僕は君を燃やそう

あんだんご

僕は君を燃やそう 前編

「私は君のことが好きだよ」


 少女がそう言うと、少年は微笑し


「ああ、僕も君のことが好きだよ」


 と言う。両思いの2人、しかし2人は結ばれない、なぜならそれが運命なのだから。


 ****************


 少年は何事にも興味が無かった。勉強、スポーツ、娯楽、そして恋愛。彼は何一つとして興味を示さない。


 しかし、彼がこの世で最初に興味を示したであろう存在が現れる。それは小さく、可憐な少女であった。何事にも興味を示さなかった少年は驚きの顔をする。


 金髪の長い髪をした少女である。純白の布1枚で出来たような服を身にまとい、優しい笑みを浮かべている。


 顔の造形、そのたたずまい、全てにおいて美しい彼女であるが、少年が興味を惹かれたのはそんなところでは無く、その容姿であった。


 身長は15センチ位であろうか、手のひらに乗せられるサイズの少女である。初めて見た時、少年は彼女を人形と勘違いした。しかしながら少女がいきなり話しかけたことにより、それは生きていると少年は理解する。


「今、住処すみかを探しているんだけど…少年、私を家に住まわせてくれないか?」


 いつもは表情をほとんど変えない少年であるが、この時は目を丸くして驚いた。だが、少年は直ぐにいつもの顔に戻るとおもむろに口をひら


「どうぞ…ご自由に」


 と、興味無さげに言った。



 ****************



「いやぁ、少年!それにしてもあの時はよく、二つ返事で了承してくれたね!色々と同情をひく方法を考えていた私がバカみたいではないか」

「……別に、美少女が家に泊めてと言っているのに断る男はいないだろ」

「きゃっ!少年!泊めて何しようとしてたの?」


 そう言うと少女は体をくねらせる。


「いや、君君きみきみ、もう1年ほど一緒に暮らしているけど、僕は一度も君に手を出していないよね?」

「うーむ…いや、全くその通りだね!君は誠実というか、臆病というか、いや…というかそういうことに興味がないのかな?」

「……ほっといてくれよ、それよりも論文の提出が近いんだ、静かにしてくれないか?」

「はははは、大学生は大変だね!少し手伝ってあげたいほどだよ!」

「なら、静かにしてくれ…」


 少年は呆れた顔でそう言うとケータイを取り出し、何かを打ち始める。


「何を調べているんだい?いや、それはメモ帳かい?」


 静かにしろと言われても黙らずに少女は喋り続ける。少年はそれを無視し、ひたすらに文字を打ちこむ。


「へぇ、何々?小人こびとについて…?え⁈少年!もしかして私のことを論文にするつもり⁈」


 そう言い、驚愕の表情を浮かべる。そのリアクションの五月蝿うるささに耐えきれなくなった少年がつぐんでいた口をひらく。


「君のことは書こうとしていないよ……ただ、君のことを調べるうちに小人について詳しくなっちゃったから、それを論文にしようとしてるんだ」

「あ〜はいはい、そういえば少年は私が来た時、特に興味ありませーん、って顔しながらも必死に小人のこと調べてたっけ?」

「…昔のことは良いんだよ、それに君の正体は結局掴めなかったし…君は何も教えてくれないし」


 そう言うと、溜息をつき少女の方を見る。その顔を見た少女はにこりと笑うと


「教えてあげよっか?」


 と言った。これを聞いた少年は思わず手に持っていたケータイを落とす。


「は?いや、何言ってるんだよ、今まで色々と聞いてきたのに全く教えてくれなかったじゃないか!」

「いやぁ…状況が変わってね、ちょっと言わなくちゃいけないことが出来たんだ」

「ん、なんだよそれ?」

「実はだね……」


 一瞬、少女の表情が曇る。そして微笑しながら


「私、3んだ」


 そう言った。その言葉を聞いた少年は少女から視線を外す。


「そりゃ……残念だな」

「ははは、思ったよりも動揺しないね、少年らしいと言えば少年らしいか…けど死んじゃう前に色々とやっておきたいことがあるんだ」


 そう言い、少年の服を引っ張る。


「なんだ?ものによっては叶えられないこともないけど…」

「行ってみたい場所があるんだ、少年も知っているところだよ」

「僕が知っている?あまり外出はしないから場所は限られると思うが…」

「ほぼ毎日行ってる場所だよ、今日もこれから行く予定なんだろう?」


 ――大学、その文字が少年の脳裏をよぎる。


「大人しくするからさ」


 少女は手を合わせて少年にお願いをした。





 大学構内で少女は目を輝かせていた。


「うわぁ…ここが少年の通っている大学かぁ…!」

「おい、あんまり動くなよ、気づかれたら大変だからな」

「分かってるって、リュックの中からは出ないさ」


 リュックのファスナーを少し開け、そこから少女は顔を出して大学を見ている。


「はぁ…これじゃ僕が人形大好きで大学まで持ってきてる人みたいじゃないか」


 そう言いながら溜息をつく少年に向かって「はははは」と少女が笑う。




「御機嫌よう」


