまた、人の手から離れた施設だ。
港の上空に辿り着いたウルフハウンドは、周囲を見回す。
従戦機の姿はなく、戦闘の痕跡も見当たらない。
「わん子、隣接ブロックの検索だ」
「わうわう! パイロット検索するわう!」
ウルフハウンドが搭乗中は、わん子は半物質化されていないため、コックピットにその姿はいない。
「検索完了わう! Cブロックで従戦機の数が集中しているわう! 数は68わう!」
「68って……大人気だな」
機体を旋回させ、ウルフハウンドは隣のCブロックまで移動する。
「従戦機同士が戦闘中わう。戦闘しているのは、4体だけ。他は観戦してるわう」
「Cブロックにいるパイロットと機体の一覧……あぁ、チームリーダーだけでいい」
検索ボードが展開される。検索結果は、Cブロックに進入した順番で表示されており、その一番上に【星海のマリン】の名があった。
「まじか……」
あのデタラメな動きをするパイロットは実在している。しかし、ウルフハウンドの中では、あの映像が加工されている可能性を捨て切れていなかった。
実際に動きを見てみなければ、納得できない。
「今、星海のマリンと戦ってるパイロットは?」
「わうわう! 頂上のるるお、戦場のテル、惰性のBELL」
「るるお……? 確か生放送してる実況者だったよな……。噂の従戦機なんて再生数稼ぎにゃあ、持ってこいか」
目的の場所まで移動する。
道中、完全停止している従戦機を見かけた。
五体満足の状態だが、胸部のコックピットに風穴が開いている。
視界の隅に戦闘領域の警告文が表示されるが、ウルフハウンドは即座にボードを閉じた。
視線を戻せば、遠巻きに観戦している従戦機の影が見えてくる。
ウルフハウンドはAURブーストの出力を落とす。宙で観戦する観戦者の下をくぐり、前に出た。
観戦者たちの視線の先、四体の従戦機が戦っていた。
一体の従戦機を、三体が追う。
先頭を行く紺碧の従戦機が、例の【星海のマリン】だ。三体の従戦機による射撃を苦もなく避け、翻弄している。
『絶対に逃しちゃダメだかんね! パターン:スパイラルだよ! スパイラル!』
やや幼そうな声が戦場に響く。その声の主こそ、チームリーダーの【頂上のるるお】だろう。
「るるお、勝つつもりねぇのかよ」
ウルフハウンドは呆れ返ってしまった。
通常、指示出しは従戦機の通信機で行う。指向性のないスピーカーでは、相手に情報を拾われてしまうからだ。
勝ちたい人間ならば、小さなリスクは潰していくはず。
おそらくチームリーダーのるるおの場合、情報が漏れるスピーカーを使っている不合理さは、目立ちたがりの性分から来ているのだろう。
『BELL! 何してんのぉ!? そこ違うよ!』
操縦技量は中々だが、チーム連携は下の下だった。
星海のマリンの実力が動画通りなら、るるおに勝ち目はない。
「時間の無駄だな」
ウルフハウンドは意識を戦闘に向けながら、誰にも悟られないよう、砂浜に【仕掛け】を埋めていく。
「わうわう。マスター、マスター。わん子、最近予言にハマってるわう」
「はぁ……? 予言?」
何を思ったのか、わん子は突拍子もない話を始めた。
「今世紀最大の予言わう。当たる確率は、ほぼ100%……これからマスターの運命を予言するわう」
「どうせ、星海のマリンに負けるとか言いたいんだろ?」
「浅いわう。わん子はそんなにチンケで詐欺師みたいなことは予言しないわう」
「なんだよ、いいから言えよ」
仕方なく、わん子の話に乗ってみる。
「聞いて驚けわう! マスターはこれから……! 身の毛の弥立つようなことが待っているわう!」
「……それで?」
「それは、なんとも口にするのも恐れ多くて! めちゃくちゃで! わうわうで! わうわうな!」
「…………」
「すごーく! しゅごぉぉぉぉく! 大変な目に遭うわう!」
「………………で?」
「わう? それだけわう」
もしわん子が半物質状態ならば、首根っこを掴んでデコピンを十発は入れていただろう。ひとまず、深呼吸してイライラを落ち着かせる。
「馬鹿の話に耳を傾けた俺が、馬鹿だった」
「わうわう。マスターはお馬鹿さんわう」
「なら、おまえは大馬鹿だ……!」
わん子を徹底的に糾弾してやろうかと思った矢先、
『ウルフハウンドォォ!! ここで会ったが百年目だぁ!』
「げっ! あの声は……!?」
素早く索敵すると、左上空に趣味の悪い髑髏顔の従戦機が滞空していた。
頭には、クロワッサンのような二角。腕には禍々しい爪。つい、昨日倒したばかりの――
「デスクロワッサンかよ!」
『デスクローだ!!』
思わずスピーカーで話しかけてしまった。
「わうわう、予言的中わう。わぁうわうわうわう……!」
