第6章 再生の時(3)

「那須岳、県道十七号で玉突き事故。観光バスを含む数台が崖から転落」

 救難ヘリを誘導する捜索機クルーの雪也は、仲間と共に真っ先に駆け出し、機体に乗り込んだ。ものの十五分後には、U-125Aは百里基地上空を離れようとしていた。

 判明している状況によれば、下りのヘアピンカーブを曲がりきれずに反対車線に飛び出した自動車を避けようとした自動車と、後続の観光バスが崖から落下したとのことだ。

 雪也は地上と通信し、事故現場の情報を収集する。通信台の上には細かい地形まで描かれた地図が広げられ、具体的な現場情報を書き込んでいく。

「レスキュー・アスコット21、こちら、入間レスキュー・コントロール……」

 埼玉県の入間基地にある救難本部から入った情報によれば、早くもテレビ局の報道ヘリが周囲を飛行しているらしい。雪也は無線員として、周囲の状況も確認しなければならなかった。

「予想されるサバイバーは三十名ほど。距離五マイル」

「了解。赤城、ヒーロー31に状況報告。第二待機隊の態勢も確認しろ」

「キャビン了解!」

 短時間のうちに、やらなければならないことがたくさんあった。現場が近付くにつれ、同乗している救難員も大型捜索窓に張り付いて、目を凝らしている。

 事故現場の県道は予想通り、大混乱の様子が遠目にもわかった。桜が満開の美しい季節には酷いほどの一瞬の出来事だったのだ。

 ひしゃげたガードレールの真下には、横倒しになった観光バスとトランク側を下にした乗用車が見える。さらに落下する可能性はなさそうだが、意外と深い場所まで落ちていた。

「乗用車一台と観光バスは目視できます。もう一台の乗用車が見当たりません」

「サバイバーの様子はわかるか?」

「観光バスの方は、車体側面に何人か立って手を振っています」

「インサイト」

 発見という意味だ。操縦士たちも要救助者の姿が確認できたらしい。

 救難員と操縦士の会話を聞きつつ、雪也はいつものように赤外線やレーダーを操作している。

「……乗用車の中も、人が動く気配がしてます!」

「了解。ヒーロー31を誘導しろ」

「キャビン了解」

 救難ヘリが到着すれば、すぐに救助が開始されるだろう。

 あとはもう一台の乗用車とサバイバーの消息だ。雪也は機器を操作し、画面に反応がないか息を殺すように見つめた。

 空中を旋回する捜索機は、まるではぐれた仔鳥を探す母鳥のようだ。

 救難員がまだ飛んでいない方角に進むよう提案すると、操縦士は「了解」と返答して操縦桿を傾けた。

 捜索機は新しい空間に移動した。しかし、それでもなお赤外線やレーダーは何の反応も示さない。目視を試みる救難員も無言のままだ。

 ――ツー。ツー。

 頭から外して首にかけていたヘッドフォンから、微かに電子音が漏れている。おかしいなと思い、雪也はヘッドフォンを再びかけた。

 ツーという音が流れ続け、周波数を調整しようとした時、やっと人の声が飛び込んできた。

 ――助けて、ユキヤ。

 息が止まった。いや、飛行機の騒音が突然消え、時が止まったように思えた。

 その声は、忘れもしない、遥か昔の最愛の女性のもの。

 ――あたしたちを助けて!

「……あたしたち?」

 思わず聞き返す。すると、彼女の声はきちんと返ってきた。

 ――息子たちよ、双子の! ユキヤ、お願い、早くあたしたちを見つけて。

「どこにいるんだ?!」

 ――水が……下に水が見えるわ。上は暗くてよくわからない。何かが被さってるのかも。

 どういうことだ。水が見える? 雪也は広げられた地図を確認する。もしかしたら……。

 ――ユキヤ、どうかあたしたちを見つけて!

「どうした、赤城」

 雪也は通信席を立ち、大型捜索窓から眼下を見た。そう、あそこに見えるのは。

「あれ、沢ですよね」

「ああ。何かあるのか」

 崖のかなり下には、少しばかり霧がかった細く狭い川が流れていた。ちょうどその上方には観光バスが力なく横たわっている。その真下は、確かに死角だった。

 待ってろよ、俺が見つけてやる。だってそう約束したじゃないか。

 いつか地上に戻ってくるようにと、あの日、全てを燃やし尽くした巫女が、今、勇士を再び求めている。

 雪也は深呼吸をし、操縦席に向かって叫んだ。


「ターゲット・インサイト!」



【完】

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地上のふたつ星 木葉 @konoha716

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