第3幕 「デート」

 体育館に設置されているステージ裏に到着した俺達は前の学内バンドグループのロックな演奏を聴いていた。

 このグループは学校外でも活動しているほんまもんのグループで、校内でも上のヒエラルキーに属する面子が集まっている為人気も中々だ。

 熱狂続く中、今披露しているのがラストの曲の筈。もうすぐだろう。

 そして演奏が終わった。ようやく俺達の番だ!

 ――っと立ち上がった所で、観客からアンコールが起きた。

 アンコールかーい、と、これ新喜劇ならずっこける所だよ。小さく呟くと葵がクスクスと笑い出した。まっ、まあそうだよな。盛り上がってたし、アンコール起きるよな。仕方ないよな。

 そして改めて待つこと五分程。遂にアンコールの曲も終わった。さあ、いよいよか。

 っと思ったらまた違う曲を歌い出した。

 二曲目いくんだ! っと葵が驚いた。二曲目いくんかーいと場所が場所ならずっこけたい、マジで。

そしてこれは誠に勝手な感想ながら、図々しいな、あのバンド。


 でも、その曲も終わり今度こそ本当にそのバンドグループは去って行った。

 さっきの葵じゃないけど、俺も自然と深呼吸をしてしまった。

 

 ――直後に、宮守の名前が司会によって呼ばれた。


 俺達は階段を駆け上がり、少し屈みながらそのまま真っ直ぐマイクに向かっていった。


『はいどうも~!』


「宮崎です」


「守山です」


『二人会わせて宮守です! っということでよろしくお願いしまーす』


 登場の練習、そして経験を何回してきたことか。

 素人ながらもスピード感を意識した登場が項を奏した。かは分からないけど、登場だけで沸き上がる歓声。何度聞いてもこれは堪らない。すぐ隣にいる葵も笑いを必死に堪えているのが分かる。

 歓声が止むのを待ってから、絶妙のタイミングを測って俺から口を開いた。


「あの、実は今日ここである告白をしたいと思って来たんですよ」


「ほう、告白。何でしょう?」


「実はそれで僕達ずっと悩んでて……」


「おお、僕達って私も含まれてるんだ。そこまで私悩んでる記憶無いんだけど、で、そんなに重い話って何なの?」


「うん、実は――」


「実は……?」


「僕達恋人がいないんです」


「うん、重苦しい雰囲気だった割にそこまで重くもないやん」


「重くないって? 何言ってるんだ。十八にもなってまだ恋人がいないんだぞ! これのどこが重くも無いって言うんだ! だからお前は彼氏出来ないんだよ」


「えー! それあんたが言う! 彼女出来ないことにメッチャ悩んでるあんたには言われたないわ!」


「まあでも本当は分かってるんだよ。そんなこと言ってお前、本当は彼氏欲しいんだろ」


「いや、別に欲しいとは思ってないけど」


「大丈夫だって。お前なら彼氏出来るよ。俺を信じろ」


「うん、だから別に欲しいとは思ってないって言ってるんだけど。そもそも彼女いないあんたに保証されても全然心に響かないから」


 まだ冒頭ながらまずまずの笑いが起こる。

 ダレさせる訳にもいかない。そろそろ本題に入る。


「でですね、あまりにも彼女出来ないものだから、もし彼女が出来たらどんな感じのデートにしようかなってよく考えたりしちゃうんですよね」


「へえー、何か可愛いね。そんなこと結構考えちゃうんだ」


「そりゃー、考えるよ。週三回寝る前に十秒くらい、自然と妄想しちゃうからね」


「いや、それあんまり考えてないよね! 毎日でもないし、十秒って短すぎでしょ!」


「いやいや、時間じゃないから。密度だから」


「密度って何! かっこいい風に言っても意味分からないから! てか、十秒程度の間に密度も何も無いよね!」


「いやいや、凄いよ俺の妄想は。じゃあちょっと俺の考えたことを整理しないで話すから聞いてもらって良い?」


「整理しないんかい! そこは整理しようよ!」


「いや、妄想なんだからふんわりとしか覚えてないでしょうが!」


「何でちょっとキレてんの! ――まあ良いや、じゃあ話してみてください」


「しょうがねえな」


「なにちょっとニヤつきながら上から言ってきてるの! うわっ、腹立つな」


 一拍意識して間を置いてから、また喋りだす。


「まず、彼女が『遥輝-!』なんて名前言いながら、手を振って近付いてくんだよ」


「おお、可愛いらしいですね」


「それで彼女は実はちょっと待ち合わせの時間遅れてきちゃったから『ごめん、結構待った-?』なんて聞いてくる訳」


「ああ、彼女遅れちゃってたんだ。まあでもそこは男として答えは決まってるよね」


「ああ、当然だろ。勿論俺は『うん、全然五時間くらいしか待ってないよ』って答えるよ」


「ちょちょちょ、ちょっと」


「それから――」


「ちょっと待ってって!」


 突如大声で制止する葵。


「何だよ。急にどうしたんだ?」


「いや、どうしたじゃないから! なに五時間待ったって。待ちすぎ。どんだけ気持ち先走ってんの! てか、五時間くらいしか待ってないって遅れてきた彼女への嫌みにしか聞こえないよね」


