第10話 拝啓ご両親、時節のイベントとか糞食らえって気がしてきました

 「メン・イン・ブラックのコスプレですか? 格好良いですね!! 一緒に写真撮ってもらっていいですか!?」


 「違うわよ、きっと何かのエージェントよ! ほら、イヤホンつけてるし!!」


 「違います。後、これはイヤホンじゃなくてインカムです」


 今日何度目になるか分からない台詞を吐き出して、僕は懐から手帳を取り出しました。


 「国際公衆衛生維持局の執行官です。警備活動中ですので」


 「あっ、マジモンだった……すみませんでした」


 妙にテンションの高い派手な仮装をした――コスプレ、というほうが近そうですが――三人のお嬢様方が、スマホを仕舞って頭を下げながら人混みに消えていきました。多分、魔女、化け猫、雪女の組み合わせだとは思うのですが、なんで揃ってああも丈が短いのでしょうか。


 ここは大阪ミナミは道頓堀。かつては阪神優勝時の飛び込みなんぞで有名だった、あの川にかけられた大きな橋の付近。そこは時節に合わせたイベントの会場として、盛大すぎるほどに盛り立てられていました。


 そう、ハロウィンです。日本の悪しき商業主義文化と、とりあえず目出度くて騒げたら何でもええやろ的な国民性によって、訳の分からない方向にカッ跳んだイベントの中心部でございます。


 『流石だな、イケメン』


 片耳にねじ込んだインカムから聞き慣れた班長の声が響きました。僅かにですが滑舌が乱れているので、恐らく煙草でも咥えているのでしょう。懲りない人ですよね。


 「……班長、無線での私語は怒られますよ。というか、見えてるんですか?」


 『今どこに居るかおせーてやろうか堅物。なんと地上30階の高みだよ』


 見上げてみると、背の高い建物なんて割と幾らでもあるせいで、どこにいらっしゃるかまでは流石に分かりませんでした。狙撃銃も無いのに高いところに昇って何してるんでしょうか。


 『ま、こんなイベントの警備なんてやってられんとは思うが、何があるか分からんし……調子こいたアホは何処にでも居るから気張れよ』


 「ええ……今のところ見てないですけどね、ゾンビの仮装」


 僕らWPSは治安維持組織の側面もありますが、レゾンテートルは“再起性死体”の対処と予防です。広報部は小学校とかで「挙動のおかしい人に近づかないようにしましょう」とか講習もしてますし、庶務課では独居老人宅に電話したりしていたりと色々な仕事があるんです。


 それは執行官も同じで、年がら年中再起死体と取っ組み合いしたりご遺体に針をブッ刺したりしている訳ではなく、色々な仕事を担わないといけないんですよね。そしてこれは、WPS黎明期から西洋では行われていた定例行事……ハロウィン監視です。


 さて、ハロウィンの仮装と言えばなんでしょうか。魔女、シーツの幽霊、悪魔、吸血鬼なんかが思い浮かぶでしょうか。最近の日本ではアニメキャラやゲームキャラのコスプレも平然と混ざっていますが、そういった化け物が本場でのメジャー所。


 ただ、あまりよろしくないことに、そのメジャー所には一応アレが混ざってるんですよ。


 ゾンビが。


 ええ、WPSの執行官として“再起性死体”と“ゾンビ”は明確に区別しなくてはいけません。間違っても職務中にゾンビとか言っちゃった日には、始末書物の不祥事ですからね。たとえ再起性死体が、どれだけロメロゾンビと似た特性を持っていたとしても。


 とはいえ、我々が如何ほどにお題目を唱えた所で、似ているものは似ているのでどーしようもありません。頭を下げた所で再起性死体が「ゾンビとは違います」と看板を掲げてくれる訳でもなし、ましてや一般のイメージなんて「長い」と「言いづらい」で一蹴されてしまうのですから。


 それこそ、世に数居る訳知り顔の自称専門家ですら、お昼のワイドショーでゾンビと呼んで憚らなかったりするくらいですし。


 そんなこんなで、僕らはゾンビの仮装に対して“念のため”の警備をしなければいけないわけです。何に対しての念のためかといえば、そこらで発生した変死体が仮装に紛れて大事件にならないようにするためですね。


 ……ええ、んな訳あらへんやろ、という突っ込みは分かります。でも、可能性があるなら立っとかなきゃいけないんです。通報があったらどんな阿呆臭い内容でも救急や警察が駆けつけなければならないのと同じで。


 実際、懸念された内容のニアパンデミック案件が発生した、とかいうこともありませんしね。ただ、昔の映画であったんですよ、ゾンビがハロウィンパーティーに紛れ込んで、仮装のせいで気付かれずに蔓延して人類全滅したのが。


