episode13


 ──7月1日19:38 G地区工業特区──


「それは困る、非常に困る」


 そうボヤきながらゆっくりと身体を起こしている。まだ息があったらしい。口ぶりからして、コイツはさっきの話も聞いていたようだ。ならば俺達の行動も妨害してくるだろう。尤も、目当ての息子もここに居る。狙われない理由は無い。


「悪いな……」


 そう言ってゆっくりと男に接近する。男はまだ膝立ちの状態だ。ダメージは相当のものなのだろう。

 残りおおよそ1メートルといった距離で止まり、肩越しにショットガンを構える。


「アンタはここで終わりだ──」


 躊躇うことなく、その胸に銃口を向けて引き金を引く。


【ライオットX8】

 ガス圧式セミオートマチックショットガン。マガジン装備の8連射可能の帝国軍採用モデル。射程は短いが、有効射程内でのその制圧力はアサルトライフルを上回る。


 銃口から放たれた無数の鉛玉は、十分に拡散する前に対象の胸付近に着弾する。男の身体は、その威力に負けて飛ばされるようにして仰向けに倒れる。


 立て続けにその横たわる黒い塊に向けて引き金を引く。弾かれるように男の身体が跳ねる。続けて引き金を引く、引く、引く、反動でずれる照準を調整しながら、さらに引き金を引く、引く、引く、残弾全てを叩き込む。

 マガジンを取り替えて再装填リロードし、さらに8発を叩き込む。


 鉛玉の豪雨を受けて、胸の真ん中を陥没させた男の身体は動かない。


「行くぞ──」


 すぐさま振り返り、2人を連れて部屋をあとにする。


 ✱✱✱


 ──7月1日20:21 G地区工業特区入口付近──


「見えたぞ!」


 視界にエアバイクを捉える。見たところ無事なようだ。コレで移動の手間が省ける。


「ねぇ、これ2人乗りじゃないの?」


 アルミラがバイクをジロジロと見ながら聞いてくる。その懸念のとおり、コイツは2人乗りしか出来ない。だが、今はこれしかない。


「子供と女で1人分だ。アルミラの尻が俺の目測よりでかくなければ問題無い。ほら──」

「なっ!? どこ見てんのよオッサン!──っとと──」


 コチラを睨みつけるアルミラにショットガンを投げつける。


「使い方は分かるか? バックパックに予備の弾倉がある。念のため、持てるだけ持っておけ」

「大丈夫よ。私が後ろで見張りってわけね」


 そう言って、バックパックを漁り始める。


「父さん……」


 ディオが心配そうな目でコチラに近寄ってくる。勝手に決めてしまったが、これしか無い。安全な日常からは遠ざかってしまうが、日々怯えて暮らすよりもいいはずだ。そして何よりも、これ以上家族は失いたくない。


