episode07


 ──7月1日06:13──


 俺を起こしたのは、毎朝7時に起こしてくれるサイドテーブルに置いたタイマーではなく玄関に設置されたインターホンだった。


「このバカ息子が!──」

「痛っ!?──」


 隣で不貞腐れる息子の頭を鷲掴みにして無理やり下げさせる。

 目の前には警備課セキリュティの襟章を付けた若い男と、その後には壮年の男が控えていた。


「忙しいのにすまない。迷惑をかける」


 謝罪の言葉とともに、深々と頭を下げる。


「いや、別にそこまでじゃないんで、厳重注意で済ませてもいいくらいなんですけど……」


 若い男はその場を柔らかく逃れようと当たり障りなく述べてはいるが、それでは仕事の意味は無い。もっとも迷惑をかけている側がこんな事を言える立場にはないが、仕事はきっちりとこなすべきだ。


「そんな言葉で濁すんじゃねぇよ──」


 野太い声と共に壮年の男が前に出てくる。


【デイビッド・ロビンソン】

 43歳 公安局警備課第1班所属 班長 愛称は"ベイブ"


 俺と同期の警備課一筋の仕事人間ナイスガイ……であったのだが、結婚を境に元々小太りであった身体はさらに大きくなっていった。幸せ太りというものかもしれないが、毎年恒例となった健康診断を間近に控えた時期から始める緊急ダイエットは、もはや公安局の名物と化している。こんな荒療治をしても無遅刻無欠勤を貫いている屈強な漢ナイスガイだ。


「ロジャー。俺もお前のを知らねぇ訳じゃねぇから、本当なら協力してやりたいのが本音だ。だがな、それでも最後はお前しか居ねぇんだ。それだけは忘れないでくれ」


 その言葉の意味も理解できる。これは親としての責務だ。

 18歳になった息子だが、ほとんどそばに居てやることができなかった。父親らしい事はほとんどしてやれてない。それでもここまで真っ直ぐに成長してくれたのは、彼のようにこの子を見守ってくれた知人達のお陰なのだ。


「あぁ。肝に銘じとくよ──」


 デイビッドは深く吸った息を吐き俺の隣で黙り込んでいた息子に釘を指す。


「それとディオ。今度はもう少しマシな言い訳を考えとけよ? でないと今度は署まで来てもらうからな──」


 そう言い残して、若い男と共に去っていく。


 玄関が閉まるのを確認して、息子の頭を解放する。


「ごめん……」


 暫くの沈黙を最初に破ったのは、息子の方だった。反省の色は多少なりとも伺える。


【ディオ・ラッセル】

 18歳 ブルズハイスクール工業科3年 愛称はディオ


 俺の自慢の息子だ。機械を弄るのが得意で、その才能は一部の企業の目にも止まっているらしい。この才能とバイク好きは母親譲りだろう。無論俺もバイク好きである。いつか2人でツーリングをするのが夢だったのだが……


「それで? 進入禁止区画に新車エアバイクで突っ込んだとびきりの言い訳ってのは?──」


 呆れた口調で下を向く息子に話しかける。ディオは下を向いたまま口だけを動かした。


「変なヤツが居たから、追いかけて捕まえようとしたんだけど……気が付いたら入ってて……逃げられました……」

「……」


 だんだんと言葉尻が弱くなっていった。顔立ちと才能は母親に似ているのに、どうしてこうも嫌なところは俺に似ているのだろうか。若さに任せた正義感をその身に宿している息子を見ると、どうにも昔の自分を思い出して堪らなくなる。


「で、そいつの特徴は?」


 弾かれるようにその顔を上げて俺の顔を正面から見つめてくる。その目は見開かれて、驚きを隠せていない。


「っ!? 嘘だと思わないのか?」

「嘘だと思わせたいのか?」


 意地の悪い返事をしたが、本人はそれでも構わなかったらしい。


「髪が長かったから多分女だと思う。身なりもこの街の人間って感じじゃなかったから多分から来たんだと思う」


 身振り手振りジェスチャーをしながら、その時の様子をしっかりと伝えようとしてくる。

 浮遊都市の警備システムは警備課セキュリティが管理している。もちろん外からの侵入に関するものもだ。それをすり抜けられたと言うのならば、素直に信じるわけにもいかなかったはずだ。そして何より、俺の息子は噓は言わない。


「了解した。会社行ったらこっそり調べとくよ」

「デイビッドさんは信じてくれなかった……」

「アイツにも立場はあるからな。それにアイツが怒ってたのは、警備課に通報せずに自分で捕まえようとしたことに対してだ。斬り裂き魔リーパーだったら大変だしな」

「そう……か……」


 再度顔を下に向けてしまった。何となくリサーナも同じ様にしていたのを思い出して頭が痛くなってくる。


「それはいいから、シャワー浴びて学校行く準備してこい。ロザリーももう起きてるだろうしな」

「分かった──」


 短く返事をして、部屋の奥へと消えて行く。


 リビングのイスに腰掛けて、テーブルの上に置いてあるタブレット端末の画面を開く。そこには今朝の最新ニュースの見出しと、1通のメール通知のアイコンが浮かんでいた。

 アイコンに触れて画面を呼び出す。差出人はリサーナだった。


「流石優等生さまだ」


 内容は昨夜の件の報告書だった。簡潔に丁寧に分かりやすく作られている。入社当時の自分と比べるまでも無いほど素晴らしい出来栄えだ。正直、今の俺にもこれと同じものが書けるかと言われると、とてもじゃないが真似出来ない。


 確認した事を返信して、ニュースのトピックスへと目を向ける。昨夜の件は公になることなく処理できているようだ。というよりも、公にならないように処理するのが俺達討伐課の仕事なのだから、これでニュースになろうものなら面目丸潰れである。


「父さん──」

「ん?」


 声のする方へ顔だけを向ける。そこには身支度を済ませたディオが玄関へと向かおうとしていた。


の用意しておいてね」

「おう。任せろ」

「じゃあ、行ってきます──」

「ディオ!」


 玄関に行こうとしたディオを呼び止める。


「ペンダント、無くすなよ?」


 もうお約束になってしまった。ディオが出かける前に必ず言うこの一言に、息子は呆れ顔で答える。


「分かってるよ。行ってきます──」


 ディオは軽快に玄関から飛び出していく。この後ろ姿を見送れるのも、後どれ位だろうかと、ふと考えてしまう。


「──っと、それよりも──」


 考えを振り払うように自室へと戻り、壁にかけていた制服と一緒にぶら下げていたホルスターから【アストレア】を取り出す。【スターオーシャン】は流石に会社にあるが、コレは討伐課の権限で持ち歩いている。


 ディオが家から出掛けたタイミングで、コイツのメンテナンスをしている。これが日課であり、俺の一日の始まりの合図だ。


 一つ一つ丁寧に分解し、装填されていた黒く輝く弾丸を優しく握りしめる──

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