第4話 前を向こう!
「は、遥香……。どうしたのその目は?」
「……、……」
「真っ赤に充血している上に、腫れぼったいわよ」
「実は……」
朝の挨拶もそこそこに、彩乃が指摘する。
めざといこの子の目を誤魔化すことは出来ない。
私は、彩乃に土曜日のことを話し出した。
いつもお寝坊の裕美は、まだ教室に姿を見せていない。
「そう……、奥様と会ってしまったの。奥様はどんな方なの?」
「美人で……、優しそうで……、性格が良さそうで……、気が利きそうで……、店長を立てる人で……、落ち着いた雰囲気の人」
「それでは非の打ち所がないわ。何かあるのではない? 悪いところとまではいかなくても、気になる点が」
「気になる点……。敢えて言えば、店長の奥様だってことくらい」
「あらら……」
「だって、高校生の私にも、ちゃんと深々と頭を下げて挨拶をしてくれるのよ。傲慢な感じもないし、この学校の女の先生の中にも、あんな良さそうな人はいないと思う」
彩乃は気の毒そうに私の方を見ている。
そう、私は何も悪いことをしていないけど、すごく可哀想な状態なのだ。
「でも……、遥香? 奥様と会ったのは土曜日だったのでしょう? 昨日はバイトがあったはずだから店長とも会ったでしょうし、ずっと泣いていたわけではないのでしょう?」
「うん……。土曜の夜は、ずっともやもやしているだけだったの」
「……、……」
「だけど、日曜にバイトに行ったら、店長に言われたの」
「何て?」
「奥様が、遥香さんのこと妹のように可愛がってあげてね……、って言っていたって」
「はあ……」
「それを聞いて分っちゃったの。奥様も私に好印象を抱いているみたいだけど、私も奥様のこと嫌いじゃない……、って」
「それで、どうして昨晩は泣いていたの?」
「だって、奥様のことを好きになったら、店長に告白するわけにはいかないじゃない。告白なんてしたら、奥様が困るでしょう?」
「……、……」
「だから、私は永久に告白してはいけないんだ……、って」
「……、……」
「気持ちも伝えられないまま諦めなきゃいけないんだ……、って」
「……、……」
「そう思ったら、涙が出てきて止まらなくなってしまったの」
「……、……」
よく考えてみると、私は彩乃に昨晩泣き暮らしていたことを言ってはいない。それなのに、容易に察せられてしまうのは、私がそれほどみずぼらしい顔をしているからだ。
出掛けに鏡をのぞいたが、そこに映ったモノを私の顔とは認めたくないくらい、不細工で哀れな顔だった。
「おはよう……」
HRが始まる直前になって、裕美は教室に入ってきた。
私の顔を見て何かを察したのか、彩乃と顔を見合わせている。
「コクって、ダメだったんだろう?」
「ううん……」
「ん? じゃあ、不倫か?」
「……、……」
裕美は、相変わらずズケズケと聞いてくる。
彩乃が慌てて裕美に説明してくれている。
もう一度同じことを言うのは辛いので、説明してくれるのは大いに助かる。
「そっか……、諦めたんだ」
「ええ、そう言うことみたいよ」
「遥香がそうするしかないと思うなら、それも良いかもな」
「私は最初から告白しない方が良いと思っていたから……」
「まあ、しばらくは辛いかもしれないけど、時が解決してくれるよ」
「あら、裕美にはそんな経験があるの?」
「彩乃みたいな幸せな奴と違って、普通の女子高生には色々悩みがあるモンなんだよ」
「私だって、普通の女子高生ですけど?」
「大学生の彼氏がいるのが普通とか言われたら、こちとら肩身が狭いよなあ……」
「うふふ……、裕美がそんな風に思ってるなんて、知らなかったわ」
「良いねえ……、幸せなお嬢様は……」
私は二人の掛け合いを、半ば呆然と聞いていた。
「バイトは続けるの……?」
「……、……、続ける」
「そんな傷心な状態で大丈夫?」
「だって、私が辞めたら店長も奥様も困るモン」
「まあ、心がけは立派だけど、それだとこれからも店長と向き合わないといけないわね」
「でも、私が店長を好きだってバレてるわけじゃないから、店長も、奥様も気にしないので大丈夫だと思う。私だけが我慢すれば良いんだし……」
そうか……。バイトを続ければ、想いを伝えられずに店長と向き合い続けなければいけないのか。
取りあえず続けると答えてはみたものの、私はそんなことまで考えなかったなあ。
彩乃はやはり何でもよく分っている。同い年なのに……。
「バレてないって、遥香は本気でそう思ってるのか?」
「えっ?」
「私達でさえ、最近の遥香が恋をしたことくらい気がついていたんだぞ」
「えっ? えっ? 何それ……」
「だってさあ、遥香って好きな人を思い浮かべてる時って、すぐに分るからさ」
「……、……」
「耳が赤くなって、目がトロンとしてて……」
「……、……」
「なあ、彩乃? 超分かりやすいよな」
彩乃は笑いをこらえながら肯いている。
そんな……、ウソと言って……。
好きなのが店長にバレバレじゃあ、これからどんな顔をしてバイトに行ったら良いか分らない。
「でも、考えようによっては、それって幸せなことじゃない? 遥香の気持ちは、告白しなくても相手に伝わっているのだから……」
「で、でも……」
「それに、妹みたいに……、って言ってくれたってことは、きっと奥様も気がついているわよ」
「……、……」
「つまり、遥香が店長を好きなことは、奥様公認ってことでしょう?」
「……、……」
そうは言うけど……。
彩乃が言っていることが本当でも、私の気持ちはどうなるの?
私はこれからどうすれば良いの?
「心配することないよ。遥香は今まで通りバイトに行って、一生懸命仕事して、店長にもいっぱい甘えれば良い」
「……、……」
「変に気を回す必要も、今までと違う必要もない。それで良いんじゃね?」
「……、……」
裕美はいつもより少し優しめに言って、私を見つめている。
「相思相愛の恋は、いずれするわよ。それまでは奥様公認で店長に恋をしていれば?」
「……、……」
「そんな、始まらないけどなくならない恋も、素敵だと思うわよ」
「……、……」
始まらないけど、なくならない恋……。
彩乃の一言が、私の心に染み入る。
そっか……。そう言うのもありかな?
ちょっと、まだ、釈然としないけど……。
HRが始まっても、私は店長のことを考えていた。
私が店長を好きなことは、今のところ変えようがない。
でも、それでも良いらしい。
う~んっ!
なんか、苦手な英語の授業も、今はイケる気がする。
月曜の朝だモン。
まだ始まったばかり……。
これから一週間、元気に頑張ろう!!
この恋、始まるのかな? てめえ @temee
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます