episode11


 ──7月1日17:44 新市街中央広場慰霊碑前──


「"フェアリー"!──」


 到着してすぐさま発見したのは、噴水の淵で横たわっているリサーナの姿だった。


「おい! 聞こえるか? おい!──」

「ぐっ──い、"イーグル……アイ"。すみません、取り……逃がしました。それ、と……息子さんが……」

「ああ、把握してる。それよりお前の傷は……」


 見たところ出血はしているが、どれも浅い。しかし動きが鈍いところを見ると、全身に打撲といった所だろうか。


「問題……ありません。それよりも後を追わないと……」


 そう言って立ち上がろうとするが、痛みに顔を歪ませて膝をつく。


「お前はいい。"シェパード"に連絡して到着を待て、それまでは待機だ。俺が後を追う」

「了解……」


 今度は大人しく腰を下ろす。自分でも無理だと判断したのだろう。瞳を閉じて体力回復を図っている。

 それを確認して立ち上がり、後方に停めたバイクへと歩いていく。


「──"トータス"、お前なら居場所が分かるな?──」


 さっきの個人回線のログを使って連絡を取る。すると、それほど待たずして返信があった。


『──定点カメラに映った場所をマッピングしてそちらに同期させます──』


 その言葉と同時に、サングラス内に連なるように赤い点が付いたマップが映し出された。



 ✱✱✱



 ──7月1日18:20 G地区工業特区──


 浮遊都市北西部の工業地帯、最後に確認したマーカーはこの付近だった。カメラは設置してあるが、全く同じ作りの建物が所狭しと建てられている為、日頃から出入りしている人間でないければ道に迷うは必須だろう。この中からディオを探すとなるとかなり困難だ。

 相棒スターオーシャンを背中に背負い、手にはセミオートショットガンを携えて、忍び歩くように特区内を歩き回っている。


 太陽も傾き始めていた。夜になればより一層捜しにくくなってしまう。ディオの命の保証もない。どっちにしても、時間的猶予はあまり残されていない。


「ん?……これは……」


 建物の一部が、3本の爪のようなもので削られたような跡を発見した。そこからすぐ近くにある建物の隙間へと続いていた。

 今朝の遺体に残されていた爪痕とも似ている。おそらくここを通ったのは間違いないが、これは肉薄されて襲われたという事になる。息子は戦闘能力なんてない普通の学生だ。暴食魔イーター相手に立ち回れる訳が無い。


「ディオ……っ!?──」


 息子の安否に関して、強い不安を感じていた時、硝子が割れる音がすぐ近くから聞こえてきた。

 身体が反射的に動き出し、爪痕の後を追うように建物の隙間へと飛び込み、銃を構える。


 隙間の中程には外部階段が設置され、その付近にはガラス片が輝いている。その上へと視線を上げると、歪んだ窓枠とドアの付いていない建具枠を確認する。


「上か!──」


 確信があった。必ず息子はあそこに居る。全力で階段を駆け上がる。急勾配の段差を跳ぶように登り、幾度となく現れる踊り場を最短で旋回する。

 徐々に脚が重たくなる。息も乱れ、身体中が酸素を欲して呻き始める。

 それでも、足をあげる速度を、手摺を掴んで身体を引っ張り上げる力は緩めない。


 一刻も早く、息子の危機に駆けつけるために──


「ディオ!──」


 休む間もなく、ドアの付いていない出入口に踏み入れる。銃口を視線の先へと向けながら部屋の中を確認する。


 その部屋は無残な程に破壊されていた。かなり争った形跡がある。その部屋の奥、正確には歪んだ窓枠のすぐ側には、全身鋼を纏った男が横たわっていた。そしてその対格になる部屋の隅には、うずくまる学生服の少年を護るように、1人の女性がナイフを逆手に持ちコチラを睨みつけていた。


 その長い髪は、光の届かない暗がりの中でも輝きを放つような純な銀色。その瞳は、雲一つない晴天をその中に宿している様な鮮やかな蒼。そしてその顔立ち、その肌の色は1人の女性と瓜二つだった。


「……マリー……?」

「……?」


 思わず声に出てしまった。髪の長さは違うものの、それ以外は似すぎていた。出会ったばかりの頃の彼女と──


 背中に少年を隠した彼女は怪訝そうにコチラを伺う。


「武器を下ろせ、敵じゃない」

「そんな言葉で信じられると思う?」


 彼女の声は、少しばかりマリーより低くかった。それにどこか安心した自分と、落胆した自分を振り払いながら、未だ警戒している彼女から銃口を外した。


「これなら文句ないだろ?」

「まぁいいわ……それで、こんな所まで何しに来たわけ? もしかして救助?」

「少なくとも殺しに来たわけじゃないのは確かだが──」


 床に散らばった硝子や雑貨の破片を踏み鳴らしながら、彼女の背後に隠れた学生に近寄る。


「ディオ──」

「父さん……?」


 うずくまっていた身体が俺の声に反応してピクリと動く。ゆっくりと顔を上げたその顔は疲労の色が濃く現れていた。そして、紅く輝く右眼から血の涙を流しながら、肘から先を漆黒の鋼に包まれた左手を抱き抱えていた。

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