1章(03):談話室にて


<第一級戦艦『ジノ・ラァラ』:談話室>


 談話室の扉を開くと、そこは緑で覆われた庭園になっていた。青空の映像が天井と壁に投影され、偽物の太陽が木漏れ日を作り出す。

 戦艦の中で木々が生い茂る光景は、強烈な違和感があった。

 ウルフハウンドは、茂みの塀で象られた小道を進む。やがて、見えてくるのは、白を基調としたテーブルと長椅子の群だった。

 現在の時刻が、昼前というだけあってか、談話室に人は少ない。

「ハロー、隊長サン! 今日モ元気カイ!? NINJAハ元気ダヨー!」

 最初に、ウルフハウンドの存在に気づいたのは、長身の黒人――NINJAだった。忍者と名乗るからには、地味な黒装束かと思いきや、全身真っ赤の【赤装束】を纏い、ニセモノらしい風格を強調している。

「おはよう。今日もテンション高ぇな、おい」

「NINJAハ、笑顔ガ大好キダヨー! 隊長サンモ、スマーイル!」

 ニカッと白い歯を見せつけてくるNINJA。

「あーはいはい。すまいるすまいる」

「わうわう、マスターの笑顔……悪人が悪巧みしてるときのゲススマイルになってるわう」

「NON! モット、口角アップ! NO! モット、楽シク! ソレダト、ハリウッド、行ケナイヨー!!」

「いや、外国なんて行きたくねぇし」

「何言ってるのさ、ウルフハウンド。予選を抜けたら、渡米しないと本戦に出られないよ」

 ウルフハウンドが適当にNINJAの相手をしているところに、赤髪の少年が会話に割り込んできた。

「千晶、良いところに来た。おまえが笑え。笑ったところ、見たことねぇし」

「イヤだよ。ボク、無駄なことは絶対にしない主義だから」

 仏頂面の少年――千晶は断言して、鼻を鳴らす。

「OH! 千晶サン、COOL!!」

「可愛くねぇなぁ……」

「あんたに愛想を振りまいても無駄だし。それより……今日は一段と遅かったけど、また夜更かしかい?」

「ああ……昨日、部屋の掃除してたら止まんなくてよ」

「健康管理に気を配りなよ。コンディションは常に万全の状態でないと、予選突破なんて出来ないよ」

「おまえは、俺の母親かよ……って、なんだその目は」

 千晶は何か言いたそうに、こちらを睨みつけている。

「別に……そんな歳じゃ……」

「あぁ? 聞こえねぇって。何か言いたいなら言えよ。予選前に、不仲でチーム解散なんて笑えねぇし」

 大会予選は二ヶ月後に迫っている。

 この場にいるウルフハウンド、NINJA、千晶の三人でチームを組み、大会予選に挑む。昨日のデスクローとの戦いは、チーム戦の良い練習となった。

「何でもない。これ以上は無駄だから、聞かないでよ」

「そうかい。んじゃあ、聞かねぇよ」

 静寂の間が生まれる。

 それに耐えきれなくなったのか、NINJAが音を上げた。

「ソウイレバ!」

「「総入れ歯?」」

 奇跡的に、ウルフハウンドと千晶の声が重なる。

「NOOOO! ソウ、イエバ! OK!? 二人トモ! ビックニュースダヨー!」

 NINJAは、映像ボードを二人に見えるように表示する。

 ボードに映し出される光景は、パイロット視点での戦闘だった。後方支援のパイロットが、前線で戦う仲間の様子を録画しているらしく、前方では五体ほどの従戦機が入り乱れている。

