1章(02):仮想現実の世界
宇宙亡命歴119年。機甲戦争と呼ばれる世界大戦が100年以上も続いた。その戦争の敗者は――人類だった。
当時、先進国が開発したAI技術が暴走し、人間から謀反を起こす。AIによる電脳戦に、人類は成すすべなく蹂躙された。やがて、人が支配していた星は、機械の世界となってしまった。
追いつめられた人類は、別の星に移り住み、そこから故郷を取り戻すための戦争が始まった。
地球亡命歴109年。星の惑星を拠点として、当時の戦力の60%を投じる奪還作戦【Valet down】が決行された。
兵力の損耗率は95%を越え、多くの犠牲を払いながらも、人類は小さな島を取り戻すことに成功する。
人類にとってそれは大きな希望となるはずだった。
しかし、人の意志はあまりにも脆く儚い。
獲得した島の所有権を巡り、人類の勢力は大きく二つに分かれてしまった。
連合軍と帝国軍のいざこざは、やがて人類滅亡へのカウントダウンとなるだろう。
そこで、君の出番だ!
腐り行く世界を正せるのは、君しかいない。
これから君は、どちらの軍にも属さない特殊部隊に配属され、通常ならば作戦遂行不可能の任務を与えられる。特別な存在である君ならば、どのような任務でも遂行できるはずだ。
そのためには、名前を捨てたまえ。これからは『異名』だけが、君に許された誇りだ。
死んでも誰にも知られることはない。だが、君が成した偉業は誰もが知ることになる。
もう後戻りは出来ない。鋼鉄の僕を従え、世界を救ってみせろ。
真の奪還作戦を、これより開始する。
従戦機! 至急、戦場へ降下せよ!
【Valet down】
現在、世界で最もプレイされているVR専用オンラインゲーム。VRヘッドギアと、バレットダウン専用コントローラー『globe』を装着して、君も巨大ロボットを操縦しよう!
――ゲーム雑誌・レド通信より。
/////
『WARNING!』
『バレットダウンをプレイする際は、事前にglobeを装着し、着座姿勢を保ってください。また、長時間のプレイは健康を損なう可能性があります。適度な休憩をとって、お楽しみください』
『NOW LOADING…………CONNECT』
『Valet Down!』
/////
<第一級戦艦『ジノ・ラァラ』:ウルフハウンドの自室>
簡素な机と真っ白なベッド、雑味のない部屋こそがウルフハウンドの部屋だった。
ウルフハウンドが部屋を見渡そうとした途端、視界は通知ボードで埋め尽くされる。
『一周年ログインキャンペーン! 本日のログインプレゼントは、ゼノス鉱石10個!』『今月開催中の新規イベント:深海に潜む脅威』『一周年キャンペーン、第二弾! 毎日1000ZEMプレゼント!』『今月のレド通信に、Valet Down特集が掲載されます!』『トッププレイヤー:デウスが、基本戦闘のノウハウをブログにて掲載中』『注意:先月の不正利用者について』『人気声優による戦闘日記、更新! 第29回:巷で噂の凄腕プレイヤーが、マジでヤバい!』『世界大会規約が更新されました』『メッセージ:14件』『フレンド申請:8件』……etc
息が詰まるような情報量のボードを、片っ端から閉じていく。
すべてのボードが視界から綺麗サッパリ消えたところで、ようやくベッドに座っている人形の存在に気づいた。
頭からピンと突き立った犬の耳、円らな目、柔らかそうな輪郭。サイズとしては手のひらに乗る程度だが、まるで教育番組のマスコットキャラクターかと思うほど顔が大きく、体との比率は1:1くらいになるだろう。胸らしき部位が緩やかに膨らんでいることから、かろうじて♀であることが判別できる。
人形の首が動く。
「あっ! マスターが来やがったわう! おはようわう!」
にぱっと笑い、尖った犬歯を覗かせる。
「おはよう、わん子」
人形もとい、わん子はベッドから飛び降り、足早にウルフハウンドの足下に駆け寄る。ぴょんと小さくジャンプして、ウルフハウンドの右足に飛びつく。
「わうしょ、わうしょ……!」
登山ならぬ登人を始めたわん子は、太股から腰、肩へと至り、ウルフハウンドの頭まで登り詰めると、腹這いになった。頭頂であり、登頂でもある。
「ふぅ……ノルマ達成わう」
「何のノルマだよ」
「細かいことを、いちいち気にしてると禿げるわう」
「ときどき、おまえが本当にAIか疑いたくなる」
「わうわう! わん子は超優秀なスピリットわう。他のスピリットと比べてもらっては困るわう」
従戦機を動かすOSに備えられた高性能AI――スピリット。星を支配したAIよりも上位互換の存在としてスピリットは作られた。人に完全服従する規律があり、それに違反したスピリットは消滅されるよう設定されている。
スピリットの特徴は、それだけではない。
パイロットとの会話によって、スピリットは多種多様な個性に変化する。オーバーすぎるかもしれないが、パイロットの数だけ個性が存在している。
「わうわう! 部隊専用チャットで、三人の隊員から質問が来てるわう!」
「頭の上で、暴れんな!」
実験段階の【半物質化装置】を組み入れたことにより、従戦機から離れた状態でも、スピリットは顕在できる。
「千晶に答えてもらえ」
「全員、隊長宛てわう!」
「ったく……談話室まで移動する間に、質問を読み上げろ」
気怠さに負けないよう、気合いを入れる。
自室から廊下に出る。
金属質の通路には、淡い藍色の絨毯が敷かれている。一定間隔に設置された窓は、常に宇宙特有の暗闇に包まれており、夜でも朝でも変わらない。
宇宙船『ジノ・ラァラ』は、ウルフハウンドが指揮する部隊『狼牙の痕』専用の戦艦だ。その大きさは、第一級という上から二番目に値し、並の部隊では手に入れることは不可能とされている。
「まず一つ目わう! 新人隊員のムルイわう!」
わん子が、チャットの質問を読み上げていく。
『武器の改造相談、ありがとうございます。次は近接用武装なんですが、光束剣か
わうわうとウルサい口調が嘘のように、なめらかに語る。
「ムルイは、軽量級の
「わうわう! あいさー! 書面化するわうー!」
今さっきウルフハウンドが喋っていた内容がボード一面に文章化されている。歩きながら添削し、わん子に送信の許可を下す。
次の質問は、部隊内での愚痴だった。メンヘラ化しつつある隊員が、一部の隊員への不満を垂れている。
「めんどくせぇ……。あとで千晶と相談するから、返事は保留」
「わうわう、あいさー」
隊員のメンタルケアほど、面倒なものはない。半年前までウルフハウンドは別の部隊に在籍していたが、たった一匹の害悪のせいで、部隊は解体。そのとき、部隊長の面倒臭さを嫌と言うほど目の当たりにした。
「最後の質問者は、リナリナわう」
「パス。あとで千晶に答えてもらう」
質問者の名前が出た途端、ウルフハウンドは即座に言い切った。
「まだ聞いてないのに、どうしてわう?」
「どうせ、仇討ち《デスクロワッサン》のお礼だろ? 社交辞令なんざ、聞きたくもねぇ。それに、あいつのテンションはメンドクサい」
「性格が歪んでるわう。引きこもり、拗らせすぎてるわう」
「うるせぇよ。AIのくせに、説教すんな」
しばし、わん子の嫌味にチクチクと刺されている内に、談話室に到着した。
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