この恋、始まるのかな?

てめえ

第1話 どうしよう……

「……って言うか、それってヤバクない?」

「えっ?」

「だって、その人、超優しいんでしょう?」

「……、……」

裕美の言う、ヤバクない……、は私には理解出来ない。

 何故かと言うと、裕美のこの言葉には、素晴らしいって意味のときと、ダメでしょって意味のときがあるからだ。

 だから、結局、どちらの意味か分らないのだ。


「遥香、私は諦めた方が良いと思う。だって、奥さんがいるんでしょう?」

「そうなんだけど……」

「私も遥香の気持ちは分らないではないけど、相手が困るようなことしてはいけないと思うの」

「……、……」

彩乃に私の気持ちが本当に分るのだろうか?

 彩乃には家庭教師をしてくれる大学生の彼氏がいるし、私と違ってこの子は成績優秀で性格も良い。とても、つい最近、高校生になって初めて恋に目覚めた、成績のあまり良くない私の気持ちなんか分るとは思えない。

 ただ、彩乃の言うことは一々正論なのだ。

 だから、彩乃の言うことを聞いていれば、大きな間違いはないとは言える。


「でもさ、付き合うわけじゃないんだから、コクるくらいは良いと思うよ」

「そうかなあ……? 遥香の気持ちが告白するだけで納まるとはとても思えないのだけれど……」

「だって、好きなんでしょ? 遥香が」

「……、……」

「だったら、気持ちを伝えたって仕方ないじゃん」

「でも、気持ちを伝えた後にどんなことを言われても、結局、傷つくのは遥香だと思うわ」

「じゃあ、黙って諦めろって言うのか、彩乃は……。それで遥香が可哀想じゃないと言うのか?」

「そうじゃないけど……」

裕美も彩乃も、本気で私の心配をしてくれている。意見は違っても、私のためを思ってくれていることは間違いない。


 二人が激しく言い争っているのは、私のせいだ。

 私がバイト先のコンビニで、店長を好きになってしまって……。


 私は、バイト先ではいつも店長と二人だ。……と言うか、店長は深夜を除くほとんどの時間でシフトに入っており、大抵、店長とバイトの組み合わせになる。だから、私だけ特別な訳ではないけれど、週に二回、土曜日と日曜日の昼の時間帯は、店長は私だけのパートナーだ。


 何処を好きになったか……?

 そう聞かれると、答えに困る。

 だって、爽やかな笑顔も、落ち着いた物腰も、いつも気遣ってくれる優しさも、すべてが好きだから……。

 私が何か分らなかったりすると、

「僕がやろうか?」

と、必ず声をかけてくれる。まるで、私が何を考えているのかを分っているかのように、ピンポイントで優しくフォローしてくれるのだ。

 私も店長の優しさに応えたくて、本人なりには一生懸命やってはいるけれど、バイトを始めて一ヶ月しか経っていないので、まだまだ至らないところが多い。

 でも、店長は私がミスをしても決して叱らない。

「次に出来れば良いよ。誰でもミスして成長するんだからさ」

と、ニコニコしながら諭すだけなのだ。


 ただ、私のことを良く分ってくれている店長にも、一つだけ知られていないことがある。

 それは、私が店長のことを好きなこと……。

 バイトから帰ってくると、裕美と彩乃のラインを読むことを忘れてしまうくらい、店長のことが頭から離れない。

 日曜の夜などは、

「これでまた一週間店長と逢えない……」

と、気持ちがブルーになる。


「ところで、遥香はいつからその店長が好きになったんだ?」

「いつから……、って、その……、一ヶ月前くらいかな?」

「んっ? バイトっていつから始めたんだっけ?」

「一ヶ月前……」

「それって、もしかして最初から好きだったってこと?」

「う、うん……」

「ほぼ、一目惚れ状態?」

「うん……」

「それで、一ヶ月、悶々と過ごしていたわけ?」

「……、……」

裕美は、口調は荒っぽいけど、本当は心の優しい子だ。今も、とにかく私の気持ちを最優先に考えてくれている。


「遥香のバイトしてるコンビニって、二丁目のファミマ?」

「ええ……」

「確か、そこって酒屋さんだったところね」

「……、……」

「私、そこの若主人さんだったら知ってるわ。確かに、遥香が好きになるのは分るかも……。スポーツマンなのに凄く爽やかな人よね」

彩乃は情報通だ。友人間のことから芸能情報、政治なんかにもうるさい。もちろん、地域の情報もクラスの誰よりも詳しい。


 もう、放課後になってからかなり経つ。部活の生徒以外は、皆、下校してしまっている。

 私達三人は帰宅部で、普段は放課後になるとすぐに帰るのだが、今日だけは私のために残ってくれているのだ。

 でも、さすがにそろそろ夜の帳が降りて来ていて、いつまでも二人を付き合わせるわけにもいかない。

 告白するかしないか……。二つに一つしか答えがないのに、当の本人である私はいつまでも迷い続けるのだった。


「でもさあ、告るにしても、その先はやっぱダメかな?」

「……、……」

「それって不倫になっちゃうからさ」

「不倫……」

「そうだよ、不倫だよ」

「……、……」

裕美が少し小声で指摘する。

 不倫の部分だけ、いやに声をひそめるのは、やはり不倫はいけないと言うことだからか?


「そうねえ……、不倫はいけないわ。遥香がそんなことをする人ではないのは知っているけど、そうなる可能性がないわけではないわよね」

「……、……」

「私は告白すること自体に反対だけど、もし告白しても、不倫だけはしないって遥香に約束して欲しいわ」

「不倫なんて……」

彩乃から約束を求められたが、私は即答できなかった。


 私の頭の中では、最初から告白するだけのつもりだから、不倫なんてことにはならないつもりであったが、それは店長から断られることが前提だったのだ。

 でも、二人が言っているのは、店長が私の告白を受け入れてくれた場合のこと……。

 受け入れてくれると言うことは、店長も私のことが好きだと言うことで……。そんな素敵なことになるはずもないとは思いつつも、もしそうなったら、私は店長の気持ちを拒めるのだろうか?

「遥香さん……、僕も好きだよ」

なんて言われたら、思い切り店長に抱きつきそうだし。


「とにかく、告るかどうかは、遥香が決めるしかないよな」

長い長い話を裕美が締めて、私達は下校した。


 告白するかしないかだけではなく、新たに、不倫を断ると言う甘酸っぱい課題が、私の胸に刻まれた。





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