第6話

朝8時40分

SHRが終わって10分後には1限目の数学の授業が待っている休み時間。

俺は学校に着いてすぐにその違和感に気づいた。

須川与一がいない・・。

「なぁ慎也〜、昨日の数学のノート書いてないんだよね〜写させてよ」

「またかよ、次はちゃんとノート書けよな」

そう言ってカバンから数学のノートを取り出し香山の机に置いた。

「サンキュー!助かるぜ慎也!」

香山は両手を頭の上で合わせさっそくペンを持ち焦りながらノートを写し出した。


10分の休み時間が終わるチャイムが鳴ると同時に1限目の数学の授業が始まった。「始めるぞー席につけよー」

と数学担当の先生がチャイムが鳴っても廊下で喋っている生徒に向かって注意し教室に入る。

「起立、礼」とお決まりの挨拶の挨拶をして授業が始まる。

俺は須川与一の席に目を向けた。

「珍しく休みか」

先生が俺の視線の先にある机を見てそう呟いた。

(珍しく休みか)先生が呟いたこととまったく同じことを思っていた。

この教室で須川が休みだということを珍しく思っている生徒はどれくらいいるのだろうか。俺以外の生徒の目に映る須川与一とは一体何なのか?

  ’無’  まさに須川にふさわしい表現じゃないだろうか。

だがしかし、俺の目に映る須川は’無’ではない。

なんだろう、うまく表現できないがそれはたしかに存在するはずだ。

タイミングが良すぎるんだよな・・

いや、悪いと言うべきか、なぜ今日なんだよ。

なぜ今日休むんだよ。せっかく俺はお前と”友達”になってやろうと思ったのに。

それはお前の学校生活において心配しているお姉さんの為でもお父さんの為でもない・・・。

俺はただ・・。俺はただお前のその”狂気”じみた、その態度が頭から離れないんだ。

「慎也ー・・」

俺ははっとなり隣を見た。

すると右手に俺のノートを持った香山が「ありがと、全部写せたよ」と笑顔でこちらに向いていた。

「おーっす」俺は香山の方を見ずにノートを受け取った。

俺、今どんな顔してんだろうな・・・。




6月21日  —2年4組—   

放課後の夕日が2年4組の教室を赤色に染めている。

赤と橙が混ざったような色のインクをぶちまけたような教室に二人。

「やあ、須川君だよな?」

少し緊張した声で俺は訪ねた。

一番後ろの窓際の席に座ったこいつは黙ったまま。

「俺のことわかるかな?1年の時は同じクラスだったんだけど・・」

返事がない。

「須川君って人見知りなのかい・・?俺も人見知りでさー・・あんまり人と話すのが得意じゃないんだよな」

俺だけが続けて喋っている。あぁ何やってんだ・・。

「そういば、須川君のお父さんが淹れた珈琲美味しいよね、あれを毎日飲める須川君が羨ましいよ」

返事がない。

そろそろ帰りたい、引き返したい。

「話かけないでよ」

俺は動き続けていた口を止めて須川の方を見る。

「え・・?」

「だから、話しかけないでよ。この———!!」

心臓が止まりそうな、いや一瞬止まったのかと思うくらいドキッと胸が跳ねた。

「なんで・・それを」

上手く喋れない、言葉を出そうとしても口がうまく言うことをきかない。

「僕見たんだ、1年の時の大雨の日に・・」

心臓がはち切れそうなほど暴れている、その勢いで口から飛び出しそうなほどに。

「でも僕は誰にも言ってないよ、なぜかわかるかい?」

須川は嫌に落ち着いた口調で言う。

それはまさに俺が今まで須川に対して抱いていた”狂気”をもたらしていた。

「僕も君と同じだから・・」

その狂気を帯びた瞳はじっとりと俺の瞳を見つめていた。俺の瞳に食らいついていた。

「僕も君と同じ”人殺し”だから」

その一言で真紅に染まっていた教室が一気に蒼白へと塗り替えられた。




それから残り少ない6月はあっという間だった。

なにごともなかったかのように二人は学校に登校し、今までのように二人が顔を合わせて会話することはなかった。

7月もただ暑いだけの日が続いて夏休みに入ろうとしている。

夏休み・・・そう1年前の夏休みに俺の平凡な日常が一転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嫌いな奴がいる さゆ @sayu1111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