第2幕 寂寞
「少しブランクあったのに、意外と出来るもんやな」
「そうだな。コンテスト以来だもんな。……そういえばもうあれから一ヶ月経つのか」
「本戦、行きたかったね」
「……まあな」
もう一つ、一ヶ月前、三年最後の思い出として大規模な高校生のお笑いコンテストに俺達は出場した。決勝まで行くと芸人も審査するような大掛かりな大会だったけど、結果は二次予選落ち。本戦出場は果たせなかった。
そんな中で、二次試験でネタをやり終わった際に、審査員に「シュールですねー」っとただ一言言われたのは良い思い出だ。
未だに悔しさは残る。それでもまだ最後に大イベントが残っている。だからそこで良い感じに気持ちを切り替えることが出来て良かったと思う。
それからはお互いに、進路関係の準備に時間を取られ、集まるのは久しぶりになってしまった。
「さて、じゃあ次は漫才の打ち合わせの方も進めていくか」
「よし、張り切っていこー!」
「はいじゃあ、やって見せて」
「いや、あんたもやんねん!」
俺がボケて、葵がツッコむ。ネタでの担当はそうなってるけど、普段の会話でも割とそういうポジションになることが多い。
そこから更に俺達はひたすらに練習をした。お互いに気になった点を挙げてそこを修正したり、やりながらネタを少し変えてみたり。
集中し、そして何より楽しくて時間なんて気付けば大分進んでいた。窓から見える空はもう既に赤みを帯びている。
「もう帰らねえとな」
「うん、そうだね……」
物寂しげに、呟くように葵が言った。
その様子を見て、俺は少しホッとした自分がいることに気付いた。
目標に向けて一生懸命取り組んでいるという充実感とは別に、終わりが近付きつつある寂寥感も感じる。それは葵も一緒なのだろうか。
葵は一日の八・五割を笑顔で過ごすような明るい奴だから、そんな弱みを見せることはほとんどない。だから俺には分からない。
職員室から鍵を貰ってきて、扉と鍵を閉めた。こんな何度もやってきた何でもないようなことも、もうあとそんなにやらないと考えると、どこか物惜しく感じてしまう。
中学三年生の夏。それまで目標なんか無くて、ただ毎日を過ごしていた俺を葵が誘ってくれてからは、本当に毎日が明るくなった。誰かと何かに向けて努力する日々はとても楽しかった。
でも卒業後はお互いに別の道を行く。二人でこういう風にネタをやることも、笑いについて語り合うことも、他愛ない会話で笑いあうことも無くなってしまうだろう。何よりも大切な、かけがえの無い時間はもう少しで自然と失われてしまう。
ずっと続けば良いのに、なんて思っているのは俺だけなのだろうか。
葵もそう思ってくれているのだろうか。
いや、違うか。本当は俺はそれ以上を……。
「じゃあね、遥輝」
「ああ、じゃあな」
学校を出てからしばらく一緒に歩いた後、いつもと同じT字路で別れた。
何事も無いと言わんばかりのいつも通りの笑顔と、少し歩いてから俺が振り返るもこっちを振り返る様子なく歩く幼馴染の背中を見て、胸が苦しくなった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆
学校祭当日になった。
俺達は今まで何度かステージを開いてきた甲斐あって自分で言うのもなんだけど、割と校内では知名度と人気がある。
勿論他にも、男女のコンビという話題性とこれまた割と人気ある葵の影響、それから高校生で笑いに真面目に取り組む奴は少ない。だからそれなりでもらしいステージをやれればそれだけでもう割と評価は高くなる。というのもあるだろうけど。
言うなれば、バイト先に女性が一人しかいないなら、他では中の下程度の顔でも可愛く見えてしまうみたいな感じか。いや、少し違うな。
ともかく、そのお陰で今回の文化祭では午前と午後の二回、ステージを用意してもらっている。
そして午前のステージはコントを披露し、残る昼のステージはこれから始まる。