「てめえ、わん子! デスクロワッサンがいるなら、なんで教えなかった!」
「わーう? 検索ボードは見せてるはずわう? 気づいてないマスターが悪いわう。わぁうわうわうわう……!」
わん子は、奇妙な笑い声を上げる。始めからデスクローの存在を知っていたが、故の予言だったのだ。
『おめぇ、あのときゃあ、良くもやってくれたなぁ!』
ウルフハウンドに併せたのか、デスクローもスピーカーだった。周囲の従戦機が、何事かとこちらに興味を示している。
「何だ!? 勝負にイチャモンつけんのかよ! 男らしくねぇな!」
『ぬぁにが男らしくだぁ!? おめぇが、それを言うんじゃねっ!』
相手は激高状態。今すぐに襲いかかってきても、おかしくなかった。
脳味噌では糖分が大量に消費され、この戦闘領域から逃げる方法を見つけ出そうとしている。
状況を把握するために、会話を長引かせた方がいい。改めて考えるに、初手で相手を煽るのは悪手だった。
――よし、昨日の戦闘は事故にしよう。
一時的でもこちらの勝利を取り下げるのは癪だが、時間稼ぎならば仕方ない。嘘も方便とも言う。
「デスクロワッサン! 実は、あれは事故だったんだ! たまたま俺とおまえの間にトラップがあって、たまたま俺が撃ったグレネードランチャーがパイプに当たって、たまたまパイプがおまえのところにパイプが倒れてきたんだ! 信じてくれ、デスクロワッサン!」
『たまたま、多すぎっだろぉ!? それとオラはデスクローだぁ!』
「わうわう。デスクロワッサン、戦闘態勢に入ったわう」
「なぜだぁああああああ!?」
「やっぱマスターって馬鹿わう」
砂浜の【仕掛け】はなるべく使いたくなかったが、デスクロー相手に負けては元も子もない。
なにしろ、デスクローの後方にはチームメイトが構えているのだ。星海のマリンのような曲芸を真似できれば勝てるかもしれないが、あいにく種も仕掛けも分かっていない。
『おめぇだけは、ぜってぇ許さねっ!』
デスクローの鉤爪が射出される。
ウルフハウンドは素早く回避行動を取る。鋭利な刃をすり抜けるように回避。続けざまに応戦しようとした。その瞬間――
『不滅のデスクロー が 撃破:蒼穹のガルマ』
「お?」
『んん?』
不可思議な戦闘ログが流れる。
飛んでいった鉤爪の軌跡を辿っていくと、観戦していた従戦機がコックピットを貫かれていた。
不運な流れ弾である。
『あ、あんた、何をするのだ!?』
流れ弾の被害に遭ったチームのリーダーらしき従戦機が、こちらに敵意を放つ。
「お、俺じゃねぇぞ! この髑髏顔――デスクロワッサンだ!」
『オラぁ、デスクローだ!!』
『デスクロー! あんたがやったのだな!?』
『はえ!? い、いんや、それは――』
いきさつはどうあれ、戦闘ログにはしっかりとデスクローの名前が残されている。言い逃れは難しいだろう。
『次は、私たちが星海のマリンと戦う番なのだぞ! あんた、もしかして……一人脱落させて、順番を早めようって魂胆か!?』
『違ぇって! オラのせいじゃねぇんだぁ! あの卑劣なウルフハウンドが、オラを挑発したのが悪いんだぁ!』
「はいぃ!? 俺は何も悪くねぇだろ! てめえが勝手に仕掛けて誤爆しただけだろうが!」
『いんや! おめぇが悪い! あくどいことばっか、やっから、その罰が当たったんだぁ!』
「関係ねぇだろ、それ!」
「わうわう、不毛な争いわう」
『あんたら、いい加減にしろ! まずは謝れって言ってるのだよ!』
チームリーダーが声を荒らげる。
ウルフハウンドは自分に向けられた怒声で、我に返った。しかし、一方のデスクローは、怒りで思考が鈍化し、完全に冷静さを失っている。
『うるせっ! ちぃっとばっかし被弾したくれぇで、ぴーぴー喚くんでねぇ!』
『なんだと!? 開き直るのか!』
デスクローの怒りの矛先が、ウルフハウンドから逸れる。
逃げるには絶好のチャンスだった。
ウルフハウンドは緩やかに機体を後退させ、距離を稼ぐ。
ゆっくり、ゆっくりと下がっていると、デスクローの後ろに控えていた従戦機が慌てて、こちらを指さした。
『兄貴! あいつ、めっちゃ逃げようとしてるッス! めっちゃ卑怯ッス!』
「うげっ!」
『おめぇ、どこまで卑劣根性に磨きがかかってんだぁ!?』
デスクローが鉤爪を構えて、再び戦闘態勢に入る。デスクローのチームメイトも、こちらに銃口を向けていた。
『おめぇは、絶対ずたずたにしてやるっ!』
「あぁくそ! これ、やるしかねぇか……!」
ウルフハウンドは、砂浜の【仕掛け】のターゲットをデスクローたちに切り替える。
戦うつもりは毛頭ない。【仕掛け】が発動した瞬間、この地区から全速力で逃げる算段だった。
『なんで私を無視するのだよ! あんたら、正気は確かか!?』
