終幕 関係


 学校祭も閉会式と共に終わりを告げた。

 毎年のようにバイタリティ溢れ、だけどどこかいつもより盛大に盛り上がったと感じる学校祭だった。

 その影響あってか、俺らのクラスで出したフライドポテトも随分売り捌けたようで(ステージあるから良いとは言われたけど、俺と葵もステージ終了後にクラスを手伝った。少しだけ)、その祝いと打ち上げをしにクラス全員で焼き肉屋に直行した。

 美味い肉を食べながら、空間を笑いが埋め尽くす。

 今日の出来事から今までの学校祭、更には今までの学校生活の思い出へと話は移り変わっていった。それをどこか懐かしみながら、でも心の底から笑いあった。

 そんな打ち上げも先生の三本締めで終了。

 店を出ると、既にすっかり夜空に覆われていた。俺は男友達にじゃあなと別れの挨拶を告げていく。

 

 それをある程度終えてから、俺は辺りを見回した。そこに同じく友達と挨拶を済ませて去って行こうとした葵がいた。


 俺は近付こうと駆け出そうとした所で、葵も振り返り辺りを見渡し俺を見付けた。そのまま笑いながら手を挙げたので俺も手を挙げながら駆け寄った。

 その際走りながら顔は下を向けていたけど、上げたくない。やばい、顔がニヤついてる。葵が俺を待ってくれた。ただそれだけのことが嬉しかった。


 そのまま葵の傍によって、何とか正常に戻した顔も挙げて、特に何も言わずとも揃って歩き出した。

 ここから途中まで葵と道が一緒だ。


「いやー、楽しかったですなー。本当に楽しかった」


 んーっと体を上に伸ばしながら葵が言う。


「今日のステージな。最高に楽しかったよな」


「うん、それもそうやけど、今までのさ。遥輝とコンビ組んで来てからのことずっと思い出したら楽しい思い出しかないや」


 これがあれば安全。ニパッと、夜道に映える笑顔を向けてくる葵。

 俺も口元を緩めながら、そうだなと言うと、「あっ、スベちゃった時は例外としてね」と補足してきた。


「お前のお陰だな、葵」


「えっ?」


「お笑い以外特に好きなものが無い俺は多分、お前に誘われなきゃ何も部活やってなかったと思うんだ。そうなったら、やりたいことも何も無い、こんな経験も決してすることのないただ過ぎるだけの日々を送ってきたと思うんだ。だからさ、まだ高校生活は終わった訳じゃないけど、ありがとう。お前とコンビ組めてスゲ―楽しかった」


 言うと少し驚いた顔を見せる葵。


「遥輝がそういうこと言うの珍しいね」


「今だけだよ。こんなこと言うの」


「そっか、じゃあ貴重だ。逆転サヨナラ満塁ホームラン負けぐらいお目に掛かれない代物ということだ」


「例えが分かりづらい。あと、負けなのかよ。そこは勝ちで良いだろ」


 ハハハと葵が笑う。

 そして収まった後も表情そのままに小さく言った。


「それは私もだよ」


 んーっと、今度は組んだ手を前にして葵は体を伸ばした。


「あっ、もうこんなところまで来ちゃったんだ。じゃあ今日はお別れだね」


 いつも別れることになるT字路が見えてきた。

 もう少しで俺達は別々の道を行くことになる。

 このままで良いのか……?

 まだ葵と会える。明日からは会えないって訳ではない。

 でもお笑いコンビという特別な関係性のお陰で今まで近くにいれた。その理由を失ってしまう。

 これからも話すことは出来る。でもそれは今までよりも離れた距離になってしまうだろう。


「それじゃあね、遥輝」


「ああ、じゃあな」


 しかし俺は何も出来ないまま、葵とは反対の道を歩き始める。

 とぼとぼと自分の中の引っ掛かりが足を鈍重にする。長距離を走った後なんかよりも何倍も動くことを拒否している。終いには足を止めていた。

 そのまま後ろを向いた。黒々とした夜の道の中、一心に照らす外灯の下に葵の歩く背中が見えた。

 ……何で普通に歩いてんだよ。ちょっとはこの時間が惜しいとか思わないのかよ

 

 ――何でこっちのことも気にしないで歩いてんだよ!


「葵!」


 気付けば俺は夜にしては響く声を出していた。

 振り返る葵。不思議そうにこちらを見ている。

 一瞬俺まで戸惑ってしまった。言ってしまえば、自分勝手な怒りの感情で、自分でも意図せずに出してしまった声。勿論言うことなど決まってない。

 でも、よくやったと自分に言ってやりたくもある。

 ともかくまだ帰りたくない。葵と一緒にいたい。


「やっぱそこの公園で話さないか? あー、ちょっとで良いんだけど」


 キョトンとした表情を見せていた葵。しかしその顔も徐々に緩んでいった。

 コツコツと地面を鳴らす音が近付いてくる。


「うん、良いよ。話そっか」


 目の前には葵の満面の笑顔。おお、闇夜を照らす太陽よ。……うわっ、くさいな。でもそのぐらい葵の笑顔は眩しい。

 そうして少し歩いて辿り着いたのは、砂場とすべり台とベンチぐらいしか無い物寂しい公園。後は電灯が中に一本だけ立っている。

 その中で俺達はベンチに並んで座っていた。

 距離にして五十センチ程の間隔。いつも漫才をやってる時よりも離れているのに、もっと近く感じる。

 バクバクと心臓が激しく運動をしている。何だ、これ。やけに俺緊張してね?

