僕は君を燃やそう 後編

 少女は今日死ぬ。きっと理由は誰にも説明出来ない。しかし、事実も変わらない。


「おはよう少年」


 最後のおはように少年は同じく「おはよう」と返す。何にも興味を示さない、冷たい顔で。


「なあ、今日の希望は無いのか?最後の日…だろ?」

「そうだなぁ、うーん、やりたいことはもう無いし、いつもみたいにダラダラしてるだけの休日というのも悪く無いかも」


 少女は伸びをしながら言うと、少年に笑いかける。それを見た少年はピクリとも表情を変えずにコクリと頷く。


 少年一人で朝食を食べ、少女はテレビを見る。いつもの日曜日。最後の日には少し相応しく無いかもしれないが、こういうのも良いのかもしれない。少年はそう思――


「良いわけないだろ……」

「ん?何か言ったかい、少年」

「こんなんで良いわけないだろ‼︎」


 それまで変わらない表情をしていた少年のいきなりの険しい口調と表情に、少女は驚き、目を丸くする。


「ど、どうしたんだ?少年?」

「君は何で最後の日は別に特に何も無くていいです…みたいに気取ってるんだ!良いわけないだろう!」

「え、き、気取ってるって⁈え、いきなりどうしたんだよ本当に…」

「やりたいことはもう無い?そんな訳ないだろ⁈言えよ!今日は感情剥き出しデーだ!とことんやってやるから覚悟しろよ‼︎」


 胸を張り、まるで別人のように声を張り上げる少年の気迫に押される少女。全く状況が分かっていない様子である。


「お、落ち着け?いや、すまなかったよ、昨日の疲れにやられてるんだろ?無理せずに休み」

「休まん‼︎」


 少女の言葉を遮るように少年が言うものだから、少女はその勢いに一歩退く。


「さあ‼︎僕と‼︎遊ぼう‼︎」


 少年が一言言うたびに、少女は一歩一歩下がっていく。だが、しばらくすると少女は諦めるように溜息を吐き、降参の言葉を口にする。


「ま、参ったよ…分かった、分かったから」

「なら、どこに行きたい?」


 少年は少女に顔をグイッと近づける。すると少女は、ほんのりと頬を赤らめ、行きたい場所を口にした。


 ****************


 電車に揺られること1時間、少年と少女は目的の場所に着いた。鳴り響くBGMに、巨大スクリーンが埋め込まれている建物、ちらほらとメイドの姿まで見える。知る人ぞ知る聖地。