「すまん、ディオ。不安かもしれんがお前の病も治せるかもしれない。俺も一緒だ、何も心配することは無い」

「うん……分かった」

「いい子だ──」


 未だ表情の暗い息子の頭を撫でる。


「早く後ろに乗れ、コイツだとビーコンで行方を追われるから別のに乗り換え──っ!? ディオ!──」

「え?──っ!?」


 視界の端から何かが急接近してくるのを捉えて反射的に、俺の後ろに乗ろうとしていたディオをバイクの影に隠すように押し飛ばす。


 猛スピードで向かってきた物体は、バイクに突き刺さり、跨っていた俺の左脚、膝から下を両断した。


「痛──あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!──」

「父さん!!」


 ショック死しそうな程の痛みに耐えられず、もがきながらバイクから転げ落ちる。


「ふぅ──は──はぁ──はぁ」

「父さん! 父さん!」

「落ち着け! まだ死んでない!」


 今にも気を失いそうになるのを堪えて、ベルトを外して太股を締め上げる。


「ディオ、そこどいて!──」


 アルミラが駆け寄って来る。その手にはバックパックの中に入れておいた注射型の鎮痛剤だった。ソレを勢いよく左太腿に叩きつけるように突き刺す。


「痛っ!?」

「次は縛るから、我慢してよ!──」


 そう言うと、縛っていたベルトを手に持ち、太股を引き千切る様に容赦なく縛り上げる。


「いったい、何が……っ!?」

「ぐっ──痛──アルミラ?」


 アルミラはバイクの向こう側を見て絶句していた。


「アイツ……まだ生きてたの!?」

「な……に……」


 バイクに手をかけ、よじ登るようにして向こう側を除く。その視線の先には漆黒の鋼を鎧のようにその身に纏った男の姿があった。その胸には銃弾の跡は跡形もなく消えていた。ゆっくりとコチラに歩いてきている。


「で、これを投げつけたってわけか……」


 視線を下へと流す。そこにはバイクの腹に深々と、鋭い刃の並んだ丸鋸が動力炉リアクターまで届いていた。これでは動かすのは無理だ。


「どうするの? このショットガンって結構な威力だったわよね? これでダメだとそっちのライフルならどうなの?」


 ショットガンを男に向けたままこちらの様子を伺っているアルミラの横顔は少しばかり青ざめている。だがそれも無理もない。あれほどの弾丸を浴びて、それでもこうして目の前で立っているのだ。そんなバケモノを見れば誰だってそうなる。


「……悪、いが……コイツでも無理だ。威力は対して他のと変わらん。だが、まぁ……」


 そう言いながら背中に手を回して相棒スターオーシャンを構える。バイクを三脚代わりにして踏ん張れない脚の代わりに照準を安定させる。


「やってみるか──」


 随分と血を流してしまったのだろう、頭が少しぼんやりとしてしまう。だが痛みは無い。それにコイツなら、一瞬でも狙いがつけられればいい。チャンスはある。


 スコープを除き、倍率を調整しながら狙いを合わせる。相手は全身鋼の鎧につつまれている。普通ではあれば狙いどころなど無い。


 深く息を吸い、ゆっくりと吐きながら狙いを定める。撃ち抜くのは奴の紅く輝く双眸。流石に眼までは鋼化できないはずだ。


「っ!──」


 照準と紅眼が重なった瞬間に引き金を引く。その瞬間、電磁誘導によって銃口から放たれた1発の弾丸は即座に、男の左眼を貫いた。


「やった! 凄い!」


 横でアルミラが感嘆の声を上げている。それを横目に見ながら、後ろに控えていたディオへと向き直る。


「ディオ……これをお前に預ける」

「父さん……?」


 2つの指輪がぶら下がったネックレスをディオへと差し出す。ディオは未だ意味が分かっていない様だ。



「鋼魔病を治したら、これを返しに来い」

「っ!? そんな──」

「見たらわかるだろう? この脚じゃ無理だ。流石に外まではついて行けない──」


 そう言ってネックレスをディオの胸へと押し付ける。


「ディオ、アルミラ。エアポートの外れにある18番格納庫、そこに1機とっておきのが置いてある。それを使え」

「アンタはどうするの?」


 アルミラが真剣な表情でコチラを見ていた。その蒼い瞳が、真っ直ぐに俺を睨んでいる。


「返しに来いって言ったんだ。こんな所で死なねぇよ──っと!──」


 バイクにもたれ掛かりつつ、半ば適当にスタングレネードを投げる。効果があるかは分からないがこんな状況だ。使える物は使っていく。


「時間を稼ぐ。それにこっちの仲間もそろそろ来る頃だ。お前らにもあまり悠長にしている時間は無いぞ」


 アルミラは少しばかり黙り込んでいたが、意を決したように立ち上がった。


「分かったわ。彼は必ず私が送り届けるから、あなたも約束は果たしなさいよ。ディオ、行きましょう──」

「父さん!──」


 アルミラがディオの腕を掴み上げて連れていこうと立ち上がらせる。ディオもそれに抵抗する様な素振りは無い。きっと理解はしているのだろう。納得はしていないかもしれないが──


「またな、ディオ」

「っ──必ず! 返しに来るから!──」


 その言葉を置いて、2人で走り去る。

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