epiosode04 :交わりあう/運命

 ボスに連れられて、先程の場所から少し離れた場所まで来ると、開けた山道に出た。

 もう黄昏時、山岳の水平線に日が沈むころ、その中心に立ち、一人煙草を吹かす影。

 それはこちらに気が付いた様子で、煙草を持った左手を軽く挙げ、こちらに気付いたサインを送り、そのままゆっくりとお互いに歩み寄る。


「ずいぶんとまた派手にやらかしたもんだなァ、シエラ? こっちまで馬鹿でかい音が聞こえてきたぞ」


「まだまだレジスタンスの域を出ない私たちがどんなにやらかしても、連邦軍だってめんどくさがって追撃しようなんておもわんだろうさ。何せあっちから見れば私たちだってゴミにたかる虫とかわりゃしない」


 ボスのことをシエラと呼んだその男は、口の周りのひげと、思わず息を飲むほどの鋭い眼光が特徴的な男だった。40代後半から50前半ってところかな?ひげと顔のしわで老けて見えるが、実際はもう少し若いかも知れない。体つきは確かにがっしりして頼り甲斐のありそうな雰囲気。いかにも歴戦の勇士って言葉が似合いそうな風格をしている。

 黒のタンクトップと森林迷彩を施されたボトムス。

 ボスの白いビジネスマンのような服装と並んで話す姿を見ると、どうしようもない非現実感を感じてしまう。

 彼もまた俺に気付いた様子で、俺のほうに視線を飛ばす。

 そのあまりにも鋭い眼光は傷だらけのナイフを喉元に突き付けられたような感覚を覚える。


「……そいつは?」


「新しい家族だ、名はシンジ、まあ、あまり壊れん程度に仲良くしてやってくれ」


「ほぅ……?」


 彼は俺の目の前まで歩くと、まじまじと俺を観察しはじめた。


「な、何なのさ……」


 かと思ったら、今度は空に響くような大声で笑い出したではないか。


「そうか!そうか!こんな生意気そうなガキがなァ!ガッハッハッハッ!」


 俺の背中をバシバシ叩く彼は力加減というものを知らないらしく、相当強い力で叩きつけられる。

 すげぇ痛ってぇ……


「ちょ……痛い!痛いって!おっさん!」


 男は反省なんてどこ吹く風、相変わらずの能天気な笑顔を崩さない。


「おお、すまんすまん、どう考えてもただ吠えるだけの子犬にしか見えなかったものでな!年甲斐もなく笑ってしまったわ」


「誰が子犬だ!誰が!俺はこれでももう18だ!」


 男の視線が俺の後ろに隠れるティナの右腕へと移る。

 先程の笑顔が嘘のようにかき消え、あたりに数瞬の沈黙が訪れる。


「ティナお前……その腕……」


「ううん、私のことはいいの、私は平気……大丈夫、骨折くらいならシェリーねえに診てもらえば一発だよ」


 心配させまいと無理矢理笑顔をつくるティナ。

 だが、その笑顔は歓喜から作られたものではなく、ひび割れたガラスのように悲愴な笑みだった。


「それもそうだが、あんまり気負いすぎるなよ? 戦場で人が死ぬのはある種、当たり前のことなんだからな。お前だって初の任務だったんだろ? 戦場で真っ先に死ぬのはいつも新兵だ。それを考えればお前は生き残れただけで上出来だよ」


 彼もそれを見抜いていたようで、体より精神面のフォローを優先して行う。

 彼女の笑顔ははそれほどまでに儚げだった。


「うん……そうだよね!隊長たちが命を懸けて私の命をつないでくれたのに、当の私がこんなんじゃだめだよね!いつまでも悲しんでいられないよ!連邦軍を倒して、平和を取り戻すんだ!」


