epilogue
──7月8日09:20 共同墓地──
「マリーさん、遅くなってごめんなさい」
白い十字架が綺麗に立ち並んでいる墓地の一角。一つの十字架の前に居る。
彼女はその墓前に膝をついて、十字架の下に花を添える。黄色とオレンジ色のマリーゴールドをそれぞれ用意した。彼女の名前に似た花を毎年こうして添えている。そして家で彼女の得意だったキッシュを作って食べるのが、7月1日の行事でもあった。今年は当日に出来なかったが、ようやく来ることが出来た。
「マリーさん……今年からは私が、このお花を届けに来ますから……楽しみに……グスッ──」
十字架に向かって話しかける彼女は次第に言葉を詰まらせていき、決壊したダムの様に涙を流して泣き始めた。
「ごめんなさい……私、貴女の代わりに……ディオ君の面倒見るって……決めたのに……なのに……ロジャーさんまで──」
「その言い方だと、俺まで死んだみたいじゃないか……」
嗚咽を漏らしながら言葉を紡いでいるところに割って入る。残念ながら、俺【ロジャー・ラッセル】は健在だ。
「でも……ロジャーさんばっかりあんまりですよ……マリーさんの次はディオ君だなんて……それにその脚まで──」
そう言ってさらに大粒の涙をこぼすロザリー。その後ろで、俺は車椅子に腰掛けている。
あれから1週間、街はほぼ元通りとなった。といっても大した被害は殆ど無かったのだ。あの男の狙いが息子であったことが幸いしたのか、近隣住民の死者はいない。多少の怪我人と混乱は起こったが、それは迅速な対応をした警備課の職員によってすぐさま沈静化したという。
一方の俺は、あの場で意識を失った後、駆けつけた仲間によって病院に搬送されて入院していた。左脚は膝から下が義足になる予定になっている為、まだしばらくは入院しなくてはならない。今回は一時的な外出許可を貰って、ここに足を運んだという流れだ。
今回の事件は急性的に鋼魔病に発症した男性の突如の暴走といった具合で報道されたが、物的被害、人的被害も少なかったため3日と待たずに報道されなくなった。
ただ1人の行方不明者の安否も含めて──
「ロザリー、そんなに泣かなくても大丈夫だよ。きっとディオは生きているから」
「グスッ──なんで、なんでそんな事分かるんです?──」
頬を涙で濡らし、泣きじゃくりながらコチラをこちらを向く。まったく、可愛い顔が台無しである。
「分かるさ。こうしてしぶとく生き延びている男の息子なんだ。簡単にくたばる訳はない」
ロザリーはまだ理解できないといった表情でいたが、泣くのは堪えてくれるようだ。涙を拭い、俺の横に並ぶ。
「マリー」
多くは語らない。きっと君は、君なら分かってくれているはずだと信じている。
優しく吹き抜ける風に想いを馳せ、ゆっくりと流れる雲を眺める。すると横にいたロザリーはまたも涙を流し始めた。
「ロザリー……」
「だって……だって、やっぱり悲しいじゃないですか。家族なのに──」
そう言いながら涙を拭うロザリーを見て思う。
「大丈夫。俺は、独りじゃない」
「へ?……何か言いました?」
小さく独り言のように呟いた言葉は、彼女の耳には届いてなかった様だ。
こんなにも、涙を流してくれる人が隣にいて、それでも独りだと誰が言えるのだろう。
「そろそろ行こう。ロザリー」
「分かりました」
ロザリーは後ろに周り、車椅子を押す。いつか必ず息子と共に会いに来ると、心の中で誓いながら、ゆっくりとこの場をあとにしていく。
「ロザリー」
「何ですか?」
後ろで車椅子を押す彼女ロゼリアは、ディオにとっても姉のような母親のような存在であった事だろう。俺にとっても、もう他人のような感覚はない。この15年、彼女の支えが1番大きかったように思う。そんな彼女は、これからも今までのように俺達の傍に居てくれるのだろう。
そんな心優しい彼女なら、君も許してくれるだろうか──
「退院祝いは、例のキッシュでお願いね」
「はい! もちろんです! あ、食後のデザートにもれなく私が──」
「──食べないよ」
「ええーなんでですかぁ〜もう……」
心の傷は消えない。おそらく、一生背負わなくてはならないかもしれない。
それでも時は流れ、日々の平穏が痛みと哀しみを包み込んでいく。
──
その日常を、俺達はこれからも護り続ける──
Peace Keeper 毛糸 @t_keito_k
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