終章 未知への再出発

 やはり街を出て正解だった。

 森の中の村で一人、ディアリエンはそう思う。


 顔馴染みの傭兵のフィルと共に、妙な旅に出ることになったのだが、初めは不安があった。誰が見ても無謀な旅路であるし、その旅に同行したところで自分が欲しい情報が手に入るかなんて分からない。


 しかしその不安は旅に出てすぐに払拭されることになる。

 山人の国――ミズールバラズにはたどり着かないものの、道中立ち寄った村ではなものをたくさん見た。


 異色の魔力を持つ村人、狼の魔物、そして極めつけは古の時代の魔法使い――あのピーテル・ケイサーという謎の人物だ。

 魔物との戦いに巻き込まれ――もとい自ら飛び込んだのだが、思いもよらぬ収穫があった。


 全くふざけた男だったがその存在は信じられないような、何とも形容し難いものだった。少なくとも、遺跡の地下にあった魔法陣や彼が使っている魔法が本物・・であることは肌で感じている。疑う余地がない。

 情報を小出しにするピートが何故かカトレアに魔法とその知識を与えたのは全く予想外であり、どうせくれるなら自分にだろうと思っていたので取り乱してしまったが、収穫は収穫だ。

 後々カトレアにお願いして魔法を使ってもらったが、彼女は風を操って・・・旋風のようなものを作り出し、落ち葉をくるくると動かしてみせた。

 ピートが何か細工をしたのか、カトレア自身にもその力が何であるかはよく分かっていないようだったが、仕方がない。経過観察をさせてもらうことにした。


 ピートとの会話の中でも意図的に真意を隠そうとする彼の言葉は掴みどころのないものが多かったが、その中でも自分の考えの信憑性を増すようなことも多かった。


 まずはアルセイダ。

 フィルへの回答ではその存在を自ら明かそうとしなかったピートだが、魔剣という概念を作り出したアルセイダ国、そこにはやはり何か魔法時代の未知のものが存在すると断言していいだろう。ピートが言葉を濁すことが、逆にその存在の証明になっている。


 そして二つ目が魔物について。

 ガルハッド本国にいる時も、魔物には特異な固体がいることは知っているが、今回の戦いでもそれを見ることができた。というか、下手したら死んでいた。圧倒的な力だ。

 ピート自身、魔物の親玉――メグレズと呼んだそれを知っているようだったし、やはり間違いなく魔法時代の何かしらの存在だろう。この村で見た狼、あれも広義的に見たらやはり魔物と分類するものだろう。あれらはこの村の人間と関わりがあるように言っていたし、魔物の存在に新たな疑問が生まれた。しかし謎が増えた訳ではない。これはヒントとなる情報だろう。


 この旅に出るときも言ったが、山人の国がどうなってるかも気になる。

 リコンドールでも世話になった店主――ヴォーリなどの山人は、森人もりびとと同様に魔力の扱いに長けた存在だ。山人達の祖国であるミズールバラズに行けばまた何か新たな発見があるかも知れない。ヴォーリもそうだったが、しぶとい山人達だ。よもや、魔物に滅ぼされているなんてこともないだろう。


「ディア、何してるの?」


 仲間達から外れて一人、この旅で得た情報を手帳に書いて整理していたところで、声がかかる。トニだ。

 フィルやゴーシェのような経験のある傭兵でもない、自分のように魔力の扱いに長けている訳でもないのに、魔物との戦いの前線に自ら飛び込んでいく、少々ぶっ飛んだところのあるだが、今となっては大事な仲間だ。


「ちょっと日記・・を書いてただけよ」

「ディア、日記とか書くんだ。見せて見せて!」

「あらトニ、あなた字読めるの?」

「馬鹿にして! 読めるよ! 簡単な字なら……」


 仲間達が寝泊まりしている宿を出て、一人外で手記をつづっていた所に声をかけられた。説明も面倒なのではぐらかすと、トニは不満そうに返してくる。

 男の子のような言葉遣いだが可愛い子だ。フィル達はこんな子をと思っていたと言うのだから、本当に傭兵ってものはどうしようもない。


「それより、フィルが呼んでるよ。次の予定を決めよう、って」


 フィルと招集は、いつミズールバラズに旅立つかを話すためだろう。

 自分も怪我の完治には程遠いし、ゴーシェなどまだベッドで寝ているが、彼はもう先を見ているのだろう。全く人使いは荒いけど、頼りになるリーダーだ。


 トニはそれだけを言うとさっさと戻っていってしまった。脇に置いていた戦槌を持ち、その後を追う。


 ガルハッドから出てすぐにこの有様だが、まだ先も長い。きっとこの先も危険は一杯あるだろう。


 ――だが。


 ディアリエンは戦槌を握りしめ、思う。

 向かう先には危険も多いが、自分の知りたい事が必ずあると根拠のない確信がある。その鍵となるのが、フィルという傭兵であることも。


 危険など、この戦槌と魔法で叩き潰してやればいい。

 その先にあるはずの大いなる知識しか視界には入っていない。


 両手で持ち直した戦槌を大きく二度振り回し、少しだけ芽生えた不安を振り払う。


 ――そう、これからだ。


 ディアリエンはまだ見ぬ未知へと思いを馳せ、フィルや仲間達の待つ宿へと向かうのだった。

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グラディウス(刀剣)から。 伊藤マサユキ @masayuki110

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