ボケ・ツッコミ・幼馴染み

皆同娯楽

第1幕 コント「かわいすぎる殺し屋」


「ごめん、遥輝はるき! 進路相談で遅くなってもうた!」


「まあそれはしゃーないだろ。それより早く始めようぜ」


 息を切らせて、この特別教室の扉を開いたポニーテールの髪を揺らすこの女子は、小学生の頃からの幼馴染みの宮崎みやざきあおい。快活な声よろしく元気に満ちあふれた顔をしているけど、意外なことに運動は苦手なようだ。

 代わりに、俺と共通して特別に好きなものがある。


「うん。ほな始めましょか」


 そう言うと、俺は座っていた教室中央に二つ置いてある椅子と机のセットの内の一つから立ち上がり、葵は入口から黒板の前に移動する。

 机とその上に逆さに置かれた椅子のセットが固まっているだけで誰もいないその教室後方に向かって俺達は肩を並べる。


「あれから三週間経つけど、まだネタは覚えてるよな?」


「当然やろ。私を誰やと思ってんねん!」


「おっ、おう。随分偉そうだな」


「まあね!」


「まあねって……」


 自慢げにそれほどでもない胸を張る葵。

 そう、これはコントの練習。俺達は二人揃って大のお笑い好き、故に二人でコンビを組んでいるのだ。宮崎と俺の姓である守山もりやまの頭文字を取って、コンビ名は宮守みやもり


 きっかけは中学三年の時。最後の記念に一回、二人でコンビ組んで皆の前でネタを披露しないかという葵の提案に乗っかって最後となる文化祭で披露した。するとこれがまた思いの外ウケた。自分達が何か喋る度に笑う観客。あの光景は未だ忘れることの出来ない輝かしい思い出だ。


 だから俺達は高校でもコンビを組んで、漫才、コント、どちらも度々披露している。


 そしてそんな俺らも今や高校三年生。俺は就職、葵は大学進学を選んだ為、三週間後、最後に残された大イベントの学園祭が俺達のラストのステージとなる。現在それに向けて必死に練習している。


 ちなみに葵のこの中途ハンパ過ぎるエセ関西弁は、笑いにはまり過ぎて芸人の真似をしている内に染みついてしまったらしい。最早慣れてしまって俺も違和感はない。


「まあ、ともかく始めるか」


 葵がそう言うと、俺は教室の扉近くまで、葵は対角線となる教室隅まで移動する。

 そして実は俺は葵が来る前から既に父親に借りた上下黒スーツを着ていた。その上で、サングラスをかける。

 これでもう洋画なんかでよくイメージされる殺し屋の格好の完成だ。


「コント、『かわいすぎる殺し屋』」


 葵がそう言うと、俺は歩き出し、同じく歩き始めた葵と真ん中で肩をぶつけた。


「きゃっ! いたっ!」


「すまない」


 振り向いた俺は倒れた葵に無機質な声を掛け、手を伸ばす。それを掴んだ葵を立ち上がらせる。


「あっ、こちらこそすいません。……って、うわっ、なんか凄い怖そうな人とぶつかちゃったよ。なにあの、映画に出てくるヒットマンを再現したような格好! ――って、あの、すいません。もう大丈夫ですよ。手離してもらっても大丈夫です。……えっと、あの、すいません。だからもう手離してもらっても大丈夫ですよ!」


 俺はじーっと葵を見つめる。

 そういえば、このコント最初やった時はここで葵がえへへっと照れてしまって進まなかったのをふと思い出す。

 っと、今はコント中。集中しなくては。

 数秒俺が見つめ続けてから、葵は再び口を開く。

 

「すいません、聞いてますか? 手、離してもらっても大丈夫ですよ!」


「おい」


「はい、何でしょうか!」


「……好きだ、俺と付き合え」


「えっ……?」


 きょとんとする葵。

 それから驚きの声を上げる。


「って、えー! なに、これ! いきなり告白されちゃった! えっ、ちょっと、すいません。それ本気ですか? だって私たち初めて会ったばっかりですよ」


「恋に時間など関係無い。それに俺は何事にも本気だ。告白する時も人を殺す時もな」


「えー! なにちょっとかっこいい感じで、とんでもないこと言っちゃってるんですか!」


「ふっ、冗談だ」


「いや、そんな格好と真顔で言われても全然冗談っぽくないですから! ――っていうか、すいません。無理ですよ。てか、怖いし」


 葵は俺の手を振り払って、急いで教室の前に移動しようとする。


「行くな!」


 そこでバンっと拳銃の発砲音が鳴り響いた。


「きゃー! なにー!?」


「良いから黙って戻ってこい。そのまま俺の方を向いて動くな」


「やっ、やばい。殺されるよ、絶対私もう家に帰れないよ」


 言いながら葵は移動し、再び俺の前に立つ。


「それではまずは――」


「なんかポケットを探り始めた! なに、何が出て来るの! まさかまた拳銃! やっぱり私を拳銃で脅す気――」 


「――メッセージアプリのアカウントを交換してもらおうか」


「ケータイだった! しかもピンクでデコレーションが凄い! 女子か!」


「確かふるふるすれば交換出来るんだったな。さあ俺はふるふるする。だから、お前もふるふるしろ」


「うわっ、その格好でふるふるしろって……」


「よし、交換完了だな。――ふっ、葵か。良い名だ」


「うわっ、やばい人に連絡先教えちゃったよ、私……。てか名前、キラーって。そのまんまじゃん。――って、名前の後にハート付いてる! うわ、しかもアイコンキティーちゃん! なにこれ、可愛い!」