それまでいつもの練習場と化している特別教室で待機している。練習した甲斐あって午前は手応え充分。会場を沸かせることが出来たと思う。高まる気分そのままに、残りのステージも成功させてやる。
打ち合わせは済ませた。昼食も取った。準備は万端。でも、前のステージの余韻とは別に 、緊張感のせいで心臓が高鳴るのはいつもと同じだ。
それを紛らそうと特に何も考えず隣の席に座っている葵に話し掛けていた。
「葵」
「んっ、なに?」
なんとなく話し掛けたもんだから、特に言うことなんて考えていなかった。
俺は何とかパッと言葉を絞り出し口にした。
「アユレディー、オーケー?」
「えっ、何っ、なんで英語! そして何がオーケー!?」
「あー、オーケー、オーケー」
「いや、だから何が!? こっちがオーケーじゃないねん!」
ああ、いつも通りのやり取りするとやっぱり落ち着くな。
そしてそのちょくちょく使う関西弁もどきもやっぱり聞いてると落ち着くなー。
「あー、だから準備は大丈夫かってことだよ」
「ああ、そういうこと。って、最初からそう言えば早かったやん。……まあ、私は大丈夫やで」
そう言いながらも、それから一度大きく息を吸って深呼吸をする葵。
「とか言いながら、まさかお前、本当は緊張してんじゃねえのか?」
勝ち気な笑みを向けながら言った。勿論人のことなんて言えない。俺だって緊張しているんだ。
でも、葵の答えは分かっている。
「えっ、何が! 全然緊張とかしてへんし! 余裕やし、余裕! 私を誰やと思ってんねん」
「えっと、誰だっけ?」
「何で忘れとんねん! あんたの幼馴染の宮崎葵やろ!」
「えっ、『あんたの幼馴染の宮崎は濃い』? 何が? 顔のこと?」
「誰も言うてへんわ! 何で自分で顔濃いとか言わなきゃあかんねん! 失礼か!」
葵が言い終わると、俺はプッと吹き出してしまった。ああ、まだ真顔でボケようとしたのに耐えられねえよ。それに釣られて葵もアハハと笑い出した。
分かっている。葵は負けず嫌い、意地っ張り。決して弱みは見せない。してないなんて強がって、本当は大分緊張している筈だ。
「いよいよ最後やねんな」
「……そうだな」
最後。その言葉に俺の体は重力が急に倍増したように潰される感覚に陥った。
今まで、もう最後だ、最後だ、そう何度も心の中で呟いて置きながら、実際直面して言葉にされるとかなりきつい。
本当に最後なんだよな……。次のステージが本当に最後。お笑いコンビである俺達の関係は終わりを告げる。
「私達も楽しんで、お客さんも笑わせて、それで最高のステージにしようね」
「そうだな。最後にやってやるか!」
立ち上がり、真っ直ぐな瞳で葵は俺の目を見つめてくる。やる気に満ちた顔。
そうだよな。今は惜しんでいる場合じゃない。俺がどう思おうと終わりは来る。
なら中途半端な気持ちでステージに上がる訳にはいかない。俺達の最高をラストステージでぶつけてやるしかねえだろ。
「じゃあ、宮守の二人、そろそろ移動してくれ」
ガラッと開いた扉からひょこっと顔を出したのは、同じクラスの学校祭実行委員の山岡だ。そうか、もう時間か。
「オッケー、今行く」
「出番だね!」
いよっしと俺、よーしと葵が声を出しながら立ち上がるとニヤニヤという顔をし出す山岡。うっ、嫌な予感。
「これで夫婦漫才も最後だな」
「なっ、だから夫婦じゃねえって」
「はいはい、分かった、分かった。じゃあ頑張れよ」
ヒラヒラと手を振りながら、山岡は去って行った。
あの野郎……! 毎回言いやがって、それ。
山岡への怒りを溜めながら、そんな中俺は気になったことがあった。
先に歩き出し、背中を見せる葵は今の言葉に全く反応しなかった。いつもは違うわ! っとか反論するくせに。
……ていうか、少しは動揺してくれよ、と思う。
「遥輝、行かないの?」
「……行くよ」
振り向いた葵の顔はやっぱり屈託のない笑顔で、その顔に妙に苛立たしさを感じた。
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