「いやほら、三十三歳にしてようやく初めて彼女出来たら、はりきり過ぎちゃうよね、それは」


「えっ、あんた三十三歳の自分で妄想してたの! 何でそんな倍くらいの年齢で設定しちゃうの。そこは同じ年齢で良いじゃん! あと、それにしても五時間は待ちすぎだし!」


「そうなのか?」


「そうなの! あと普通女性に待ったって聞かれたら全然待ってないって答えるの!」


「分かったよ。――じゃあ、『もしかして結構待った?』って彼女に聞かれる」


「うんうん」


「で、俺は答える。『いや、全然。待ってないよ。三時間くらいしか』。――これで良いんだろ!」


「いや、良くないわ!」


「今度は何だよ? ちゃんと全然待ってないって言っただろ」


「そうじゃないから! 最後余計! 時間減らせば良いとかじゃないから! ――今来たって言えば良いの!」


「えー、五時間待ってても?」


「五時間待ってても!」


「――分かったよ。じゃあ、全然待ってないよ。今来たところって俺が言ったとしよう」


「オッケー、オッケー」


「で、彼女は良かったーって言うじゃん。で、次ね」


「次か。となると、いよいよ――」


「そう。まずどこで遊ぶか決めなきゃな」


「まだ決めてなかったんだ! そういうのあらかじめ決めとくもんやろ!」


「彼女に決めてもらうつもりだったからな」


「しかも彼女に頼るんだ! そこは男の方が決めようよ」


「えー、俺決められないよー」


「うわっ、何か急に女々しいこと言い出した!」


「んー……あっ、じゃあ、老人ホームにしよう」


「老人ホーム! デートで!? それは無いでしょ!」


「えっ、結構普通じゃない?」


「普通ではない!」


「じゃあ、どういう所が普通なんだよ-。俺分かんねえよー」


「だから何その急な弱気は!? ――ほらっ、もっとあるじゃん。山とか海とか公園とか」


「あっ、なるほど! じゃあ、今丁度山にいるし、山でデートもありかな」


「えっ、もう山いたの! 待ち合わせ山って、もうそれ完全に山でデートする気満々だったよね! 普通山デートじゃなきゃ、駅で待ち合わせする感覚で『明日十時にあの山の麓で集合ね』とか言わないから!」


「違う違う。山の麓じゃなくて、中腹ね」


「何でもうちょっと登ってんねん! そんなとこで待ち合わせするカップルなんかいないわ!」


「そうでも無いと思うけど。てか、山デートするって言ったって、持って来たものは、レインコートに、弁当、敷物、飲み物、コンパス、非常食ぐらいだぜ。無理だろ」


「いやもう寧ろそれ、完全に山でピクニックする予定だったよね! まず普通のデートでコンパスとか非常食の必要性がない!」


「何言ってんだ。コンパスは街中で迷った時に、非常食は地震とか起きた時の為だろ」


「どんだけデート一つに準備周到やねん! てか、街中で迷うっていうのもあれだけど、その対処法がコンパスって! 今はケータイあるやろ」


「そうだった……!」


「何マジでハッて顔してんねん! 気付けや!」


「まっ、まあちょみょきゃく」


「メッチャ動揺してんな! しかも噛み方が凄い!」


「山でデートすると決めたからには、登山に森林浴、そんでお昼は敷物敷いて彼女の弁当食べる。完璧なデートだろ」


「そうだね。自然の中で好きな女子と行動を共有するっていうのは凄い楽しそうだね」


「だろ? だからさ、今から誘ってみようと思うんだ」


「えっ、うそ、今から! てか、遥輝に好きな人いたんだ! 誰、誰!?」


「………」


「何? じっと私を見て――って、えっ! もしかして遥輝の好きな人って」


「好きだ、付き合ってくれ! ――観客の中の誰か!」


「誰でも良いんかい! もうええわ! 『ありがとうございました!』」

 

 二人で頭を下げて挨拶を終えた後、俺らは顔を上げてからもしばらく静止した。

 というより、動くことが出来なかった。

 沸き上がる歓声、何故か聞こえるアンコールの声。コンビを組んで最初の内ははこれが小さいこともあったけど、今じゃこんなに皆を楽しませることが出来ている。

 俺達で、この会場を一つにすることが出来たんだ。

 この声援も最後、俺達がここに立つのも最後。……そしてその距離約十五センチ、すぐ隣にいる相方と向かい合って、お互いニヤケあうのも最後。

 もう終わりなんだ。

 気付けば、葵の目から涙が溢れているのに気付いた。

 なに泣いてんだよって言おうとしたのに声が出なかった。その上、頬に感じるむず痒さ。

 うわっ、恥ずかしい。男のくせに俺まで泣いちゃってるじゃねえか。


 泣くな、お笑いカップル! 女々しいぞ、遥輝! っと聞こえてくる冷やかしの声。

 

 うるせー! っと俺は必死に声を出してから大きく息を吸い込んだ。


 そしてもう一度、俺達はありがとうございました! と声を張りながら勢いよく頭を下げた。


 これで俺達の最後のステージが終わった。

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