第2話 あなたはいない
「どうも、今日は僕がこの時間に入ったんでヨロシクね」
「……、……」
店長じゃない。
いつも土曜の昼からは、私と店長……、二人の時間なのに。
今日は店長に用があるとかで、急遽、長谷川さんが私のパートナーになっている。
店内は普段通りなのに、今日は何故か何もかもが色褪せて見えるのは何故だろう?
長谷川さんは、大学生らしい。引き継ぎの時に顔を合わせるので、初対面ではないが、それほど親しくもなく、また、話をしたこともない。
だから、私は長谷川さんには興味がない。
土曜日の昼の時間帯は、お弁当が売れる時間を過ぎると、少し暇になる。
そうは言っても、品出しもしなくてはいけないし、揚げ物の追加も必須で、やることはいくらでもある。
それなのに、長谷川さんはレジのところにベッタリ張り付いて、他の仕事をする様子もない。
でも、それは私にとって好都合だった。
店長のいない、この気詰まりな時間を、仕事をして早くやり過ごすことが出来るから。
裏に入ってペットボトルの飲料を補充したり、お弁当が乱雑に並んでいたら整理し直したり……。
私は普段通りやるだけだ。店長がいなくたって……。
「遥香さんは、よく働くね」
「いえ、そんなことないです」
夜のお弁当が届くのを待つ間に、長谷川さんが話しかけてきた。
ファーストネームで呼ばれて、ちょっと馴れ馴れしい気もするけれど、バイトのシフトには私の他にも鈴木姓の人がいてこれは致し方がない。後から入ったのは私だし……。
「店長がいつも言ってるんだ、遥香さんはよく働く……、ってさ」
「……、……」
「長谷川ももう少し見習え……、と、そのあと必ず言われて参っちゃうよ」
「……、……」
「店長は大学のサークルのOBだから、バイトをする前から知ってるけど、そんなに簡単に褒めたりしない人だよ」
「……、……」
「だから、遥香さんがどんな人か、前から興味があったんだ」
「……、……」
他のバイトの人と話すのは初めてだけど、店長がこんな風に私のことを話していたなんて……。
本当は店長のために頑張っていただけなんだけど、それは私だけの秘密にしておこう。
「長谷川さん……。サークルって何をやってらっしゃるんですか?」
「テニスだよ。あっ、テニスサークルって言うとナンパなのと思われるかも知れないけど、ウチは公式戦にも出る超体育会系のサークルなんだ」
「店長もテニスを……?」
「そうだよ。店長は凄かったんだ。なんせ、大学の関東大会でベスト4に入ったくらいだからさ」
「……、……」
「今でも時々仕事の合間に顔を出してくれるんだ、サークルにさ」
「……、……」
「僕はそこでバイトに誘われてね。生活費に困っていたんで大助かりだったよ」
「……、……」
「賞味期限の切れたお弁当は食べ放題だしね」
最初は興味のなかった長谷川さんだけど、店長の知らない一面を話してくれて、ちょっとだけ良い人に見えてくる。
テニスかあ……。
確かに店長はそういうタイプかも。
爽やかなイメージにピッタリだ。
話をしていると、夕方のお弁当が届いた。
長谷川さんは、今までとは打って変わって積極的にお弁当の品出しをし出す。
「遥香さん……、これは僕がやるから、レジをよろしくね」
「はい……」
あまりお客さんがいないので、何となく長谷川さんの仕事ぶりを見ていたが、凄く手早くて正確だ。
特に、伝票を見ながらお弁当の数を確認する作業は、店長よりも早いかも知れない。
私は伝票を扱う作業が苦手なので、こっそり羨ましかった。
あれくらい早ければ、私はもっと店長の役に立てるから……。
レジを打ちながら、私は店長について考えていた。
大学でテニスサークルに入り、店長に手取り足取り教わる様子が脳裏に浮かぶ。
私は運動音痴なので、きっとテニスは下手だろうけど、店長なら優しく教えてくれるに違いない。
「ほら、これが正しいフォームだよ……」
なんて言われながら、私の後ろから覆い被さるように指導してくれる店長……。その距離は約15㎝……。
コンビニの作業では決して近づけない店長との距離に、心高まる私……。
「……さん? 遥香さん?」
「あっ、はい……?」
「そろそろ上がる時間だよ」
「えっ? もうそんな時間ですか?」
「ほら、もう5時過ぎてるじゃない」
「では、上がりますね」
「ちゃんと時間表に記入していってね。タダ働きになっちゃうからさ」
「はい……」
長谷川さんに促されて、裏でユニフォームを脱ぐ。
店長を想いながら仕事をしていたら、あっという間にバイトの時間は終わっていた。
店長がいなくても、このコンビニは、やはり私と店長、二人の空間に変わりない。
いないのに、店長の今まで知らなかった一面を聞き、より店長との距離が縮まったような気さえする。
「明日は、いつも通り店長が来るからさ」
「はい……」
「遥香さん、今日は店長じゃなくてゴメンね」
「えっ?」
「だってさ、店長から遥香さんは良く笑う子だって聞いていたけど、今日はつまらなさそうな顔をしていたから……」
「いえ……、そんなことは……」
「あはは、良いんだよ、気を遣わなくても。僕は所詮、臨時のパートナーなんだからさ」
「……、……」
「だけど、あまり店長を好きになっちゃダメだよ。奥様がいるからね」
「は、長谷川さんッ!」
「あはは、遥香さんは分かりやすいね」
「……、……」
きっと、今の私は、顔が真っ赤になっていることだろう。激しく動揺しているのを、長谷川さんに隠すので精一杯だ。
それにしても、長谷川さんって、なんて無礼な人なんだろう? いくらそう思ったからって、私に直接言わなくたって良いじゃない。
でも、私ってそんなに分かりやすいのかしら?
もしかして、店長にもバレちゃってたりするの?
いや、そんなことはないはずだ。親友の裕美や彩乃にだって、私から言い出さなかったら、好きな人が出来たことは分らなかったんだし……。
コンビニを出ても、私の動揺は納まらなかった。
まだ胸がドキドキする。
私、本当に店長が好きなんだ。
こんなに、胸が苦しくなるくらい……。
もう、告白するしかないかもしれない。そうじゃなかったら、私、ドキドキし過ぎて、死んじゃうかも……。
今にも電柱の陰から店長が現れそうな気がする。
……って、私、ドキドキし過ぎておかしくなっちゃったかな?
「もし、今、目の前に店長がいたら……」
用事で出掛けているのだから、こんな道ばたに店長がいるわけもないのに……。
歩きながら、私は独りでポツリと呟くのだった。
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