「キティーちゃんは皆のアイドルだからな」


「殺し屋がキティーちゃんをアイドルとか言ってる!」


「さて、では早速送らせてもらおうか」


 俺がメッセージを送ると葵のケータイからピロリンと音が鳴った。


「えっと、『葵ちゃんとの初会話、やたー\(^^)/これからよろしくね、葵ちゃん』か。……女子だ。なんか凄い女子っぽいの来たんだけど」


「お前も送りたいなら送っても良いぞ」


「いや、良いです、大丈夫です」


「お前も送りたいなら送っても良いぞ」


「二回言った! そんな送って欲しいの! そう言えば良いのにめんどくさっ! でもすいません。遠慮させてもらいます!」


「そうか、まあ良いだろう。ただ俺はこれから夜は毎日おやすみと送らせてもらうからな。おっと、朝のおはようも忘れてはいけないな」


「女子だ! 付き合いたての乙女だ! そしてそれはうざい!」


「さてと」


 俺は目を横に大きく動かし、辺りを見渡す。


「こんな所で立ち話も何だ。これからあのカフェでお茶でもしながら、話でもしないか?」


「いや、しませんよ。もう今すぐ帰りたいです」


 葵が振り返ろうとすると、また発砲音が響く。


「うわっ! ちょっともういい加減にしてくださいよ! 何なんですか! もう早く帰らせてくださいよ」


「分かった、少しで良い。場所もここで良いからちょっとだけ話をさせてくれ」


「えー、もう何ですかー……」


「お前彼氏はいるのか?」


「……えっ、彼氏?」


「そうだ、そう言っている。時間の無駄だ。一々聞き返すな」


「彼氏ですか。いないですけ――あっ、います、います! 私彼氏いるんですよ! だからあなたとは付き合えないんですよ」


「ほう、そうか、残念だ。だがそいつは明日には消えているかもしれない。だから俺と付き合え」


「ええっ、絶対それあなたが殺す気ですよね! 冗談です、冗談ですよ! 彼氏なんていません!」


「そうか。全くヒヤヒヤさせるな。こんな焦ったのは、敵組織の戦闘員百人に囲まれた時以来だぞ」


「それと私が彼氏いるってことが同等なの! そっちもう焦るとかそんなレベルじゃないでしょ! 命の危機だと思うんですけど!」


「俺が死ぬことなんかよりも俺の傍にお前がいないことの方が耐えられない」


「いやいや、私にはあなたが傍にいる方が耐えられないですよ! てか、人を拳銃で脅しといてよく言えますね!」


「俺がお前と話をしたいんだから、仕方ない」


「なんか理不尽なこと言い出した!」


「お前、趣味はなんだ?」


「うわっ、無理矢理押し通した! って、趣味ですか? えっと、料理とか良くやりますけど」


「そうか、お前の作ったものを食べてみたいものだな。ちなみに俺も料理は得意だぞ」


「へえ、そんな時間あるんですね。常にどっかに任務に行ってそうなのに」


「まあな。特にオムライスが好きだ」


「おお、可愛らしいですね」


「あと他の趣味でアロマキャンドルだろ」


「あっ、ああ……」


「あとは休日はショッピングなんかもする」


「――もう女子か! さっきから女子か! 何ですか、その乙女チックな趣味ばかりは! あとあなた休日とかあるんですね!」


「おい、お前、今また乙女と言ったか?」


「えっ、はい。あっ、すいません。気に障りましたか? 許してください」


「乙女か。ふっ」


「満更でも無さそう!」


「おい、お前」


「はい! 今度は何ですか!」


「右腕から血が出てるじゃないか」


「あっ、本当ですね。さっき転んだ時かな。全然気付きませんでした」


「その腕を出せ」


「えっ?」


「良いから出せ」


「なっ、何ですか……? またポケットを探り始めた! なに、今度は? もしかして注射!? なんか変な薬でも打たれるんじゃ――」


「すまなかった、今ハンカチを巻いといてやる」


「ハンカチだった! しかもウサギのイラスト入ってる! だから女子か! てか、何でハンカチなんか持ってるの!」


「職業柄、何時なんどきハンカチが必要になるか分からないからな」


「ハンカチが四六時中手放せないような職業なんて聞いたことありませんよ!」


「まあ、それは気にするな。――それよりそれどうしようかなー。大切なものなんだよなー、それ」


「棒読みで何か言い始めたし……。うわっ、めんどくさっ! あー、もう、これどうすれば良いんですか!」


「そうだな、また近々会った時に返してくれ」


「優しさに見せかけた次会う為の口実って、だから女子か! もうお願いです。本当にもう帰らせてください!」


「仕方ない、良いだろう。それなら俺もそろそろ次の任務の準備を進めるとするか」


「そうですか、それでは」


「おい、待て!」


 三度銃を発砲した音が響いた。


「もう何ですか! もう良いんじゃないんですか! ――って、何またケータイいじってるんですか?」


「ふっ」


 葵の方からピロリンと音が鳴った。カバンからケータイを取り出し、


「んっ、誰だろうって。キラー♡? なになに、『じゃあね、今日は話せて嬉しかったよ。また近々会おうね』? って、 何で口で言わないでメッセージ! だから乙女か!」


 ここで暗転して終了ということになっている。

 練習を終えた俺達は、お互いにふうっと一息吐いてから、中央にある椅子に座った。

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