episode08


 ──7月1日07:30 lazy-bell──


「あ、ロジャーさん! おはようございます」

「おはよう、ロザリー」


 店内に入りカウンター席に腰掛ける。そこにすかさず、コーヒーが静かに差し出される。


「ロジャーさん。今日も朝から素敵です!」

「そうかい? ならロザリーの目には、世の中年男子全員がセクシーに見える訳だ……」


 冗談半分に答えてコーヒーに口をつける。そばに控えていたロザリーを横目に見れば、不気味とも言えるくらいの作り笑顔のままコチラを見つめていた。


「意地悪言うと、朝ご飯お預けしますよ?」

「……ごめんなさい……」

「まったく……ロジャーさんみたいな人がそうそういるわけないじゃないですか、もう」


 そう言いながら、カウンター向かいのキッチンへと回って行く。


【ロゼリア・マーストリヒト】

 33歳 lazy-bell 店主 愛称はロザリー


 結婚を機に移り住んだ住居の1階部分に店を構えている、どこにでもあるような小料理屋の女店主。これという名物はないものの、出せない物は無いのが自慢らしい。

 器量良し、掃除洗濯申し分無し、そして何よりスタイルが良い。小料理屋を営んでいるだけあって料理の腕も間違いない。俗な言い方をすれば、優良物件とも言える彼女は未だ未婚。その要因は……


「お待たせしました! ロジャーさん!」


 そう言って、今度は正面からオムレツが盛られた皿を渡してくる。見るだけでもその美味しさが想像できそうなくらいの見事なオムレツだ。丁寧なハートマークが無ければ、アーバレスト観光ガイドブックに写真付きで掲載したい程だ。


「私のがたっぷりと入ってます♪」


 彼女の未婚の理由は、目の前の中年がお目当てらしい。男冥利に尽きるが、俺にはもったいない程素敵な女性だ。もし俺がマリーに出会っていなければ、そばに居たのは彼女だったかもしれない。


「そ、そうか……だがまぁ、いつもすまないね、助かるよ」

「それは言わない約束ですよ? ロジャーさん。これは私の愛の証ですから」


 そう言いながら胸を張る。タダでさえコックコートの内側で窮屈そうにしている見事な二つの膨らみがさらに強調されていく。本人は苦しくないのだろうか。


「いただきます……」


 自分のことに関してはかなり雑になってしまう俺は、家事全般も任せきりだった。妻を亡くしてからは何とかしようと奮闘したが、見兼ねた彼女が食事だけならと協力してくれたのが始まりだったが、気が付けば胃袋を掴まんと渾身の料理を振舞ってくれるほどになっていた。俺の肥満の原因の一旦はココにある。


「ディオは食べて行ったかい?」

「はい。同じものを作りましたよ。もちろんハートマークはありません! ロジャーさんだけです!」


 話題を変えようと試みてみたが、あえなく失敗してしまった。どうやら今日は強気らしい。


「昨日は随分遅くまでお仕事されてたみたいですね」


 カウンター向こうからこちらを眺めながら話しかけてくる。


「起きてたの?」

「いえ、さっきディオ君から聞きました。なのに、結構ブラックなんですね公安局って」

「ま、まぁそれなりにやり甲斐はあるからね。給料もイイし」


 討伐課アサルトは、斬裂き魔リーパーの排除が主目的となっている。しかし彼等も、元はアーバレストの市民だ。家族や知り合いのいる者がほとんどだろう。それを公にすることなく排除する俺達の仕事ももちろん公にはできない。俺達は、仕事とはいえ誰かの家族を事になる。その報復が自分もしくは身内に向けられないように、討伐課に属している事は伏せている。そして任務中の愛称コードネームもその為のものだ。


「お金かぁ〜」

「浮かない顔だね」


 食後のコーヒーを横から差し出し、自身も隣の席に座りながらため息を漏らす。

 彼女の店【lazy-bell怠惰な鐘】は、元々は彼女の両親が始めたものだった。両親が引退したその後は、彼女がそのまま受け継いでいる。

 そして現在、そのやる気のない店名とは裏腹に中々の盛況らしい。もっとも、彼女目当ての下衆な輩が多いそうだが、その分お金も置いていくので。あまり大きな声は出せないそうだ。


「ロジャーさん。うちの店に来て下さいよ〜。男手ないから困ってるんです……」


 泣きつくような声を出しながらカウンターにもたれかかる。コックコートの内側がとても心配だが、今は置いておこう。


「アルバイトは?」

「それが何故かうちに来てくれるの女の子ばっかりなんですよね〜。何でなんでしょうか……」


 姿勢そのままに、さらに眉間にシワが寄っていく。どうやら本当に困っているらしい。だが現状それを解決しうる手段は一つあるにはあるのだが、それを彼女に提案するのは少し良心が痛むのでやめておくことにする。それに彼女の事だ、上手くあしらっているに違いない。


「それで、本音は?」

「ロジャーさんともっと一緒に居たいんです」


 ここまで来るとどこまで本当なのか少々疑問に思ってしまうが、仏頂面のままそう口にしている様子を見ると、男手が無くて困っているのは本当なのだろう。


「まぁ、さっきのは半分冗談だとしてもですね、やっぱりちょっとだけ怖いなって思うお客さんもたまにいますから、アルバイトの子も怖がってる時があるので、何とかしたいなって思うんですけど……」


 体を起こしながら独白する彼女の表情は真剣なもので、店を切り盛りする女店主の仕事の顔だった。


「あっ! でもそれでバイトの子もロジャーさんに色目を使うようになったら大変ですね。やっぱり今の話は無かったことにしてください」


 すぐさま表情がいつもの彼女に戻っていく。


「それよりロジャーさん! 今日はおやすみなんですよね?」

「あぁ、そりゃあね」


 毎年、マリーの命日には休みを貰っている。これは職場の人間はもちろん、ロザリー達のような知人も知っている事だ。


「実は、うちも今日はお休みなんです!」


 そう言いながら満面の笑みを浮かべる。その表情は、見た目の若さに加えて年相応の艶めかしさを漂わせている。


「臨時休業にしたんでしょ?」

「そうとも言いますね」


 悪びれることなく言い放ってしまう。


「なので、今日の用意は私も一緒──」


 ロザリーの言葉を遮るように、カウンターに置いていた携帯端末が静かに震えた。


「おっと、ごめんね──」


 すかさず手に取り、画面を確認する。


「ロザリー」


 端末をポケットに納めて、俺の言葉を待っている彼女に向き直る。


「どうやらデートはお預けみたいだ」


 端末に届いていたメールの内容は、俺の休日も返上せざるを得ない内容だった。

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