 それの影響か何か知りませんが、未だに仮装パーティーに紛れてパンデミックの引き金になったらと懸念して、僕らが派遣されたりするんですよね。


 ですが、ぶっちゃけあり得ないだろと、死体にも再起死体にも触り慣れた僕からすると鼻で嗤ってしまう話です。僕だけでは無く、全ての死体に関わる人種が鼻で嗤うでしょう。


 だってあれ、凄い臭いですし。


 人の肉と血、あと臓物が腐る臭いというのは凄まじいのです。この10月末とか嘘だろお前と苦情を入れたくなる気温の昨今、足の速さに定評のある人肉の腐敗速度は凄まじい物があります。あんな二ブロック離れた所からでも分かりそうな臭いさせてて気付かない訳がないでしょう。


 何より死体特有の沢山湧いたよく分からない甲虫とか――検視科に怒られそうな発言ですが――大量の蛆は、仮装や特殊メイクで再現しきれるものではありません。ハリウッドばりの力の入れようならまだしも、こんな民間レベルでは……。


 「うわぁぁぁぁ!?」


 『おっ、今年初だな……六時方向30mだビギナー』


 しかし、何処にでもびびりで早とちりする人はいるものです。そして、こんなご時世だからと回りが自制している中、面白そうと言う単純な行動原理で馬鹿をやるヤツも。僕らがご丁寧に通り一つ一つに一個斑配備されている理由は、こっちの方がメインなのかもしれませんね。


 「ゾンビだ!? ゾンビが出た!?」


 「やれ! 誰か殺せ!!」


 「えっ!? 嘘だろ!? 何処だ!?」


 班長からの指示通りの方を向いてみれば、人だかりの中で乱痴気騒ぎとは別種の喧噪が産まれていました。そう、ゾンビの仮装に驚いた誰かが騒ぎ出し、それが周囲に波及しようとしているのです。


 僕らの今日の仕事は、このケースに備えてのものでもありました。


 「はーい! WPSです! とおして!! 絶対に自分で対処しようとしないでください!!」


 怒鳴り散らしながら人混みをかき分け、手帳を翳します。人より背が高いと、こういう時に目立てて便利です。ええ、女物が中々手に入らなくて忌々しいばかりの上背ですが、何も重荷にしかならないわけじゃないのですよ。


 そんな人より高い視界には、掴みかかられて困惑するチープなゾンビに仮装した男性の姿がありました。調子に乗るのは結構ですけど、TPOを弁えてもらいたいものですよね。これに騙される方も騙される方ですけど、実際アメリカだとパンデミックが起こったと誤認した近隣住民が発狂し、30人から射殺された事件だってあるんですから。


 『あー、ビギナー、そっち片付けたら二時の方向15m先に向かえ。後輩がゾンビを四匹とっ捕まえてる。アイツがキレてグリップで顎砕き出す前に、チビ相手だと思って調子こいてるパリピをなんとかしてやれ』


 ゾンビの仮装をした一般人に組み付こうとしているフランケンシュタインを強引に引っ剥がしていると、そんな無線が飛んできました。今更ではありますが、その上で監視する役は班長じゃなくて先輩の方がよかったんじゃないですかね? あの人、喪服着ててもワンチャン中学生くらいに誤認されかねないんですから。


 「いでででで!? 離せ!! 離せよ!?」


 「はいはい、暴れない暴れない、参加規約見ましたか? ゾンビの仮装するなら看板なり何なり担いでねってあるでしょ」


 パニックを起こしてジタバタ暴れるフランケンシュタインの手首を決めて、膝の裏を蹴り飛ばし強引に跪かせます。対再起性死体格闘術も構造的に人間へ応用できるので、結構便利ですよね。それと、これ以上騒ぐとマジで暴行と公務執行妨害でしょっぴきますよ。


 「ぎぁっ!?」


 『あー……ありゃ痛い。冗談でも噛む真似とかするからー……』


 向こうの人混みで結構ガチな悲鳴が聞こえてきました。あーあ、こりゃ先輩キレてますね、割と本気で。あの人、小柄だけど躊躇とかいう概念が頭に無いから、徒手格闘めちゃくちゃ強いんですよねぇ……公妨でしょっ引かれる馬鹿が何人でるんでしょうか。


 『急げよビギナー、加減はしてるだろうが連帯責任で呼び出されたくないだろ』


 「あーもー……こんなイベント、日本でやるべきじゃないんですよ」


 大きくため息を零しながら、僕はフランケンシュタインを解放してやってからゾンビ君に「私は仮装です」と書かれた、前もって用意した用紙を押しつけました…………。

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如何にも映画の序盤で全滅しそうな組織に就職しましたが、僕は元気です @Schuld3157

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