「なあ、何でここに来たかったんだ?」

「いやぁ、テレビで見て一度で良いからあの歩行者天国に行ってみたいと思ってね」


 少年の胸ポケットの中で、少女の目はキラキラと輝いている。それは遊園地に行った時や大学に行った時の比にならない位に。


「何で最初にここに行きたいって言わなかったんだ?一番ここに来たかったんじゃないのか?」

「え⁈いや、そんなことは‼︎」

「嘘だ、その表情を見れば分かる」

「あ、あぅ…少年は鋭いな…」


 何かが胸に突き刺さったようなポーズを取りながら少女は道路を指差す。


「ここでの歩行者天国は日曜日だけなんだ…だから最初に言っても意味が無かったんだよ」

「はぁ、なるほど…けど君は朝は行きたい場所無いって言ってたよね?」

「え…いやぁ…それは」


 少女は口ごもる。そんな少女を少年はジーっと見つめる。すると少女は遂に白状した。


「だ、だって!少年が疲れると思ったから…き、昨日だって無茶苦茶に回らせたし…だから、ゆっくり休んで良いよって思って」

「………馬鹿なのか?小人の脳みそは小さいのか?」

「‼︎何それ⁈酷くないかい⁉︎」


 少年の言葉に少女は派手なリアクションを取る。すると少年は溜息をつき、ゆっくりと言葉を発する。


「あのなぁ、君はもっとワガママを言って良いんだよ、こんな時だからって訳でもないけど…自分のやりたい事を言って良いんだよ!」

「………少年、やっぱり変わったね、前だったらそんな言葉、絶対に聞けなかっただろうに」

「だとしたら変えたのは君だ、僕を変えられるのなんてこの世で君だけなんだからな、誇って良いぞ」

「へへへ、うん、誇るよ」


 笑顔を浮かべる少女に、少年は微笑する。


「よし、じゃあ散策するか!」

「うん、案内は頼むよ?少年」

「いやぁ…僕も来たのは初めてなんだが…」






 それから2人は様々な場所を巡った、ゲームセンター、ケバブ屋、クレープ屋。勿論、歩行者天国を通って。


「楽しいな少年!」

「あぁ、まさかゲームセンターで本当に景品が取れるとは…何のキャラだ?これ」


 袋の中に入っている箱を見て、少年は頭に疑問符を浮かべる。


「ごめん、私も分からない」

「…なら、なぜコレを狙った…」

「いやぁ、200円3プレイという誘惑に釣られて」


 だよな、という顔をしながら少年が少女を見る。すると少女は目を大きく見開きながら、近くにいる人物を見ているのが分かった。性別は男である。


 その男は、背中にアニメのキャラクターの人形のような物を背負っている。その人形は実にデカイ、デカすぎるが故に人形を背負っている男の足取りはおぼつかない。


「なあ少年、あれがコスプレというやつか⁉︎」

「いや、違うだろ」


 興味津々で聞く少女に少年はキッパリと答える。その時、人形背負いの男が倒れそうになる。


「おっと…」


 少年が男を支える。男自体もかなりの大きさのため、細身な少年はその重さに顔を歪める。何とか持ち直し、男が少年に礼をする。


「いやぁ、助かりました。ありがとうございます…って!その人形可愛いですね⁉︎」

「え?」


 礼に続いていきなり発せられたその言葉に驚きつつ、少年は自分の胸ポケットに目をやる。するとそこには、『固まっています!』と顔に書いているような少女がいた。


「あ、ええと…ははは実は人形集めが趣味でして…」

「え⁈本当ですか?拙者も人形集めが趣味で、よくこうして持ち歩いてるんですよ!」


 男はそう言い、背中のデカイ人形を示す。デカすぎると突っ込みたい少年であったが、苦笑いを浮かべることしかできない。


「ん?ところでその人形…微かに動いたような…」

「へ⁈いや!何言ってるんですか⁈疲れてるんですよきっと」


 少年は驚きの声を発し、男に背を向ける。


「そうでしたか…まあ、人形好きの者同士!この聖地で良き時間を過ごしましょうではありませんか!つきましてはこれからショップなどに…」

「え⁈あ、いや、僕は用事があるのでこれにて!」


 男にナンパされ、少年は一目散に逃げていく。その様子を見ていた胸ポケットの少女は堪えきれず、笑い声漏らす。


「くそぅ…何故こんな目に…」

「モテるな、少年は!はははは」

「嬉しくない…」


 少年は人混みの中に入り、男に見つからないようにその姿をくらました。






 その異変に気付いたのは、人混みを抜けた後であった。少女の呼吸が荒い。


「どうした⁈」

「す、すまない…急に苦しくなっきて…家に…はぁ…戻ってくれないか?」


 青ざめた顔で訴えかける少女を胸ポケットに入れたまま、なるべく揺らさないように、少年は駅へと急いだ。


 ****************


 家に着くと、少年は急いで少女をいつも寝ている小さいベッドへと運ぶ。横にしても少女の様子は変わらず、息が荒い。


「どうすれば……」


 何をすればいいのか全く分からない少年は困惑の表情を浮かべる。そんな少年を見て彼女は微笑しながら、弱々しく声を発する。


「君は…本当に……表情が変わるようになったな…うっ…」

「お、おい!無理に喋るな!何か必要なら短く言ってくれ」

「……そば…にいて…くれ…」


 その言葉を聞いた少年はギュッと口をつぐむ。そばにいる事しか出来ないという無力さが少年の心を締め付ける。


「気に病むなよ……18…それは…決まり…なん…うっぐっ…だ…」

「喋るなって…言って…」


 喋るなと言いたい少年だが、その言葉を止める。もう結果は変わらないのが分かっているからである。


「なあ、少年……私はこの家に来る前から……君を知っていた…んだ」

「なっ…何だよそれ、初耳だよ」

「ははは…言って無かったから…な…初めて見たのは…小学生の頃の君だ…」


 少女は何かを思い出すように目を瞑り、語り始める。


「私は、親もいなくなり…1人彷徨っていたんだ、そんな時に…ある小学校が……目に留まってね…楽しそうだって…そう思ったよ…けど、楽しそうにしてない子供が…1人いた…それが…」