「ああ、それくらいでいい、お前くらいの年なんて悩まなくって正解なんだよ!」


 笑顔を取り戻したティナの頭をおもむろにわしわしと撫でる男の表情はまるで娘を愛でるように嬉しそうで。

 でも、連邦軍と戦うであろう彼もいて。

 先程の戦闘を経験した俺はこんな場所でこんなに素直な笑顔を見せることができる彼を羨ましいと思った。

 俺もいつかは元の世界に戻って弘人を……。


「話は終わったか? 長居は無用だ、そろそろ出るぞ、デイブ!シンジ!手伝え」


 声をあげたボスの目の前には、大きな緑色のカバーがかけられている何かがあった。

 上手く偽装されており、近づかなければそこに大きな物体があることにすら気付かないだろう。

 俺が右端、デイブが左端を持ち、一斉にカバーを引き上げる。


「「せーのっ!」」


 カバーの下に眠っていたそれは小型のトレーラーだった。

 これにはさすがに驚きを隠せない。

 こういうモンスターのいる世界ってのはてっきり馬車とか鱗のついた大きなトカゲみたいなのが闊歩してると思ったんだけどなぁ。

 そんな俺の驚きをよそにさっさと運転席に乗り込むデイブ。


「おい、どうした?さっさと荷台に乗れよ」


「あ、ああ……」


 荷台を覗くと、中には、複数のガンロッドが立てかけられたスタンドが最奥両端に設置されており、手前には何かアブナイ装備やら何やらが入っているであろう大きな武器クレートが二つ、これまた両端に置かれていた。

 ボスとティナと俺の三人は、武器クレートを椅子代わりに座り、トレーラーの出発を待つ。


「全員乗ったな?そんじゃ、アジトまでしばしの間、快適な軍用トレーラーでの旅をお届けいたします」


 トレーラーは音もなく起動し、俺のいた世界では考えらえないくらいの大人しさで走る。

 本当にエンジンがついているのか疑わしいくらいだ。

 デイブのジョークもそこそこに聞き流し、瞼に一tの重りがぶら下がっているんじゃないかと思うくらいに瞼が重くなる。

 今までの疲れがトレーラーに乗って緊張から解き放たれたたために一気に出てきたのだろう。

 俺は瞼を閉じ、心地よい睡眠へといざなってくる誘惑に身を預ける。




「シンジ、起きなさい」


 この世界に迷い込んで初めてのモーニングコールはティナだった。

 快眠をむさぼっていた俺は、彼女の急襲に眠気眼でにらみつけることで答える。


「お前にアラームのデリバリーを頼んだ覚えはないんだけどな」


「それくらい憎まれ口叩けるんなら上出来ね、着いたよ、降りましょう」


 軽口をスルーされ、少しへこむ。

 荷台から降りると、そこには、小さな教会が建てられていた。

 新しくもなく、かといって古くもない。

 よく言って無難な、悪く言って特徴のないありふれた教会。

 ここに何かあるとは思えないが……

 ボスに先導され、教会の中に入る。

 何の変哲もない、ステンドグラスが月光に晒され、神に祝福されたかのような優しいきらめきが降り注ぐ。


「教会だってのにシスターの一人もいないのか?」


「元はオルタル教の教会だったらしいんだけど、こんなへんぴなところにあるせいか、信者がどんどん減っていってね、今じゃ、私たちの根城になってるってわけ」


「そのオルタル教ってのはどんな宗教なんだ?」


「なんでも、私たちが生まれるもっともっと前、古代の大戦争があったらしいわ、その戦火は海を割り、大地は裂け、空は暗雲が立ち込める、地獄絵図そのものだった。だけど、ある時、遠い空の彼方から、大いなる光が降り注いだの。それは悪しき者たちを消し去り、このアトランティスに平和をもたらした」


