第3話 知りたくなかった
「プッ、プッー」
公園の側を通っていたら、突然、車のクラクションを鳴らされた。
付近には私以外の人影はないし、車も通ってはいない。
私は動揺しながら、帰宅している途中だ。コンビニを出てから10分も経つのに、まだ胸がドキドキしている。
頭の中は店長にどう告白するかしかなく、惰性で家を目指しているだけだった。
「プッ、プッー」
また、クラクションが鳴っている。
私は、クラクションを鳴らしている車に目をやる。
今、色々と考えているのだから、邪魔しないで欲しいと思いながら……。
車は、黒い軽自動車だ。背の高い軽なので、フロントガラスは広めだけど、逆光で乗っている人の顔は見えない。
車は、エンジンが点いたまま停車している。
私が車に気がついたからだろうか? 運転主席の方のドアが開いた。
「て、店長っ……!」
「遥香さん、お疲れさま。今、帰りかい?」
「はい……」
「今日はお休みさせてもらって悪かったね」
「……、……」
「明日は出られるから、よろしくね」
まさか、車の主が店長とは……。
用事が終わって帰るところだろうか?
平静を装ってはみたけど、内心はパニック状態で受け答えがぎこちなくなってしまっている。
こんな機会、滅多にないんだから、しっかりしなきゃいけないのに……。
店長は黒のスポーツウエアの上下を、オシャレに着こなしている。普段はワイシャツにネクタイをして、その上からコンビニのユニホームを着ているけど、スポーツウエアの方がより爽やかに見える。黒の上下だから、とても精悍な感じもするし……。
「ん……? ああ、この格好ね。僕は仕事の時以外はいつもジャージで過ごしているんだ。奥さんにはいつも、オジサン臭い……、って言われるんだけど」
「いえ、そんなことないです」
「そう? じゃあ、良かった。一応、スポーツマンだったから、ジャージが一番くつろげたりするんだ」
店長は私が見とれていたのに気がついたようだ。
私は、精一杯、気づかれないようにしていたのになあ……。
「テニスをやってらしたんですよね?」
「ああ、長谷川から聞いたのか。そう、学生時代はテニスに明け暮れていたよ」
「一生懸命打ち込めるモノがあるって素敵ですね」
「あはは、まあ、そうだね。でも、今ではしがないコンビニの店長だけどね」
「私も大学に入れたら、テニスサークルに入ろうかな?」
「テニスは良いよ、お奨めだね。もしサークルに入ったら、僕も教えてあげるよ」
「本当ですか?」
「うん、後輩がいっぱいいるから、教え方が上手い自信はある」
「や、約束ですよ」
「あはは、約束するよ」
「……、……」
「僕はいつでも店にいるからさ。声を掛けてくれれば個人的に教えてあげられるしね」
な、なんて理想的な展開になっているのかしら……。
テニスのコーチをしてくれる約束までとりつけられちゃった。しかも、個人的に教えてくれるって言うことは、もしかして……?
テニスサークルに入るだなんて、妄想がつい口から出ちゃったけど大成功だった。こんなにスムーズに話を進めるなんて、私、グッジョブ過ぎ……。
今、このまま告白したら、上手く気持ちを伝えられるかも……。
深刻な雰囲気にならずに、冗談めかして言えば、意外とサラッと受け止めてくれるかもしれないし。
告白するにしても、いつも店長は仕事中……。こんなプライベートで逢える機会なんて、当分巡ってこないかもしれない。
うん……、そうだ、今しかない。
出来るだけさりげなく……、そして、話の流れに紛れ込ませながら……。
……って、また、ドキドキしてきちゃった。
今だけで良いから、私の心臓、ゆっくり動いてくれないかしら?
「あなた……、この方は?」
「ん? ああ……」
突然、店長に話しかけた女性がいた。
私は話しに夢中だったから気がつかなかったけど、車から出てきたようだ。
あなた……、ってことは、この人が奥様かあ……。
「遥香さん……。これがウチの家内」
「ああ、この方が遥香さんね。主人がお世話になっております」
奥様は、高校生の私に向かって、丁寧に頭を下げられた。それに、お世話になっているのは私の方なのに……。
「遥香さんのことは、いつも主人から聞いていますわ。とても熱心に仕事をして下さるそうで……」
「……、……いえ」
「それに、とても良く笑うカワイイ人だって、いつも主人は申しております」
「……、……」
奥様は、凄く美人だ。ミセス向けファッション誌から抜け出て来たように、エレガントだし……。
それに、私に向かって話す言葉は、すべて気持ちがこもっている。なんと言うか、親戚のお姉さんと話しているように、やわらかく親近感の湧くしゃべり方だ。きっと、私を褒める言葉も、気持ちをそのまま言葉に出しているのだろう。
でも、私はちっとも嬉しくない。
だって、さっきまで告白しようと盛り上がっていた気持ちが、一気に冷めてしまったから……。さすがに奥様の前で告白するわけにはいかないことくらいは分っている。
「今日も、実家にいる私を迎えに来るために、主人を休ませてしまってごめんなさいね」
「実家……?」
「ええ、私はお産をしてから、実家で過ごしていたの。その前は遥香さんと同じ時間帯のシフトにも入っていたのよ」
「……、……」
「私が抜けてしまったのに、遥香さんが一生懸命助けてくれる……、って、主人は感謝しているのよ」
「……、……」
奥様が話している間、店長はニコニコしながらそれを聞いていた。
爽やかなスポーツマンである店長と、美人でエレガントな奥様……。
悔しいけど、並んで立っている二人は、お似合いの夫婦だ。
でも、奥様より私の方が……、……、……。
一生懸命、奥様より秀でたところを探すのだが、何も思いつかない。
私は、美人でもなければエレガントでもない。おまけに、心の中ではしょっちゅう悪態をつく性格の悪さもある。
さっき、カワイイと言ってもらったけど、それも女性として幼いと言われているようなものだし……。
あっ、一つだけある。
私の方が、奥様より若い。
……って、それがどうした? ってくらい、どうでも良いことだけど。
「あなた、遥香さんを送ってあげたら? 車ならすぐでしょう?」
「いえ……、私の家、すぐそこですから……」
私は、焦り気味にそう言うと、ペコリと頭を下げ、逃げるように二人の前を立ち去った。
車の脇を通り抜ける時、車中の様子が垣間見える。
運転席と助手席の間に、チャイルドシートが取り付けられているのが、チラッとみえた。
後ろで見送っているであろう、店長と奥様を振り返ることなく、私は小走りにその場を離れた。
別に、何も悪いことをしたわけでもないのに気持ちは後ろめたく、また、何故だかとても悲しかった。
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