僕は君を燃やそう 中編
土曜の遊園地とは途轍もなく混んでいるものである。ぼっち遊園地、子連れに、カップル…男女で来ているという点ではこの2人もそれに当てはまるだろう。
「少年、少年!あれはテレビで見たことがあるやつだぞ!めっちゃくちゃ下がってめっちゃくちゃ上がるやつだ!」
「ジェットコースターな……乗ってみるか?」
「そうだな!それがいい!」
初めての遊園地に興奮する少女、そしてその少女を少し深めの胸ポケットに大事に入れて園内を歩く少年。端から見れば少年は人形を外でも持ち歩いているイタイ奴だが、今の彼にはそんなことはどうでも良かった。
「しかし少年、あんな速度で落ちたら私は吹っ飛ぶのでは無いか?」
少女が首を傾け、少年に問う。そんな少女から少年は顔を背けながら答える。
「ずっと、握っててやるから…落ちないよ…」
少年の頬が少し赤くなる。それを見た少女の頬も。そして2人はジェットコースターへと向かい、乗った訳だが…
「いゃぁ…死ぬかと思ったよ…」
少女は若干顔が青ざめている。少年は少女から目を逸らし、何かを必死で忘れようとしている。
「いやはや…まさか…あんなに悲鳴を上げながら私を強く握る何て、死ぬところだった…」
「わ、悪かったよ、けど、そんなに悲鳴は上げてないし、実際は大したこと無かったと思うぞ?」
「もう一度乗る?」
「ごめんなさい、怖かったです…」
見栄を張っていた少年だが、少女の脅しに屈して事実を口にする。そんな少年を見て少女は可笑しいと言わんばかりに笑顔となる。
「ははは少年は感情を露わにすることが多くなったね」
「そうか…?」
「そうだよ、出会ってからしばらくはまるでずっとお面を被ってるみたいだったよ」
「そう見えてたのか?けど、それなら今もそんなに変わらんと思うが」
「いや、だって昨日…あんなに感情を剥き出した少年の声は初めて聞いたよ」
少年は自分の髪をガシガシと搔きむしる。その姿は何かを恥ずかしがっているようにも見えなくない。
「ふふふ…選べっつってんだよ!」
「う…やめろよ…若干黒歴史化してきてるんだから…」
「そう?カッコ良かったと思うけど?」
そう言って微笑む少女の顔を見て少年は照れるように、また髪を搔きむしる。
「禿げるよ?」
「…うるさい…」
遊園地のアトラクションを1日で全て制覇することは不可能である。少年は少なからずそう考えていたが、少女はそう考えていなかったらしく、少年は1日中休むことなくヘトヘトになりながらも、少女の指示に従いアトラクションを回りつづけた。
「お、おい…そろそろ閉園だぞ?流石に無理じゃ無いのか?」
「何言ってるんだい!あとたったのひとつじゃ無いか!」
うな垂れる少年に向かって少女が喝を入れ、アトラクションに向かうように促す。
「というか…何でここが最後なんだよ?」
最後のアトラクションに着いた少年が疲れの色を見せながら少女に問いかける。
「いやいや、少年!ここが最後なのは定番中の定番だろ!」
「そうなのか…?観覧車のどこに最後に乗る要素があるんだ?」
「……それくらいは分かっときなよ」
そう言い、ふてくされる少女を手で隠すようにしながら、少年は観覧車に乗るために、人がまだ若干並んでいる列へと足を進める。
「――次の方どうぞ」
係員の指示に従い、少年は観覧車の中に入る。少女は必死で人形のフリをしているが、何となく危うい感じがあるのは、その硬い表情故だろうか。
「おい、扉も閉まったし、もう動いてもいいぞ?」
動き出した観覧車に身を揺られながら少年が言うと、少女はまるで今まで水の中にいたかのように息をプハーと吐き出す。
「いやぁ…やっぱり動かないのは辛いね…」
「そうみたいだな、前の人はその辛そうな顔見て本当に生きてるみたいって言ってたぞ」
「え⁈本当かい?結構頑張ったのに!」
「……まあ、それは認めるが…もうちょっと表情どうにかならないのか?」
「へへへ……それよりも少年、私を向かいの席に置いてくれないか?」
「ん?別に構わないけど、下の景色見えないだろ、あの椅子の高さじゃ」
「いや、上の景色が見えるからいいんだ」
その言葉を聞き、胸ポケットに潜ませていた少女を少年は向かいの席に置く。
「いやぁ、月が綺麗だね」
「ああ、死んでもいいな」
「…?何を物騒なことを言っているんだ少年は…」
少年の『死んでもいい』の意味は本当に死んでも構わないという意味では無いのだが、その意味が分からない少女は首をかしげる。
「いや、別に、本当に綺麗だと思うぞ、今日は満月だから特に」
「そうだな、満月だ。私が見る最後の…」
その言葉に、月を見ていた少年は視線を少女に移す。その時、少年の目に映りこんだのは、今にも泣き出しそうな少女の顔であった。
「……なあ、何で死ぬなんて分かるんだ?僕は君が嘘をついているとは思わないけど、何故君がいきなり死ぬと言ったのか分からないんだ」
「はは……猫だって死ぬ時は察して、人がいないところに隠れるんだ、私だって分かっても不思議じゃないだろ?」
「君は猫じゃ無い」
「…確かに私は猫じゃない…けど、分かるんだよ、教えてもらったしね」
「教えてもらった?誰に?」
少年は微かにだが、驚きの表情をする。普通の人なら見逃すほどの変化であるが、少女はそれに気づく。
「私が他の人と話したことがあるのがそんなにも不思議かい?」
「いや、まぁ…1年前からの君しか知らないから、それ以前のことなんだろうけど、他の人と話したことがあるなんて、意外というか…」
「ああ、いや違うんだよ、他の人間では無いというか…君と出会う前、親に聞いたんだ。18歳の誕生日にあなたは死ぬって」
「18歳……?」
少年は驚愕した、その年齢ではなく、親から聞いたという方である。もし小人が全員18歳で死ぬとするなら、母親はいつ、この娘を産んだのか?そんな疑問が少年に纏わりつく。
「君の母親はその話をした時、いくつだったんだい?」
「うーん、16歳…だったと思うよ、そして18歳でこの世から姿を消したんだ。それがしきたりだって」
「しきたり?」
「うん…小人がいる証拠を消す…それがしきたり」
少女は未だに泣き出しそうな顔をしているが、少年の顔をまっすぐ見据えるとフッと笑い、こう言った。
「なあ少年、死んだら私を燃やしてくれないか?」
それを聞いた少年は全てを理解する。小人が今まで発見されなかった理由、最後に観覧車に乗った理由、そして自分が少女に抱いている感情も。
少年は答える。顔を曇らせながら、しかし、しっかりと意志を持って。
「分かった、善処する」
「――ありがとう少年」
その言葉と同時に観覧車が止まる。
「本当に死んでしまいたい」
そう言い、少年が観覧車の外を見た時、月は雲に隠れ始めていた――
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