「へぇ……」


「その光を神の審判と考えた人たちは再来する災厄を払いのけるために、神と交信するための巫女を用意し、崇め奉ったと。まあ、こんなところかしらね」


 先導していたボスがオルタル教のシンボルと思われる大きなモニュメントの前で止まる。

 モニュメントの大きさは二メートルほどで、雪の結晶をかたどったような銀の中に、それなりの値が張りそうな透明な宝石が埋め込まれている。

 彼女がモニュメントの右側においてあるキャンドルを下に押し込むと、突如としてモニュメントが置かれている台ごと、奥に引き込まれていくではないか。

 先程までモニュメントが設置されていた場所には、仄暗い隠し階段がまるで冥界への入口かのごとく口を開いた。


「行くぞ」


 ボスを先頭に一列となり、ゆっくりと古い石造りの階段を1歩1歩進んで行く。

 辺りは小さな電球が備え付けられており、ほんのりと足元の暗黒を照らしてくれる。

 あれから階段を歩き続けると大きな空洞に出た。

 目の前の空間にはいかにもって感じの筋肉質な人間ばかりで、思わずドキリとしてしまう。

 そんな軍のベースキャンプみたいな光景の中に明らかに浮いたたれ目の美人が1人。


「あらっ! ボス! ティナ! デイブさん! おかえりなさい、ご飯出来てるわよ~」


「ああ、悪いな、シェリー、私が席を外した間に何も無かったか?」


「うん! いつも通り、大さじ2杯分の敗北に小さじ1杯の勝利!」


「シェリー! 今日の飯は何だ!?」


「フフッ……デイブさんの大好きなバレルローのお肉がたっぷり入ったシチューよ~」


「よっしゃぁ! 今日もシェリーの飯で疲れをおっぱらえるぜ!」


 おっとりとした雰囲気を漂わせる長身の彼女は栗色の髪を後ろにまとめており、中世ヨーロッパの市民のような素朴な服装をしている。

 話を聞く限りここのシェフか何かなのだろうか?

 にしてもプロポーションが抜群にいい。

 ボスもそれなりにあるが、間違いなくボス以上のダイナマイトボディだ。

 ティナは……まあ、これからだよな。


「シェリー姉!!」


 腕が骨折していることも厭わずに、ティナが彼女に向かって走り出す。


「あらあら~、どうしたの? ティナ、あなた腕、怪我してるのね? 今すぐ治すからこっちにいらっしゃい!」


「うん!」


 まるで姉妹の会話をみているようだ。

 もしかしてシェリーはティナの姉なのだろうか?


「あら、あなた、見慣れない顔ね? あなたの話も聞きたいからあなたもよかったらいらっしゃい?」


「ああ、でもいいのか?親子水入らずって状況に邪魔するような真似して」


「いいのよ~わたしもあなたに興味あるもの~」


 つかみどころのない人だな。


 俺たち三人は先程のテーブルが置いてあるスペースから離れ、右側の通路を行き、その突き当りに、簡易ベッドが一つと、大きな薬品棚が印象的なスペースに出た。

 恐らく医務室か何かだろう。


「ティナはベッドに横になって、待っててね」


 シェリーは机に置かれていた白い機械的なグローブをはめると、手の甲に備え付けられたモニターを操作する。

 ティナはゆっくりとベッドの上に横たわると、じっとシェリーの準備が終わるのを待つ。


「お前はシェリーの前になると急に素直になるよな」


「うるさいわね、あなただってシェリー姉を変な目で見てないでしょうね」


「そんな訳……」


 あるに決まっている。

 だが、そんなことを言ったらこいつに殺されるからな。

 ないと答える以外選択肢はない。


「ないにきまってるだろ?」


「どうだか……」


「おまたせ~、準備できたわよ」


 シェリーがベットの横に設置されていた椅子に座り、ティナの首に巻かれている俺のパーカーをほどいて患部を露出させる。

 相も変わらず、彼女の腕は痛々しい紫色に染まっている。


「少し痛いわよ」


 シェリーは患部を両手で優しく覆い、そっと目を閉じる。

 その表情はさっきまでのおっとりした雰囲気から打って変わり、真剣な表情そのものだった。


「ヒールプログラム起動、魔力パスオンライン」


 グローブに張り巡らされた灰色のラインに緑色の光が流れ出す。

 ティナのヴォーサーとか言うのにも同じ部位があったよな? システム的には変わらないのか?


「対象の椀部体組織にアクセス、骨折してる部位は……ここね、骨組織をピックアップして……」


 彼女が一言つぶやく度に、みるみると骨折が治っていく。

 治療は三分程で終了した。


「ふう、終わり! 動かしてみて」


 いままで折れていた腕は元の肌の白さを取り戻し、腫れも完全に引いている。

 今まで折れていたなんて思えないほどだ。


「うん、問題ないよ! さっすがシェリー姉!」


「よかった~もう無理しちゃだめよ」


 シェリーがそっと胸をなでおろした。

 彼女なりに内心心配だったのだろう。

 それはいいとして……

 ティナが俺の方をじっと見つめて視線を放さない。

 ……とても嫌な予感がする。


「さあ、私が治ったんだからあなたもブラックナイトに入ったんなら訓練よ!後で倉庫に集合ね!あんまり遅いとほんとにハチの巣にするんだからね!」


 そう言い放って赤髪の元気娘は台風のごとく去っていった。

「ふふっ、ごめんなさいね、あの子も口には出さないけれど感謝しているはずよ、なにせ、あの子があんなにうれしそうな顔を見たのは初めてだもの、同い年の人間がいなかったものだからあの子もどういう風に接すればいいのかわからないだけだと思うわ」


