。*愛しいひと*。

√明嗣


「ん?」



縁側に座って空を仰いでまったり茶を啜るという、若者らしからぬことをしていたとき。

ふっと後ろから影が射し込み、空を見ていた私の目に見慣れた顔が映り込む。



明嗣あきつぐさん……若いんだから、もっと山を歩き回ったりしたらどうなの?」


「母上のようなことを言わないでくださいよ」


「なら老人のような言動は控えることね」



ぷくぅっと頬を膨らませた彼女には、少女のようなあどけなさを感じる。

それでも歳は私よりも五つ上だというのだから、こんなことを言われたら頭が下がりそうだ。



何月ほど前だったか。

家の近くで行き倒れてていたところを助けてから、私の家で共に暮らすようになったのだ。


なぜこんな山奥に入り込んだのか事情を聴けば、家族はみな亡くなったのだという。

身売りして生きるくらいなら果ててやる、と意気込みこの山奥まで来たのだとか。


道中では野犬にも賊にも会うことは無かったというのだから、幸運に恵まれているのだと本人は笑っていた。



「あ。あれを見て、明嗣さん」



彼女の指差す方を見れば、二羽の小鳥が仲睦まじい様子で木の枝に留まっていた。



「口説いているのかな?それとも、もう決まった相手かな?」


「さて、どうでしょうね」



友だとは考えないんだな、と思ったことは言わないでおいた。


しばらくその二羽の小鳥を見ていれば、一羽が何処かへと飛んでいってしまった。

それをみた彼女は、少し肩を落とす。



「あら……ダメだったのかな……。それとも、喧嘩してしまったのかな」



まるで自分の事のようにしょんぼりとした声音を聞いて、ふっと笑ってしまいそうになる。



「……いいや。きっと大丈夫ですよ」


「え?」


「待っているのでしょう。あの残った一羽は」



気になるなら、ここで一緒に待ちましょう。

そう言って手を差し出せば、彼女は私の手を取って隣に座った。




静かな時間が流れる。


時折、風に揺らぐ葉の擦れる音が耳に優しく届き、同じく揺れる彼女の柔らかい漆黒の髪に目を留める。



「…………明嗣さん」


「なんですか?」


「さっきからこちらを見てばかりで……」



ふと声を掛けられ彼女の顔に目を向ければ、困ったような表情をしている。

が、ほんのり紅に染まった頬を見る限り、ただ困っているのではなく恥ずかしがっているのだと悟る。



「すみません。そう反応してくれるのが面白いので、つい」



クスッと笑ってそう言えば、また頬を膨らませて顔を反らした。



「もうっ!いつもそうやって、からかうんだから」


「……あぁ、ほら。来ましたよ」



私の声に反応してこちらに顔を見せた彼女に、木の方を指差してみせる。

それを辿って正面を向いた彼女の表情が、ふわりと微笑みに変わる。



「待っていた子のために、木の実を採ってきたのですね」


「そっか……。ふふっ、よかった」



自分以外に起こる出来事のすべてにも、幸を祈り心を動かすその姿を



「愛しいなぁ」



そう思うから。

そんな思いを教えてくれたのは、貴女だから。



「私もあなたに、これを贈らせてください」



手元に置いていた包みを彼女に手渡して開けるように促す。

首を傾げて包みを丁寧に開けた彼女は、驚いた顔で中身と私の顔を交互に見る。



「なかなかの出来でしょう?」


「え?明嗣さんが作ったの!?」


「気に入らなかったら、突っ返してくれて構わないですよ?もっと素敵な物を考えて、また贈りますから」



贈り物に添えていた一筆箋を手に取った彼女は、静かに内容に目を通す。

そして慎重な手つきで贈り物を手に取った彼女の、淡い桃色の頬を一粒の涙が流れ落ちた。

それを袖で拭った彼女は、いつにも増して綺麗な瞳で私を見つめてくる。



「私で……私なんかで良いの……?」


「うーん。駄目ですねぇ」


「えっ……」



"駄目"という言葉に反応して眉尻を下げた彼女に、また愛しさが募る。



「あなたで妥協したわけじゃなくて、“あなたじゃないと駄目"なのですが」


「!」


「ちなみに返答はわかっていますが……是非とも、あなたの口から聞かせてくださいますか?」


「!…あ……その……」



赤らんだ顔で俯いてしまった彼女の顔をひょいっと下から覗き込めば、またふいっと向こうを向いてしまう。

いつもは堂々とした女性の振る舞いをするのに、恥ずかしくなれば途端に少女のような顔になるのだから。



「ほんとうに可愛い人ですね」


「~~っからかわないで!」


「そんなにいじらしい姿を見たら、意地も悪くなりますよ」



彼女の両頬をそっと両手で包んで、こちらへと顔を向ければ、さらに頬が赤く染まっていく。

それでもじっと瞳を合わせて来るのだから、なんとも愛くるしく見えて仕方がない。



「贈り物は気に入っていただけましたか?」



彼女が持つ贈り物を指差して、問いかける。

本当は私自身がすごく緊張していて、彼女に触れる手が震えてしまいそうだけれど。

悟られないように、余裕に振る舞った。



「うん……こんなに素敵な贈り物、初めてよ」



満面の笑みを見せてくれた彼女の瞳から、ポロポロとこぼれる涙を指でそっと拭う。



「私に貸してください」



そう言って差し出した手に、彼女が贈り物をそっと乗せる。

潰さないように両手で優しく包んで、彼女の頭へと乗せる。



「やはり思った通り。いや、思った以上です」


「に……似合う?」


「とてもよく似合っています。あなたの黒い髪に、この桔梗色の花がとても綺麗に咲いています」



町まで行って、もっと高価で素敵な物を買うことも出来た。それくらいの金銭は有り余っているから。


それでも、どれだけ綺麗な飾りを施された櫛や簪(かんざし)を贈ったって、この想いを伝え切れはしないと思った。



「生花の花冠なんて、形に残らないものですみません。次はくしかんざしを……」


「いいえ。どんなに綺麗な櫛や簪をもらうよりも、明嗣さんが私を思って作ってくれたこの花冠が、私には何よりも素敵な贈り物だよ」


「!」


「私じゃないとって言ってくれてうれしい。本当に……私は誰よりもしあわせ者ね。ありがとう、明嗣さん」


「ありがとう。……私も幸せです」



どうかこれから先も、貴女の流す涙が笑顔と一緒でありますように。






「…………で。添えていた一筆箋に対する返答は?」


「っ!あぅ……あ、明嗣さんこそ!人に言わせたいなら、まずはちゃんと自分の口で言うべきじゃないのっ?」


「……そうですね。いやまったく、その通りですよねぇ」


「え」



誠実な彼女はこのあと、絶対に自分の口で返事を言わざるを得ないだろう。



「生涯を、私と共にしてください」



彼女の笑顔も涙も好きだけれど、真っ赤に染まる恥ずかしそうな顔も好きだから。


貴女に言ってもらう前に、まずは私が伝えましょう。



「愛しています」

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