第6章 再生の時(2)

 百里基地内の酒が飲める隊員クラブの一角で、飛瑛が訊いてきた。

「俺が沢霧の村に初めて行った時、焼失住居なんてものはなかった。だから、エナを家と共に火葬したのが、焼失住居の初めだったんだ。それで、俺はカケルにこう頼んだ。双子が生まれて、その母親が死んだら同じように家と共に火葬をしてほしいって」

 あの時代、双子の妊娠出産は精霊の力が最大限に働いた結果で、その両親は精霊の守護を強く持つ特別な存在として扱われた。

 エナと雪也は巫女と勇士だったからなおさらだが、雪也は自分たちと同じ僥倖に恵まれた沢霧の女を、特別に葬ってほしいと思ったのだ。双子と一緒に過ごした場所で、思い出に包まれながら天に返し、またいつかこの世に戻ってくるようにと。

 そして、雪也はエナの御告げによってその存在が明らかになった黒い泉には、不思議な力が満ちていたのではないかと思っている。

 泉の水をたくさん飲んでいたのはエナだ。彼女は双子を授かった。その後に出産した、村の娘にも双子が生まれた。泉が見つかる前は、双子が誕生したことはなかったらしいし、今になって続けて双子が生まれるなんて、偶然にしては奇妙だ。

「あの泉が枯れない限り、村の人たちは毎日あの水を飲んでたんだ。精霊の力が宿った泉の水で、たくさん子供が生まれるのだとしたら、その泉のことを明らかにしたエナはやっぱり沢霧の村を救った巫女ってことになるね」

「不思議な世界なんだな、縄文時代ってのは」

「そうだね……」

「それにしてもさ、巫女は幸せなのか?」

 飛瑛の疑問は一度ならず雪也も考えた。制約だらけのエナの毎日は、端から見ていてもつらかった。巫女として一人前になるまでにも、人とは違った心身の苦痛を味わってきたらしい。肌に残された傷跡が、それを物語っていた。

 全て自分に宿る精霊の力を、村の繁栄と豊穣と存続のために捧げるために、エナは普通の女の子としての人生を手放さなければならなかった。

「なんだか、救難隊みたいだな。ほら、何て言ったっけ」

「ああ、That Others May Liveのこと? 他を生かすために……。確かに、そうかもね」

 雪也の所属する航空救難団のモットーは、「他を生かすために」とか「かけがえのない命のために」とか言われている。

 他人を生かすために生きるという姿勢は、縄文時代の巫女に課せられたものでもあった。エナが日々、神や精霊に祈りを捧げ、子供の頃から巫女としての厳しい訓練に耐えてきた事実を考えれば、飛瑛が何気なく口にしたことも、あながち間違いではない。

「誰かが助かったり、新しい命が生まれたり、食糧がたくさん手に入ったりした時、きっと巫女は……エナは嬉しかったはずだよな」

 雪也は初めてそういう結論に達した。思い起こせば、エナはよく笑っていたではないか。自分の祈りが精霊を目覚めさせ、力を発揮できた時、エナは大いなる満足と自信を得て、雪也に微笑んでいた。

 それに、沢霧の巫女は孤独ではなかった。

 村長と勇士の妻となるのが定めであるのも、巫女の側に深い絆で結ばれた誰かが常にいて支えるためなのだ。しかも、実は巫女がその二人以外の男を夫に持ってはいけないという決まりもなかった。

 誰を愛し、共に生きていくか、それを決める最大の自由は沢霧の巫女の心に委ねられていたのだ。

「……結局、エナちゃんはお前を選んでくれたんだろ?」

 一人、縄文時代を懐古していると、飛瑛がにやにやしながら言う。

「うん。まさかの展開」

 任務中に白い光を見つけていなければ、絶対にエナと出会うことはなかった。だが、逆に言えば、雪也がエナと結ばれるのは運命だったのだろう。きっと、エナの精霊が数千年の時を超えて、エナに相応しい勇士を連れてきたのだ。

 しかし、精霊はあっけなく二人の時間を割いてしまった。やはり時代の違う生身の人間同士が、愛し合うことは許されなかったということか。


 司令部の前の道の桜も、見頃を迎えた。

 今日は日曜日だが、雪也は救難要請のためにアラート待機をしていた。領空侵犯に備える戦闘機パイロットと同じように、雪也たち救難隊員も二十四時間、救難要請がいつあっても対応できるように備えている。

 今日の気象状況の資料に目を通していた雪也は、顔を上げて窓の外を見た。昼間は快晴だったが、今は薄曇りになり、風に乗った桜の花びらが流れ去っていく。

 あの桜の中にも精霊がいるのかな、などと考えていると、待機室にアラート音が響いた。

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