第2話
▽
山の中ともなれば、宵の早い内から闇に包まれる。しかし森の奥に在って尚、その村は夜の帳を引き裂いて騒がしかった。
「ガッハッハ! いやァ、兄ちゃんのお陰で助かったぜ! まさか、兄ちゃんがギルドの傭兵だったとはな! なあ、皆!」
『おう!』と、祝宴に同席した男衆が酒臭い同意を重ねる。
「悪かったな、チビで」
酒場のカウンターに坐ってジョッキを傾け、エッタは言に棘を含ませた。
「おう、何だ。背低いの気にしてんのか? ガッハッハ! 強いだけじゃなく、カワイイとこもあんだな!」
男衆の筆頭――アルノーは大きな掌を開き、比べて小さなエッタの背中をバシバシ叩いた。
「ッ痛! 痛い痛い! 2メートルを超えるバケモノが本気で叩くんじゃねえ!」
「ガッハッハ! おい、兄ちゃんに酌だ酌!」
アルノーはエッタの言葉を気に留める様子もなく、給仕の娘を手招いた。
「おれの娘だ」
「カミラと申します」
スカートの裾を両手で持ち上げ、律儀に頭を下げる少女。
「へぇ、娘」
ふんわりと全身を覆う森色の意匠。しかしカミラの溢れる色香が、野暮にも見える衣装を艶めかしく彩っていた。
「何っつーか、デケぇな」
「ガッハッハ! 自慢の娘だ! まだ14に成ったばかりなんだが、自分から此処で働くって聞かねえんだ」
「へぇ、14……。……――14ッ? この躰で?」
主に胸を見てエッタは言う。
「おう。幾ら兄ちゃんでも、手ェ出したら許さねえからな」
「うんまあ、美人なんだが……。自分より躰のデケぇ女は、抱き辛ェからな」
「ガッハッハ! そりゃ辛ェ悩みだ! おい、カミラ。酌だ酌」
「はい。――どうぞ、エッタ様」
「ああ、ありがとな」
2メートル超の村人達が愛用する酒坏一杯の雑酒を、エッタは一口で飲み干した。
「ヒュー。イイ飲みっぷりだなあ。惚れ惚れするぜ」
「野郎に惚れられちゃあ堪らんが、あんま酔わない体質でね」
「ほぉー。ちゃんと中身は大人ってワケだ」
「おい、今見た目は〝ガキ〟っつったか?」
「さあさあ今夜は目出度ぇ宴だ! 漸く鬼憑きの脅威が去った日だ! カミラもドンドン酌しろよ! ガンガン飲もう!」
「はい」
「おい! 無視すんな! ……ッたく」
暫く不貞腐れていたエッタは、それでも目に麗しいカミラの酌を受けて機嫌の直らない男ではなかった。
気分を持ち直したところで、再びアルノーに顔を向ける。
「なあ、アルノー。ちょっと訊きたいことがあるんだが」
「んあ? 何だ何だ改まって。おれとお前の仲じゃねえか! 何でも訊いてくれよォ!」
「……お前、酔い過ぎじゃねえか?」
「ごめんなさい。お父さん、見た目に反してお酒に弱くて……」
「おれは弱かねえ! 酒が強えんだ!」
「お前がそれでいいなら、それでいいよ……。――で、訊きたいことなんだが。最近、2・3ヶ月の間で変わったことはなかったか?」
「変わったことォ? それを言うなら、正に〝鬼憑き〟よ。ここ数年見なかった癖に、急に出てきやがった」
「その原因に心当たりは?」
「……んー……。……ねえなァ」
「カミラは?」
「ごめんなさい。私も特に」
「そっか」
「……あ、でも」
「ん? でも、何だ?」
「いえ、その。魔女の村と関係あるのかなぁって。ちょっと話題になってて」
「〝魔女の村〟って、何だ?」
〝鬼憑き〟とは、地下深くから文字通り湧き出る〝鬼〟がヒトや動物に憑りついた姿を称して呼ぶ言葉。
しかし〝魔女の村〟という言葉は、エッタには聞き慣れない単語だった。
「あァー、そういや言ってたな。兄ちゃんは〝魔女〟って知ってっか?」
「知らない」
「まァ、まだ若いしなあ」
「おい、誰が〝チビガキ〟だ」
「魔女ってのは、生贄の事だよ」
「……イケニエ?」
「ああ。昔――と言っても、地下都市が出来る前の話な。その頃はダンジョンを造って鬼を退治してたんだ」
「ほォー。興味深い」
「何だ、マジで知らねえのか? 地下都市が完成したのだって最近だろうが」
「20年30年を最近とは言わねえよ。まァ、オレ達はある意味箱入りだったからなぁ」
「そっちの話も興味あるが、こんな森の中だ。外界の20年30年は最近の話題に入るのさ。――で、話の続きだが」
アルノーが言う〝ダンジョン〟とは、狩場の事らしい。地下に長い一本道を掘り〝鬼〟を誘き寄せて順番に斃す。
その為の餌が〝魔女〟で、その名の通り女が用いられた。
「何で女限定なんだ?」
「そりゃお前ぇ、男と女なら女の方が楽に倒せるだろうが。大体は憑りつかれて鬼憑きに成っちまうからな」
「ああ、なるほど」
「同じ理由で、子どもも使われた。最も多かったのが、女の子だな」
「あんま酒の旨い話じゃないな」
「それは同感だ。娘がいる身としては、地下都市の連中にゃあ感謝してるよ」
「確かにな。カミラは味も分からねェ鬼連中にゃ勿体無ぇ」
「ほほう? おれの前で良い度胸だ兄ちゃん」
「一々突っかかるな。んで、続きは?」
「ああ。……どこまで話したんだっけか」
「おい酔っ払い」
「あはは……。じゃあ、続きは私が」
立ったまま話を聞いていたカミラに隣の席を勧め、エッタは彼女に向き直った。
「そもそも、お父さんの〝魔女〟って認識もちょっとだけ違ってて」
「え? マジで?」
「おい、それはオレの台詞だ」
「鬼に憑りつかれても意識を保ったヒトを指して〝魔女〟と呼ぶらしいです」
「――で、そもそも生贄が女ばっかりだから〝魔女〟として定着したって話か」
「そうです。それで、その魔女が集まった村が各地に在るらしく――この近くにも、その村があるって昔から云われてるんです」
「それが今回の鬼憑き騒動と関係ある、と?」
「分かりません。でも、何かしら関係あるんじゃないかって噂になってて」
「ほォー。んで、その〝魔女の村〟ってドコに在るか分かるか?」
「えっと、村の東らしいんですけど。……え、まさかエッタ様――」
「勿論、往くさ。――おい、キルケ!」
小母ちゃん連中に囲まれた黒翼の娘へ声を投げれば、その中から「ふぁいっ」と口一杯に菓子を詰めた返事が聞こえた。
「準備しとけよ。出発は明朝だ」
Re:ApolloProgram -月の裏側から見た世界- 五味はじめ @way7to8
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