「いや、俺は何も……」


「あの子を助けてくれたんでしょ?」


 俺はまだ何も言っていないのに……

 おっとりした中にも鋭い観察眼を秘めているようだ。


「……どうして」


「だって第二偵察隊の他のメンバーが戻らなかった時点でほぼ確定だわ、ボスたちは回収が主な目的だったからそこまで遠くの土地までは行ってないと思うし~そこまで戦闘経験の少ないティナが敵地で生存している可能性は低いわ、腕も折れるような強引な危機回避方法を使った後なら、なおさら「協力者」が必要になってくるわよね~?」


「正解だよ、あんた鋭いんだな」


「そんなことないわ、この衛生兵メディックをやってる職業柄、自然に身についていった技術よ~、色んな支部をお手伝いしてたくさんの人に触れるたびに、この人はこんな考え方をして、何を楽しいと感じるのか? 何が一番悲しいのかという話を聞くたびにその人の成り立ちをその人と一緒にもう一度追いかけてみるの、そうすることで相手のことを理解して、その人が一番もらってうれしいことをしてあげることができるのよ~所詮はその技術の延長線上の話~」


「あんたはすごいんだな」

 人を救う仕事というのは救った人間以上の救えなかった人間たちの姿を見ることによって成立する。

 それを乗り越えてこの笑顔を絶やすことのない人間像を保てるなんて。

 シェリーの隠し持った尋常ではない精神力がなくては耐えられない。


「さあ、早くティナを追いかけておやりなさ~い」


「ああ、悪い、邪魔したな」





「あなたは最低限のないよりはマシ程度の戦闘力は備えてもらわないとね……ほらっ。」


「おっと……」


 見覚えのある黒金のフォルムを持った本体に特徴的な長い柄のついた物体を放り渡される。

 その大きさに対してそれの重量は軽く、機関部でおおよそ60センチメートル程、柄の部分も含めると一メートルと少し程の長さ、だが、全然扱いに苦を感じない。

 羽のような軽さとはこういうことか。


「これ……あの時の」


「そ、連邦軍正式採用型のガンロッド、正式名称BAS-330「ブラックホース」最も標準的なガンロッドよ」


「これでドンパチやれってのか?」


「いま時ロングソード持ってチャンバラやってるほうが珍しいわよ。それこそ、30年前くらいはそれが当然だったみたいだけど、今はガンロッドが主流になって戦略も近接戦闘前提の作戦から遠距離戦主体の作戦にシフトした。そんな中でキャリバーでもなけりゃそんな人間、自殺行為もいいとこよ」