 その緊張が伝わっているのか分からないけど、葵も言葉を発しない。緊張で隣を見るのも憚られるけど、普段黙ってるなんてことは授業中以外にありえない奴だから珍しい。俺達は完全に周囲の静寂に溶け込んでしまっている。

 俺から誘っといてこれはやばいよな。

 あー、えっと……


「葵」


「んっ?」


「これからどうする?」


「えっ、誘っといて! ノープラン! 何か話すんじゃないの?」


「そうだけど、何話すか葵決めて」


「えっ、誘われたの私なのに私が決めるの!?」


 ツッコんだあと、「何よ、もー!」と言って葵が笑い出した。

 ああ、やっぱりこういう感じが俺達だよな。冗談言い合って笑い合って、そういうのやってる時が一番楽しい。お笑いコンビであると同時に小さい頃からの幼馴染という関係である俺達。

 だからこそ嫌だったんだ。恐がっていた。失うことを恐れて、そのままで良いと停滞することを選んでいた。

 十五センチの距離が適切だと信じ切って、それ以上踏み込むことを拒んでいた。

 それでいて、いざ離れると腹を括った時には、納得出来ない自分がいる。


「本当は今日は何かさ、このままお前と別れるの嫌だったんだよ」


「遥輝……?」


 不思議そうに俺の顔を覗き込む葵。俺の顔は今どうなっているのだろうか。

 ただ自分の中のこの寂しい気持ちははっきりと表情に表れてしまっているのだろうか。


「葵」


「なに?」


「お前とは小学生以来の付き合いだったな。小学生の時、芸人の真似をしてる俺にお前が話し掛けてくれたのかきっかけだった」


「うん、そうだね。だけどそれがどうしたの?」


「それで中学三年の時、お前がお笑いやろうって誘ってくれて俺はお前とコンビを組んだ」


 葵は何も言わない。今は何も言わずただ聞いてくれようとしてくれている。


「幼馴染で、コンビの相方で、変な関西弁もどきばっか使って、実は結構アホで、でも一緒にいるといつも笑わせてくれる」


 躊躇っていた言葉が、なのにすんなりと口から出た。


「そんなお前のことが好きだ、葵」


 言った後に訪れたのは、ここに来た時と同じ静寂。

 横にいる葵は、驚愕の表情と共に固まり、言葉を失っているみたいだ。

 だから、俺は更に言葉を続けた。


「お笑いコンビじゃなくなるけど、ただの幼馴染じゃ無くなるけど、代わりに俺の恋人として横にいてくれないか?」


 言った後は自分でもビックリするくらい感情の波が特に無かった。

 言ってから後悔することや振られる恐怖に襲われることも覚悟していたのに。あるのは複雑に入り混じる感情の中で、やっと言えたという安堵感とスッキリした感覚だけだ。

 普通に葵の顔を見ることも出来た。固まっていた表情は徐々に緩んでいった。


「付き合う相手は誰でも良かったんやないの?」


「なっ、何言ってんだよ! それは漫才の話だろ!」


 笑いながら言った後、俯いた葵からボソッと吐き出されるように言葉が、空間に放り込まれた。


「……アホ、遅いわ」


「えっ……?」


 今度は俺が一瞬言葉を失ってしまった。

 顔を上げた葵はむーと不満そうな表情をしていた。


「それってどういう――」


「いくら待っても、遥輝言うてくれへんし、もう諦めてしまてたやんか……」


「なっ、それって、もしかしてお前も俺のこと……? でも、それならお前の方から言ってくれれば良かったんじゃ」


「アホ! そういうのは男子から言うもんやろ! 女性に先に言わそうとするな!」 


「そうだよな、ごめん」


「それに、ツッコミはボケが何か言わないと始まらないでしょ」


 急な展開に追いつかなかった頭がようやく整理出来てきた。

 つまり、ずっと葵も俺と同じだったってことか? 俺と同じように悩んでくれていたのか。

 いや、てかお笑い関係ないのに何だよ、ツッコミとかボケとか。


「何、笑ってんのよ!」


「いや、わりい。でもまああれだな。俺達は似た者同士の良いコンビだってことだな」


「はあっ、訳分からへんわ!」


「まあ、ともかく嬉しいんだから、しょうがないだろ」


「嬉しいってなんでよ! まだ私答えてへんし、振るかもしれんよ!」


 強がるように言う葵。

 相変わらず負けず嫌いだなと思うけど、そんな姿も愛らしいと思った。


「じゃあ答え聞かせてくれよ」


 うーうーっと唸り始めたかと思うと、思い切ったような顔をした後にバッと横に移動して距離を縮めてきた葵。

 その直後だった。口に柔らかいものが一瞬触れた。すぐ離されたというのに、それは凄く温かく感じた。

 

「なっ、お前そんな突然――」


「アホ、何で女の私からやらせるのよ!」


「いや、勝手にやって来たのお前じゃん!」


「知らんわ、バカ!」


 薄明かりの中で、はっきり分かるぐらいかーっと顔を紅潮させながら葵が言う。

 まあ、それは多分俺も同じ。顔が熱い。心臓の鼓動が激しさをやめない。


「とっ、ともかくこれが答えやから!」


 いつもより距離を縮めた葵と見つめ合いながら笑いあった。

 そのままもう一度、キスをした。

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ボケ・ツッコミ・幼馴染み 皆同娯楽 @kyatou

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