episode12
──7月1日19:18 G地区工業特区──
「父さん、これは……違うんだ! その……」
ディオは焦点の合っていない視線をさ迷わせながら、黒鋼と化した左手を隠すように抱いていた。
これが、この都市で俺を含めて2人しか知らない息子本人も知らなかった真実だ。
「俺……え、なんで……これ、腕が……急に……」
鋼魔病は本来、発症から数日は徐々にその身体を蝕まれていく。そしてある日を境に爆発的にその身体を鋼へと変えていく。
頭部が侵食されていなければ、
しかし、目の前のディオの様子から見れば、普通の発症の仕方ではない。突然そうなったのだろう。いきなり腕が肘まで鋼化してしまえば、誰であれ動揺してしまうだろう。
そうしているうちにも、左腕が徐々に漆黒の鋼に変わっていく。
「ディオ、落ち着いて俺を見ろ! ディオ!」
左手をディオの頬に当て、無理やりこちらを向かせる。その瞳は未だ焦点が合わずに震えている。
「ペンダントは何処にある?」
「え?……」
ディオは、何を言っているのか分からないといった表情で俺を見ていた。そうなってしまうのも当然だ。しかし今は悠長に説明している時間は無い。
ディオから視線を離して周囲を見渡す。目当ての物は部屋の中央で密かに輝きを放っていた。
「あれか──」
光を放つソレに近づいて手に取る。ソレは7色に耀く宝珠を包み込むように、螺旋を描いた銀の装飾が添えられたペンダントだ。いつもディオが身に付けているお守りだ。
そのペンダントをディオの元まで持ち帰り、首にかける。すると、ディオの腕を覆っていた漆黒の鋼が次々と剥がれ落ちていく、それと同時に瞳の色も元の澄んだ黒へと戻った。
「え……なに、これ……」
ディオは目を丸くしながら自分の腕を触り、現実であることを確かめていた。
このペンダントはある男から譲り受けた物だ。これを持っていれば鋼魔病の侵食を食い止めることが出来るのだという。原理も何も分からないが、実際この15年間、コレを肌身離さず持ち歩いていたディオの身体は、普通の人間と同じものだった。
「理由は俺にも分からない。だが、コレを持っているうちは心配することは無い」
「こんなもの……一体何処で……」
腕の次は、そのペンダントを観察し始めた。螺旋の渦に包まれた宝珠は、目を凝らせばその中でさらに螺旋を描くように7つの光が輝いているのがコチラからも見てとれる。
「貰い物なんだ。ソイツの名前も何も分からない。何処にいるのか、何をしているのかも」
俺がクリストに捜索を依頼しているのもこの人物なのだが、手掛かりが無さすぎてクリストでさえもお手上げ状態となっている。
「ねぇ、それってもしかして
銀髪の彼女がディオのペンダントを覗き込む。
「知ってるのか? コレが何なのか」
銀髪の彼女に視線を向ける。まだ
「私も名前くらいしか知らないの、でもコレの研究をしている人を私は知ってる。その人のところで、これと似たものを見たことがあるの」
気が住んだのか、姿勢を元に戻して俺に向き直った。
「そしてその人はこうも言っていたわ──」
一呼吸置いて、言葉を続けた。
「コレがあれば鋼魔病も治すことかできる。これこそが人類の希望だって」
「コレが……」
改めてペンダントを見る。コレが鋼魔病を治す鍵になると、そんな物が存在するなんて公安に勤めていても耳にすることすら無かった。にわかに信じ難い事だが、コレは15年もの間、息子の侵食を抑え込んでいた。
「なあ、アンタ」
「何?」
蒼い瞳と視線が重なる。その瞳はブレることなくコチラを向いている。
「アンタ、今朝頃に違法侵入した人物と背格好が似てるんだよ」
「へぇ、そうなの。そんな偶然もあるのね」
俺の言葉を聞いても平静を保っているように振る舞っているが、一瞬だけその青い瞳が揺れたのを俺は見逃す事はしない。しかしこのまま押し通そうとしてもしらを切るだろう。確実な証拠が必要だ。
「悪いが確認のためにIDを確認させてくれ。端末もしくはカードがあれば提示してくれ、もちろん暗記しているなら言ってもらって構わない」
そう言いながらポケットから端末を取り出す。
「えっ!? そんなのあるなんて聞いてないわよ!?」
「そりゃあそうだろう。そんなもんハナから無いからな」
案外簡単に言質が取れてしまった。だがこれでこいつが外から来た事が確定した。
本来なら、クリストの要望通り身柄の拘束をしなければならないのだが、彼には悪いが利用させてもらう。
「アンタ……騙したわね……」
その蒼い瞳が怒りに揺れている。他にも問いただしたいことは沢山あるが今は後回しだ。
「本来なら、ここで身柄の拘束をするのが俺の仕事なんだが、1つ取引をしようじゃないか、お嬢さん?」
「アンタ、こんな時によくそんな事言えるわね……」
「こんな時だからだよ……」
彼女は呆れたように言い放ち、何か妙なモノを見るような視線を浴びせてくるが、お構い無しに言い返す。
彼女の思う"こんな時"と、俺の思う"こんな時"は意味合いが違う。
狙われているのはディオだと、デンゼルは言っていた。
その言葉が真実ならば、どこの誰が、何の為に息子を狙ったのか、現状でそれは分からない。
だがこのアーバレストにいる以上は、今後も狙われる可能性もある。少々危険な賭けになるが、これ以外の最善は俺には思いつかない。
「アンタの知っている、この
「父さん!?」
ディオは驚きの声を出していたが、コレは息子の為でもある。治す手掛かりになるのなら、ここで身の危険に怯えるよりも断然希望が持てる。
俺のその提案に、銀髪の乙女は思案している。俺の真意を図っているのか、何かを迷っているように見える。
「アンタ達もこの都市から出るってことよね? 私が何者かも分からないのについて来るの?」
少なくとも、彼女自身にはデメリットは無いはずだ。だが返事は未だに警戒色がある。俺達を信用していないだけかもしれないが、それよりも他に何かあるのかもしれない。
「少なくとも、俺の息子をその背中に庇ったんだ。命を取るような真似はしないだろう?」
「銃口突きつけといてよく言うわよ……」
「職業病なんだ。勘弁してくれ……」
彼女は1つ深呼吸をしてから、目元まで伸びた銀の艶髪をかきあげて蒼天のような瞳をこちらに向けた。
「分かったわ。貴方の提案に乗りましょう。その代わり、私の事もちゃんと護りなさいよ?」
「ああ、勿論だとも。護るのが俺の仕事だからな」
交渉が成立したことを示すように、その蒼眼をしっかりと見つめ返す。その凛と真っ直ぐな表情は、愛した彼女にソックリだった。
「俺はロジャー、ロジャー・ラッセル。こっちは息子のディオだ。アンタは?」
「アルミラよ。アルミラ・ランデルージェ」
彼女は堂々と、その瞳を輝かせるような表情で自身の名を明かした。きっと偽名ではないだろう。これ程自信に満ちた顔で名乗るのだ。コレで偽名であればかなりの演技派だ。
「よし、アルミラ。よろしく頼む」
息子を立ち上がらせる。まずは外にある俺のバイクの所まで行かなくてはならない。
「それは、困るなあ……」
今までに聞いたことのない、くぐもった男の声が部屋に響いた。声の主を探して視線を巡らせると、部屋の隅で横たわっていた黒鋼の男がゆらりと立ち上がろうとしていた。
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