episode10
──7月1日16:39 旧市街雑居ビル群屋上──
未だに強い陽射しに身体を晒しながら双眼鏡を覗く。搜索開始から約5時間、未だに手掛かりすら掴めない現状だった。
「──"シェパード"、そっちはどうだ?──」
「──こちら"シェパード"、ダメっす。聞き込みしてもフルフェイスなんて見掛けなかったらしいっす──」
フルフェイスももちろんだが、映像を見た限り体格もかなりのものだった。それだけでも人によっては印象に残っていても不思議じゃないが、まず、
「──"シェパード"はそのまま捜索を続行、俺も下に降りる──」
「──"シェパード"了解──」
バイクに跨り、下へと降りようとした時だった。ポケットの端末が震え始める。手に取り画面を確認すると、ロザリーからのメールだった。写真まで添付してある。
「……おいおい……」
【準備OKです!】
『キッシュの材料は買い揃えました。一応ご報告です。それとおまけに、私もオリジナルで作ってみました。帰ったら味見お願いします。お仕事頑張って下さい!』
このメールの内容と一緒に添付してある写真には、見るからに美味しそうなキッシュと私服のロザリーが写っていた。そして上から見下ろすアングルで撮影されている為に彼女の胸元までばっちり映り込んでいる。こんなものを見せられれば、いったいどちらの味を見ろ言われているのか分からなくなる男性もいるのではないだろうか……きっと。
「これはクリストの奴には見せられねぇな」
わざわざ私服に着替えているあたりワザとだろう。彼女とも長い付き合いだ。もう家族同然のような存在だが、彼女にとって俺は恋愛対象として見えているのだろう。しかし、彼女は知らない。俺の事情を、妻を亡くした本当の理由を──
今度は通話画面へと切り替えて、ディオへの通話を試みるが、やはり今度も繋がらなかった。先程から何度か試しているが一向に出る気配が無かった。
端末をポケットに戻して再度ハンドルに手をかけた瞬間、今度は微かな爆発音が耳に届いた。
「っ!?──」
音のする方向を探して視線を巡らせる。すると新市街のある方向から黒煙が立ち上っていた。
「おいおい、どうなってんだよ──」
すかさず耳の通信機に手を当てる。
「──管制室、こちら"イーグルアイ"。新市街方面に黒煙を確認した。どうなっている?──」
しばらくすると、ノイズと共に機械的な返事が返ってきた。
『──こちら管制室。現在状況を確認中、"イーグルアイ"は現地点に留まり待機だ。──』
一方的に通信を終わらせられてしまった。相変わらず機械のような受け答えに思わず苛立ちを覚えてしまう。
『──"イーグルアイ"聞こえますか? こちら"トータス"──』
珍しくデンゼルからの通信、しかも個人回線だ。普段ならば自分からこちらに通信してくることなんてほとんど無い。
「──聞こえてるよ。どうした?──」
『──新市街での爆発現場付近の映像です。今からそちらに送ります。落ち着いて観てください──』
「──ん? 落ち着いてってどういう……っ!?──」
そこには、両腕から肩にかけてを漆黒の鋼に包まれた男の姿と、背後に学生を隠しながら対峙するリサーナの姿が映し出されていた。しかも──
「なんで……ディオがあそこに居るんだよ……」
リサーナの背後に居る学生は、間違いなく俺の息子の姿だった。
新市街は通学路にはなっていなかった筈だ。いつもなら、今日は寄り道なんかしないはずだ。しかも映っている男は間違いなく、捜索中の
『──急いで現地に向かって下さい。ロジャーさん。狙われているのはディオ君です──』
デンゼルは俺を名前で呼んだ。仕事中は必ず
『──アイツは全部知っています──』
その言葉に、俺の全身が一瞬にして固まった。
「──ぜ、全部って──」
そんな筈はないと、自分にそう言い聞かせるように、もう一度彼に問いかける。
『──息子さんの事も全部です──』
「──ちょっと待て!? なんでお前が知ってる? デンゼル!──」
『──急いで下さい、"イーグルアイ"。出ないと全てが手遅れになります──』
そう言い残して、無理やり回線を遮断される。
「なんで……」
理解できない事だらけだった。何故デンゼルが息子の事まで知っているのか。公安の内部資料にすら載っていないはずの情報だ。コレを知っているのは、俺を除くと1人しか居ない。
さらにもう一度、爆発音が届いてきたことで我に返った。理由はどうであれ、息子が巻き込まれているのは事実だ。親としても、
「──"シェパード"! 新市街だ! 悪いが俺は先行する──」
それだけ伝えて、バイクを急発進させて新市街へと飛んでいく。
(ディオ……)
心の中で息子の名を呼ぶ。
「必ず護る。何としてでも──」
15年前、死にゆく妻に誓ったのだ。息子は必ず俺が護ると、何があっても俺が護ると──
(マリー……)
心の中で今は亡き妻の名を呼ぶ。どうか息子を護ってくれと、俺が行くまで息子の近くに居てやってくれと、ただひたすらに祈りながら、空を切り裂くが如くバイクを走らせる──
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