チームリーダーの横やりを煩わしく思いながらも、タイミングを見失わないよう、デスクローの挙動に注視する。
『あっ! もう……最悪だ! どうなっても知らないぞ! 最初に手を出したのは、あんたらだ! 全部、あんたらのせいだからなぁあああああああ!』
怒声が奇声に変わり、チームリーダーの堪忍袋の緒が切れた。背中に備えてあった大型ガトリング砲を――乱射。
「マジか!?」
狙いを定めていない銃弾が、無差別に襲いかかる。
ガトリング砲は
運悪く胸部に直撃すれば装甲は抉られて、先ほどのデスクローに墜とされた従戦機のように、即死する。四肢のどこかに命中しても、機能不全は免れないだろう。
「――くそっ!」
AURブーストの噴射角度を変更。上空へ。最大速度で、空に逃げる。
機体が小さく揺れた。
「わうわう! 噴射機に被弾わう! 出力マイナス80%! 墜ちるわう!」
「くそったれ!」
AURブースト噴射機の被弾は致命傷だ。翼をもがれた鳥は、惨めに地を這い、殺されるのを待つしかない。
「あっ、嘘わう。かすっただけわう。ダメージ軽微、出力に影響はないわう」
「死ね! アホスピリット!」
「わーうわうわうわう! マスター、ビビってるわう!」
一定距離を稼いだところで、ガトリング砲を乱射するチームリーダーの死角に回る。
「あぶねぇ……」
ウルフハウンドは難を逃れたが、気付けなかった他の従戦機は無惨にもガトリング砲の餌食となった。
『なんっすか!? 俺、なんでダメージ受けたんっすか!?』『きゃあああああ!! あっくん、やだぁああああ!』『んー? なにー? 場外乱闘ー?』『やばいやばい! 死ぬ! 死ぬぅ!? あと一撃で墜ちりゅぅううう!』『あの人! ガトリング、ぶっ放してる!』『誰か、あのキチ○イ、止めて!』『あっくぅぅぅぅぅぅぅん!』
眼下では、地獄絵図が広がっていた。
離脱を試みる者、戸惑うだけの者、状況を理解して対処する者、混乱したまま攻撃する者。中には作為的に混乱を拡散させようと、無差別に攻撃をしかける愉快犯までいる。
目的を失った弾丸が、混沌を呼び覚ます。
今や、無関係だったはずの従戦機同士が大乱闘を繰り広げている。
「見事な場外乱闘わう」
「……俺のせいじゃねぇぞ」
「わうわう、犯人の常套句わう」
「はぁ!? そもそも、あのデスクロワッサンが悪いんだろ! アホみてぇに俺の名前呼んで――」
『ウルフハウンドぉおおおおおおおお!! おめぇだけは、絶対にぶっ殺してやる!』
髑髏の従戦機――デスクローが、乱闘を切り抜けて飛翔してくる。
「あぁ、くそ! 噂をしたら、来やがった! わん子、エリアからの離脱ルートを検索! その中で一番リスクの低いルートをナビしろ!」
「えー、めんどくさいわう。明日じゃダメわう?」
「今すぐ、やれ!!」
上昇してくるデスクローを牽制するため、腕部に内蔵された拘束トラップ【スパイダーネット】を放つ。小さなワイヤーの塊が、パラシュートのように円網に広がり、デスクローを包む。
スパイダーネットにかかると、機動力が大幅に落ちる。ここでデスクローを撃墜しても良かったが、今は逃げることだけに専念する。
『あんだこれ……!? ワイヤーが絡まって……卑劣なぁああああ!』
「卑劣卑劣って、うるせぇな! 一直線に突っ込んでくる、てめえが馬鹿なだけだろうが! ばーかばーか!」
『このぉ……!』
「悔しかったら、俺を狩ってみろよ! バカクロー! アホクロー!」
ひとしきり罵倒して、ウルフハウンドは旋回する。わん子のナビにしたがっていけば、この危険地帯から離脱できる。
「じゃあな、デスクロワッサン! せいぜい流れ弾には気を付けろよ!」
『オラは……! オラはぁ!! デスクローだぁああああああ!』
デスクローは拘束された腕を突き出し、渾身の鉤爪を発射した。
ガキン、という着弾音と共に、ウルフハウンドの視界が大きく揺れる。
「あっ……」
意味深に声を漏らしたのは、わん子だった。
「…………左噴射機に直撃わう」
「ウソだろ?」
「出力80%低下。落下するわう」
警告アラートが鳴り響き、ボードには被害状況が表記されている。
嘘ではなかった。
「ウソぉおおおおおおおおおお!?」
機体が大きく傾いた。
メインモニターに映る砂浜が、どんどん狭まっていく。
「ひゃあああああああああああああああああ!!」
「わうわう! 紐無しバンジーわう! 楽しいわう!」
「うるせぇ! 楽しくなんか――」
墜落。
視界がブラックアウトした。
Valet Down 南かりょう @karyo28
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