 俺たちは倉庫から移動し、海外の実弾射撃場でよく見るような人型の的が並ぶ場所についた。


「いい?扱い方を説明するからよく聞きなさい」


 ティナは先程取り出したガンロッドを脇に挟み右手でグリップを握り、左手を機関部の下に添える。


「まず、エイミングシステムを起動させる」


 ティナが機関部の上部に頬を添えると、彼女の目の前にゲームで見るような二次元的な立体映像に小さなスコープが浮かび上がる。


「次に魔力量の残量を確認して、左手でセイフティーボタンを押してセイフティーロックを解除する」


 機関部の灰色のラインに緑色の淡い光が満たされていく。


「あとは狙いを付けてトリガーを……引くッ!」


 ティナがトリガーを引くと爆発音とともに一瞬のうちに打ち出された魔弾が人型であったはずのそれを原型をとどめていないほどに木っ端微塵に吹き飛ばした。


「すげー……」


「なに他人事みたいに感心してんのよ、あなたに教えてるんだからね!」


 俺が説明を本当に聞く気があるのか疑わしいのか、ティナは呆れ顔に少しの怒りを込めたような声で諭す。

 ちゃんと聞いてるってば。

 手渡されたガンロッドを先程のティナと同じ構えをとり、指示通りに手順を追う。


「えっと……エイミングシステムを起動っと」


 おもむろに機関部に頬を添える、が、起動しない。


「あれ? おいどうした? 起動しろー……出ろ! 召喚! GET UP!」


「? ……おかしいわね、メンテナンスは怠ってないはずなのに……もう一度貸して?」


 ガンロッドを渡すと、また先程の手順で彼女が頬を添えると同時にシステムが起動した。


「なんであなたが扱うと起動すらしないのかしら? 誰がやったとしても魔力の保有量にかかわらず起動するはずなのに……これが噂に聞くコアロストってやつ?でもまさか……」


 彼女は俺を置いてけぼりに問題解決の方法を探り始める。

 どうも彼女には集中しすぎるとほかの物には目がいかなくなる癖があるらしい。


「とにかく、この話は進みそうにないからいったん置いといて、他にできることを探していきましょ、ね?」


 俺は誰でも扱えるという単語に落胆を隠せない。

 正直、ティナのフォローが優しく心に突き刺さる。


「とほほ、情けねぇ~」






 バルディア連邦軍兵員輸送トレーラー「アーレム」にて


 気に入らない。

 私がいらだちを向ける矛先は決まっている。

 奴だ。

 上層部から強く推薦されたクソ忌々しいあいつをポイントC-334前哨基地まで護衛することが今回の俺たちの任務だと?

 冗談じゃない。

 まだ大人にもなりきっていないガキじゃないか!?

 こんな重役のお坊ちゃんを送り届けるためのタクシー運転手になるために私はこんなところにいるんじゃない!

 私が十年血反吐を吐くような努力をしながらプチプチ反乱分子を潰してやっと隊員11人の小隊長にまで上り詰めたんだぞ!

 激しく足を揺すってやり場のない怒りを吐き出す。

 隊員たちも今回の内容に納得がいかないらしく、一様に忌々し気に奴に氷のように冷たい視線を送る。

 しかし、ただ不満をぶちまけることが軍のすることではない。

 冷静になれ、ジョーイ、こんな任務でも任務には変わりはないんだ。

 故意に失敗にすれば重罪、最悪死刑だってあり得るんだ。

 奴は呑気に荷台の後部から見える景色を見ている。

 ケッ……どうせ民衆に人気の正義感の強い青年が戦う消毒済みの英雄譚に憧れてんだろうさ。

 吞気なもんだぜ。

 これからお前が見るのは民衆の拍手とともに迎える華々しいパレードなんかじゃなく、死神が四六時中闊歩する少しでも油断すれば発狂しそうな戦場の悲惨な光景だけなのにな。

「ここらは最近レジスタンスの連邦狩りが多発してる地域ですんで、万が一とは思いますが、一応の武装をお願いします!」

 ドライバーが注意を促すと、俺たちは素早く奥のラックに一番近い人間からガンロッドを受け取り、バケツレースの容量で回し、端までいきわたらせた。


「……ほらよ」


 ただ一人を除いては。


「僕は別に大丈夫です。扱えないんですよ、それ」


「なんだと? ガンロッドを扱えないなど貴様! なめてるのか!?」


 興奮したジョンが奴の胸倉に乱暴につかみかかった!

 あたりに、数瞬の沈黙が訪れる。


「僕はいたって本気です。武器ならすでに持ってますから」


 奴は軍服のポケットから黒い南京錠を取り出して揉めた隊員に見せる。


「ちっ……ふざけやがって」


 本当にこいつの頭はどうにかなっているのか?

 鍵が武器だと?

 正直、こんな異常者を新設部隊の一員に強く推薦するなど、バルディア連邦も終わりが近いとしか思えないな。

 呆れたジョンは手を放し、元々座っていた奴の隣に座った。

 奴は相変わらず座りながら景色を望むだけ。




「……手を汚すのは僕だけで十分だ」


 誰の耳にも届かない覚悟を決めた少年の目は、吐き出す言葉とは裏腹に誰よりも純情だった。

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神なる人と理想郷 N.F.E.R @Plata25ij

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