episode14


 ──7月1日21:11 G地区工業特区入口付近──


「はぁ……」


 壊れたバイクにもたれ掛かりながら、手の中で拳銃の具合を確かめる。正直、もう身体も大きくは動かせない。腕を上げるのがやっとといった所だろう。思った以上に意識が遠のいていくのが早い。痛みは無いが、これが薬のおかげなのか、それとも命の灯火が消えかかっているのかは分からない。


 どこを見るでもなく、視線をさまよわせていると目の前に影が落ち、何かが俺の胸ぐらを掴み上げた。


「公安局の討伐課も、以外とやるじゃあないか。ロジャー・ラッセル、やはりアンタは危険だ」

「なんだ……俺のことも知ってたのかよ。え、えらく有名になったもんだな」


 どうやら、俺の事まで知っているらしい。討伐課の事も、いったいどこまで知っているのかは分からないが、これだけは間違いない。


 内部に内通者がいる──


「残念ながら子供は逃したかもしれないが、ここでアンタを殺せば、文句は言われないだろう」


 そう言うと、胸ぐらを掴んでいた左腕を高く掲げて、右手を鋭い手刀の形に変える。


「さようならだ。ロジャー・ラッセル」

「あぁ。さよならだ──」


 男の右手が動き出す前に、右手に持った【アストレア】の銃口を男に向けて引き金を引く。


「っ!? な……!?」


 左眼が見えていなかったおかげか、この拳銃までは警戒されなかったのだろう。もし見えていたとしてもたかだか拳銃リボルバーごときで自分が傷を負うなんて想像すらしていなかったのかもしれない。

 だが放たれた弾丸は、ヤツの漆黒の鎧を貫き左脇腹に穴を開けた。


 男は予想外の痛みを受けて、俺の胸ぐらから手を離し、数歩後退しながら膝をついて銃創を抱え込むようにうずくまる。

 対する俺は自由落下して背中をバイクに打ち付けながらも地面に腰を落とした。


「なん……で……」


 男は訳が分からないといった表情で俺を睨む。


「生憎、コイツの弾はでな、本当は使いたくなかったんだが……」


 両手で支えるように拳銃を構える。いくら力の入らない身体でも目と鼻の先にいる相手を外すことは無い。それに、この弾は大事な物だ。絶対に外さない。


 斬裂き魔リーパーの鋼は強固だ。小さな拳銃や小銃のような火力の武器では歯が立たない。だが一つだけ、たった一つだけそれを可能にする手段がある。それは──


 ──奴らと同じ素材を使うこと──


 それが、俺達討伐課のみが使用を許されている。対斬裂き魔用兵装仕事道具、シリーズ名:【ブラックロータス】


 眼には眼を斬裂き魔には斬裂き魔を


 奴らと対等に戦う為に作られた唯一の、漆黒を纏う兵器だ。【スターオーシャン】もそれに該当するが、いま手元には有効打を与えられる漆黒弾ブラックバレットが無い。


「貴様ァ……」


 男が立ち上がろうとする。そこへすかさず、漆黒の弾丸を脚へと叩き込み再度膝をつかせる。


「ぐぁ──なんで……最初から使わなかった……」

「言ったろう? 本当は使いたくなかったって」


 未だ疑問の消えない表情の男は、さらにその色を濃くしていた。最初からコレを使っていれば、こんなザマにはなっていなかったかもしれないが、それでもコイツは使いたくなかった。


「この弾は、大事なの形見なんだ。そう簡単に使えるかよ……」


 この拳銃に装填された6発の黒い弾丸は、鋼化したマリーの心臓から作ったものだ。故にこの6発しか存在していない。


『私の身体を武器にして欲しい』これはマリーの遺した、二つの願いのうちの一つだ。何故一般人だった彼女がそんな事を言い出したのかは、あの時の彼女にしか分からない。その言葉に従って、マリーの心臓を弾丸に変えた。それ以外は無論墓標の下だ。


「さよならだ──」


 男の眉間に向けて、3発目を放つ。その衝撃で頭が空を仰ぐ様に上を向き、やがて力なく地に伏せる。


 もう身体に力が入らない。もしこれでも生きているようなら今度こそ、俺がこの世とさよならする番だろう。だが、意識の方も限界だった。もう目を開けている事すら億劫になってきた。


「マリー……」


 瞳を閉じて、その裏に彼女の姿を思い浮かべる。


 肩の上で切りそろえられたフワリと揺れる銀色の髪、蒼天を思わせるような澄んだ瞳、滑らかな絹のような肌、艶やかな唇。

 15年経っても、色褪せることのない彼女の姿


「……ありがとう……」


 遠くから動力炉リアクターとサイレンの音が聞こえてくる。だが、その音を間近にする前に俺の意識は遠退いていった──


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