episode09


 ──7月1日10:36 Dポートコンテナ置き場──


「すまない。遅くなった──」


 浮遊都市北部に位置する貨物船専用の港、その一角を取り囲む様に設置された赤外線センサーを潜る。その先には先に到着していたクラウスの姿と、紺色のトレンチコートを着た男の姿があった。


「先輩、お疲れ様っす。良かったんすか? 今日は……その……」

「心配しなくても大丈夫だ。それより……」


 言葉尻を濁すクラウスに近寄り、眼下に広がる無惨な光景を確認する。


 四肢をもがれ、全身を引き裂くような3本の鉤爪のような傷痕、そして、胸の中心を抉られた漆黒の鋼を纏った男の亡骸がコンテナに貼り付けにされていた。


「先輩……これって……」


 クラウスは視線を亡骸に向けたまま険しい表情をしている。


「あぁ……な」


 斬裂き魔リーパーはその破壊衝動に任せて人を怪物だが、という事はしない。だが近年になって人を喰らう新種が、ごく稀に確認されるようになった。は人だけはなく、斬裂き魔リーパーをも襲い、喰らう。

 さらに凶暴性を増し、ありとあらゆる者を喰らう捕食者の頂点に君臨する奴等を、俺達はこう呼んでいる。


 ──暴食魔イーター──


「遅くなりました!──」

「あー、見ない方がいいぞ」

「それって私に仕事するなっ……て……っ!?──」


 背後からリサーナが駆け寄ってきている。横目だが包帯は外しているようだ。元気なのは結構な事だが、この光景は彼女には刺激が強いだろう。そう思って静止を促したが手遅れだった。

 彼女は口元を右手で覆い、その綺麗な肌は一瞬で青ざめていき、足早に別のコンテナの影へと走っていった。


「……対象は現在、ウチ捜索課で総力を上げて捜索中です……」


 今まで沈黙を貫いていたトレンチコートの男が小さな声で喋り出す。


【クリスト・ヤング】

 29歳 公安局捜索課第3班所属 愛称は"フォックス"


 その愛称の如き狐顔の男。奇人変人の多い捜索課の中でも、その性格は群を抜いて奇天烈クレイジー、そして凄腕の捜索者シーカーでもある。そして、ロザリーの熱狂的なファンストーカーだ。しかし本人は彼女自身に何かをしようとするわけではなく、遠くから静かに見守るのが自分の使命だと豪語しているが、いつまで続くかは不明だ。もし、彼女の店で悪さをしようものなら、夜道は二度と歩けないだろう。今のところその犠牲者は出ていない……はずだ。

 そして、彼には個人的にある人物の行方の捜索を依頼している。


「"トータス"聞こえてるな? ココにあるカメラの記録持ってこれるか?」


 耳に付けた通信機に手をあて、近くに設置してある定点カメラに視線を向けた。


『──こちら"トータス"。もうやってます。映像回します──』


 その通信とほぼ同時に、サングラスの内側に映像ウィンドウが展開される。


「ちっ……フルフェイスかよ……」


 送られてきた映像に映っていたのは、フルフェイスのヘルメットを被った男が今まさに貼り付けにしているところだった。

 これでは相手の情報が全く掴めない。男だということは体格から推測できるが、それだけでは特定なんてほぼ不可能だ。


「鋼化してるのは両腕と肩まで……って事は無さそうですよね、頭部も確実に侵食されてそうですね……」


 隣で同じ様にサングラスをかけたクラウスが同じ様に映像を観ていた。

 フルフェイスの男は貼り付け終わると、右腕を突き刺して何かを抉り出すと、そのままカメラの視界から外れていった。


 目の前の丈の合ってないトレンチコートを着た男に向き直る。


「"フォックス"、こっちからも人員を回す。捜索の範囲を広げてくれ」

「……了解……」

「"フェアリー"、お前は同行して暴食魔イーターの捜索だ」

「……り……りょうかい……」


 クリストは、口の端が裂けるんじゃないかと思わせるような怪しげな笑みを浮かべて、この場から立ち去ろうとしていた。リサーナも後ろに控えていた。少しばかり血の気の引いた顔色のまま、よろめきながらその後を追う。


「……8年ぶり、ですね」


 クラウスは貼り付けの変死体を見据えながら、落ち着き払った様な低い声で告げてきた。


「あぁ……そうだな」


 自然と身体に力が入ってしまう。俺が、俺達が初めて暴食魔イーターを見たのが8年前の事だ。当時の衝撃的な光景を目にしたクラウスが、我を忘れて無謀な行動に出て重症を負わされた。彼にとっては因縁とも呼べる相手かもしれない。


「……"イーグルアイ"……」

「っ!?──ってなんだよ"フォックス"か、脅かすなよ……」


 気が付くと背後にはダボダボのトレンチコートに包まれたクリストの姿があった。


「……もう一つ、情報の共有を……非正規ルートでの侵入者を一名捜索中です、もし発見した場合は警備課に連絡、可能であれば身柄の拘束もお願いします。コチラが今朝回ってきた画像です」


 そう言って端末を差し出してきた。そこに写っていたのは銀色の髪をなびかせながら走り去る女性の後ろ姿だった。


「撮影場所は?」

「……進入禁止区画付近です」


 今朝もディオから聞いてはいたが、彼女が同一人物なのかはまだ分からない。もっと詳しい詳細を聞いておけばよかったと少し後悔してしまう。


「了解した。こっちにも目を光らせとくよ」

「……よろしく……」


 そう言って振り返り、コンテナの向こうへと消えて行った。アイツは恐ろしい程に気配が薄い。意識していないとそばに居ることすら分からなくなってしまう。


「さてと、回収屋が来るまでは待機か……」

「先輩!」


 一休みできそうなところを探して視線を巡らせていた時、クラウスが声を掛けてくる。


「俺……もうあの時とは違うっす。なんで、もうあんなヘマはしません!」


 力強く宣言した彼の瞳は、15年の歳月で培ってきた自信が炎のように揺らめいているように見えた。もちろん、そうでなくては困ってしまう。


「頼りにしてるからな。出ないと俺も引退できない」

「え!? 先輩引退しちゃうんすか!?」


 今度は先程とは正反対の動揺を見せている。良くも悪くも、感情がすぐ表に出てくる。もちろんこれは彼の良い所ではあるのだが、まだまだ教える事は多くありそうだ。


「冗談だよ──」


 遠くから動力炉リアクターの動作音が近づいてくる。恐らく回収屋の大型ワゴンだろう。


「仕事だ、"シェパード"。出迎えてきてくれ」

「了解!──」


 クラウスはすぐさま駆け足で、音のする方向へと向かっていく。

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