 男でありながらもお嬢様言葉で挨拶をする変わった教授が講義を始める。それを聞きながら少年はメモを取っていき、白いノートはどんどんと黒い文字で埋まっていく。


「楽しいかい?」

「…いや別に、普通」


 少女の問いかけに少年は短く答える。


「……そっちは?」


 今度は少年が問いかけると少女は笑顔で答える。


「楽しいよ」





 それから90分みっちりと講義を聞き、やることがなくなった少年はとりあえず構内をぶらつく。


「次はどこ行く?何か希望があれば聞くけど」

「うーん、少年はいつもどこ行くの?少年がいつも行ってる場所に行きたいな」

「そう…か、まあ大体は次に講義が無いと食堂に行くけど…君は何も食べないしな…」


 少年はおもむろにリュックを自分の前に置き、少女の顔を見る。


「うん、まあ確かに私は何も食べられないけど…うーむむむ…いや!行こう!食堂とやらに!」

「そうか…分かった」


 少年は再びリュックを背負うと、食堂に向けて歩き始めた。






 券売機にお金を入れ、赤く点滅したボタンを選んで押すと、食べ物を注文する為の券がそこから出てくる。


「少年!少年!何を選んだんだい?かなりの種類があるように見えるが、どれも美味うまそうでは無いか」

「……わないのに美味そうとかは分かるのか…?僕が頼んだのは、だよ」

「またか!少年はカレー食べすぎだよ!」


 家でも高確率でカレーを食べる少年に向かって少女が鋭い突っ込みをいれる。


 食堂のおばさんに券を渡し、代わりにカレーを受け取ると、少年は空いている席を見つけ、椅子にリュックを置き、その向かい側の椅子に座った。


「召し上がれっ」

「いや、君が作ったんじゃ無いだろ」


 少年はそう呟くとスプーンでルーとライスを適量すくい、口の中にいれる。その様子を少女は笑顔で見守る。


「……食べにくいんだが」

「ははは、お構いなく〜」

「いや、構うのだが…」


 そう言いながら少年はカレーを頬張る。カレーはみるみる無くなっていき、5分くらいでカレーの入っていた容器はからになった。


「ごちそうさまでした…」

「はい、お粗末様でした」

「…いや、だから君が作ったんじゃ無いだろって…」


 空になった容器と、トレイを持ち、少年は立ち上がる。


「ちょっと片付けてくる、大人しくしてろよ?」

「はーい」


 そう答えるとファスナーから手を出し、小さく振る。


「はぁ…動くなって言ってるのに…」


 少年はそう呟くとそそくさと食器を片付けに行った。





――帰ってきた少年は愕然とした表情をする。少女、いや、リュックごと席からなくなっていたのである。


「っ‼︎どこ行きやが……いや…リュックも無いってことは誰かに持ってかれたか⁈」


 少年は食堂を飛び出し、一目散に走り出す。


「くそっ、どこだ?どこにいる⁈」


 一旦止まり、辺りを見渡すが、少年のリュックらしきものは見当たらない。奥歯を噛み締め、少年は再び走り出す。


「まさか、ばれたんじゃ……だとしたら早く……」


 その時であった、リュックを背負い、さらにもう一つ、右手にリュックを持っている男を発見する。そのリュックを目を凝らして見ると、それは少年のリュックそのものであった。少年はその男の方へと走っていく。


「お前‼︎」


 そう叫びながら少年は男が持っているリュックを勢いよく奪い取る。


「な、なんだ⁈き、君は!」


 少年はその言葉を無視し、リュックを開けて中を確認すると、震えながら膝を抱える少女の姿があった。


「しょ…少年……」


 涙目で少女が少年を見つめる。少年は男を睨みつける。


「おい、お前…殺されるか、今すぐ僕の前から消えるか選べ…」

「ひっ⁈い、いや…そ、その人形が動いているように見えたから…そ、それで…」

「選べっつってんだよ!!!!!!!」


 周りに聞こえるような大きな声で少年が男を怒鳴りつける。すると男は額に汗を垂らしながら「ひぃぃ」と声をあげて逃げていった。


 少年はリュックを閉め、背負うと、黙ったまま大学の出口へと向かった。



 ****************



 そのまま真っ直ぐ家へと帰った少年は、自分の部屋に入ると初めてリュックを開ける。そこには未だに目に涙を浮かべている少女の姿があった。


「ごめん……怖い思いさせた、僕が離れなければ良かったのに…」


 少年は少女に謝罪をする。それに驚いたのか少女は少年の方に身を乗り出し


「ち、違うだろ…少年は悪く無い…動くなって…言われたのに、動いてた私が悪いんだ…」


 そう言い、顔を曇らせる。少年は口をギュッとつぐんでいたが、何かを決意した顔つきになると、少女を見つめてこう言った。


「なあ、明日……もう一度僕にチャンスをくれないか?」


 その言葉に少女は目を丸くし、しばらくすると微笑み


「……はい」


 小さいが、はっきりとした声でそう言った。







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