「ああ、これ……何かと思えば、あの【星海のマリン】ね」

 千晶は映像の元を知っているようだった。

「何だよ、千晶。せいかいのまりんって」

「見てれば分かるよ」

 促されて、ウルフハウンドは映像ボードを凝視する。

『なんだよ、あれ! なんだっていうんだよ!?』

 撮影者は声を張り上げ、酷く動揺していた。焦燥に駆られているためか、ボキャブラリーが著しく乏しい。

 海岸近くでの空戦。無数のAURブーストが筆で描いたように空を彩る。爆発の花が咲き乱れ、散っていく。

「こいつら全員、雑魚だな」

 連携が全く取れていない。

 五体の従戦機が好き勝手に動いているせいで、端から見ているウルフハウンドには、どれが敵で、どれが味方なのか見分けがつかなかった。

 これでは、もはや屍に集る蠅と大差がない。

 素人同士の戦いのどこにニュースが含まれているのか、そして誰が【星海のマリン】なのか。半ば興味が削がれていたところに、千晶が言葉を作る。

「一つ言っておくよ、ウルフハウンド。これ、9対1だよ」

「……は?」

「この映像では、すでに5対1になってるけど、撮影者の部隊はもともと九体の従戦機が編成されてたんだ」

「待て待て。なんだ? このクソザコ素人軍団は、たった一体に四体も落とされてんのか?」

「四体じゃない」

 前線、数が一気に減った。

 あれほど無秩序に動いていた蠅が、一匹一匹と黒煙を垂らしながら落ちていく。

 残った従戦機は一体だけ。紺碧の従戦機が、刃剣を握りしめている。

「こいつが……?」

「そうだよ。こいつが星海のマリンだ」

 八体の従戦機を、単体で圧倒してしまった。

 烏合の集団とは言え、相手は高機動の従戦機だ。鴨撃ちとは訳が違う。

「ウルフハウンド、ここからが見所だよ」

 紺碧の従戦機――星海のマリンが、撮影者に接近する。肉薄する従戦機の姿は、瞬きを一回するだけで大きくなる。

「速ぇな……」

 軽量級であることを加味しても、そのスピードは異常だった。

 距離はあっという間に詰められていく。

 撮影者の従戦機は、両肩に装備された誘導ミサイルポット【メイブン】と、突撃銃【デルタ11】を牽制として乱射する。

 弾幕の濃度としては、ほぼ面に値している。まず被弾は避けられないが、それは直進した場合だ。大きく回避行動を取れば、素人であろうと、弾幕の面の範囲外に逃れられる。

 しかし、星海のマリンの判断は異常だった。

 AURブーストを更に加熱させる。

 何十にも積み重ねられた網目のような隙間を、縫うように、最小限の動きで弾幕を切り抜けてしまった。

「まさに、無駄のない動きってヤツだね」

 超近距離ではもう後方支援の従戦機に勝ち目はない。

 星海のマリンが刃剣を振り下ろしたところで、映像は途切れた。

「どうだい、ウルフハウンド。この映像、どう見る?」

 今の千晶は無表情だが、どこかしたり顔のようにも見える。

「普通に考えれば分かんだろ。世界大会予選に向けての、新しいPV(宣伝映像)に決まってる」

 あのような機動を、人間に出来るはずがない。無茶苦茶な回避行動の連続であるはずなのに、完全に制御していた上で動いていた。

 同じ従戦機とは思えない。

「残念、星海のマリンは実在するよ。今、ジーア海岸で確認されてて、野良バトルで連勝してる。相手の人数を問わず、ね」

「まさか……【マスターズ】の関係か?」

 従戦機乗りの中で最強部隊と言われているエースパイロット集団【マスターズ】。ここ二ヶ月で、最強という謳い文句とともに露出し始めている。予選では、最も注目しなければならない相手だ。

「さあ? そこまではボクも知らない」

「もし、こんなのが大会に出たら、誰も止めらんねぇぞ……」

「NINJA、勝テル自信ナイヨー!! 勝テルノ、笑顔シカナイヨー!」

 無意味にスマイルを振りまくNINJAを放置して、ウルフハウンドは黙考する。

 あの動きは、従戦機のカスタマイズによって得られたものなのか。それとも操作技量による高等テクニックなのか。

 考えれ考えるほど可能性が広まっていく。

 ウルフハウンドがひとり悶々としていると、

「今から見てくれば? どうせ考えても、憶測だけで終わるんだしさ」

 千晶がこちらを見透かしたように言い放った。

「人の心、読むんじゃねぇ」

「顔に書いてあるんだもの。それは読むよ」

 その言い回しは姉を彷彿とさせ、ウルフハウンドは辟易とした。

「仕方ねぇ、ちょっくら行ってみるか」

「ちなみにボクとNINJAさんは、これから用事があるから行けないよ。もし一戦交えるなら、記録しといて」

「はぁ? なんだよ、面倒ごとは俺に丸投げかよ」

「わうわう、千晶に隊員の相談事を任せてるくせに――わぁぁうぅぅ!」

 頭上で小言を垂れる小動物を、ヘッドバンギングの要領で振り落とす。

 その様を見ていた千晶は、やれやれとでも言いたげに肩をすくめた。

「なにを言ってるのさ。従戦機の知識ならウルフハウンドに優るヤツはいないからね。任せたよ、隊長」

「YEAH! 千晶サン、COOOOOOOOOOL!!」

「なっ……!」

 ウルフハウンドが二の句を言おうとした頃には、千晶とNINJAは背を向けて歩いていく。完全にタイミングを外してしまった。

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