「僕…」

「そう、少年だった……とても君に興味を持ったよ…何でそんなにつまらなそうに…してるのかって……けど、気づいたんだ……きっと、少年は何にも興味が無いんだって……」


 そのとうりであった。少年は何事にも興味がなく、常につまらなそうにしている。それは小学生でも同じであった。


「だから……私が…きっと、興味を惹き出す…って決めたんだ…けど…ごめん…私が興味を惹かれっぱなし…だった」

「そんなことない!僕だって…僕だって君に興味を持っていた!生まれて初めて誰かに興味を抱いた!こんな…こんな感情を初めて持った!」

「……なあ、少年…私は君に言わなくちゃいけない事が…あるんだ…」

「…僕もだよ」


 少女が目を開き、力なくも笑いながら少年に向けて言葉を発する。


「私は君のことが好きだよ」

 


 少女がそう言うと、少年は微笑し

 


「ああ、僕も君のことが好きだよ」


 と言う。その目には涙が浮かんでいる。


「おいおい、泣くなよ少年…死ねないじゃないか」

「う…ぁ…だったら、だったら死ななければっ…死ななければ良いじゃないか‼︎」


 少年は泣き叫ぶ、近所迷惑など微塵も気にせず、まるで運命の神に訴えかけるかのように。


「ごめんな…少年……それは無理だ…だから………守ってくれよ…」

「うっ…ひぐっ…わ、分かってる……」


 少年は目をこすり、涙を必死で拭う。そして赤くなった目で少女を真っ直ぐ見つめると、ハッキリと言葉を発する。


「僕は君を燃やそう」


 その言葉を聞いた少女はホッとした表情になり、再び目を瞑る。


「ありがとう…少年…」


 次の瞬間、まるで少女は本当の人形のように全く動かなくなる。その表情は人形のフリをしていた時とは違い、明るく、微動だにしない。


「うっぐっ…ぁぁぁああがぁ…」


 頭を抱え、泣き崩れる少年。声を上げ、その場にうつむきながらうずくまる。


「も、燃やす…うっ…うぐっ…約束…を…した…」


 少年は俯いたまま、右手を少女の方に伸ばすが、少女に届く手前で手が止まる。


「で…き…出来るわけないじゃないかぁぁぁ‼︎うぐっ…ぁっ…ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 少年は産まれたての赤ん坊のように泣き喚く。誰も止めなければ喉が潰れるのではないかというほどに。


「君が!君がいなくなったら僕はどうすれば良いんだ‼︎」


 少年は1人で叫ぶ。ただただ、叫ぶ。少女のことだけを考えて。


「ん?少年?」

「もうダメだ‼︎幻聴が聞こえる‼︎」

「どうした?大丈夫か?」

「もう!君無しじゃダメなんだ!助けてくれよ‼︎ぁぁぁ‼︎」

「本当にどうした?というか少年…?」


 その言葉に少年は伏せていた顔を上げる。そして、目の前の光景に言葉を失う。金色の長い髪をした少女が目の前にいる。かなりの美少女だ。しかし、少年が一番驚いたのは、少年とをした、小人の筈の少女が生きているところだった。


「え…あ…うあ…」

「どうしたんだい?あ行しか言えてないじゃないか?」

「な…んで…?死んだんじゃ…」


 少年がようやくまともな言葉を口にする。その言葉に少女はうーんと頭を悩ませる。


「なんでだろ?それよりも少年……君、小さすぎるよ?私と同じ位の身長じゃないか、なんで小人になってるんだい?」


 少年の周りの物の大きさは変わっていない。どう考えても大きさが変わったのは少女の方であるが、少女自身はそれに全く気がつかない。


「なあ…君から見て、僕は身長どれくらいに見えるんだ?」

「ん?私と同じ15くらいかな?」

「は…はは小さすぎるよ…」


 それを言うと少年は少女を抱き寄せ、率直な感想を言った。


「好きだよ」


 18歳になり少女は、少年の告白に答える。


「うん…私も…」


 少年は少女を見つめ、ぎこちないが優しい笑顔を作り、こう言った。


「誕生日…おめでとう」





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僕は君を燃やそう あんだんご @skuryu

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