第8話

「さて、このスイッチを入れて残留魔力を取り除いたら完了……っと」


 詰め所に置いてあった警報装置の停止作業を終えて、俺は再び裏口の扉を開ける。

 そして、あらかじめ用意しておいた小さな丸い玉を取り出す。


 この玉は小型の閃光弾である。

 どんな原理かは知らないけれど、玉に刺さっているピンを引っこ抜いてから、数十秒すると勝手にチカチカと淡く点滅する仕組みらしい。


 俺はそれを手に取ると、塀の外に向かってピッチャーよろしく、大きく振りかぶってブン投げる。

 小さな丸いソレは、緩やかに放物線を描いて無事に塀の外まで飛んで行ってくれた。

 あとはしばらく待機。

 玉が点滅すればヴィオが警報の解除を理解して合流してくれる手筈になっている。


「よくやった幸典」

「……ヴィオっ……むぐむぐ……」


 合図の玉を投げてからまだ数秒も経たないうちに、ヴィオはもう俺の隣に来ていた。

 驚いた俺は「ヴィオっ! いつの間に来てたんだ!? 結界はどうした!?」と、大声で叫びそうになったが、その声は【小さな女の子に口をふさがれる】という行為によって未遂に終わった。


「馬鹿者。こんな敵地のど真ん中で大声を出そうとする奴があるか」

「ご、ごめんヴィオ。合図を送った瞬間にイキナリ現れるから驚いたんだよ」


 閃光弾は、おそらくだが今頃になってようやく光を点滅させているはずで、まだヴィオが来ているには早すぎる。

 が、それは俺の理解が足りなかっただけのようだ。


「なに、そう不思議な事でもない。存外、私の目は夜目も利く。塀の内側から小さな玉が見えた時点でさっさと塀の中に来ただけの話だ」

「なるほどー?」


 それでも早すぎないか?


「……貴様はなにを不思議そうな顔をしている。出会ったときに私の足の速さは見知っているだろう? 安全が確保された場所へなら、放り投げた玉が地面に落ちるまでの間に往復できる程度には足が速い自信があるぞ」


 得意げに無い胸を張る俺の嫁様。

 それでも、ここが森だったり、塀があることを考慮しなかったとしても40~50メートルくらい距離が離れていたと思うんだけど……

 玉が落ちるまでに往復って、たぶん放物線の頂点から落ちるまでに3秒くらいかかったとしても、100メートル近い距離を3秒で走れるってことか?

 人の足だから、初速とかほぼ関係なしにイキナリ全力で走れることを考えると約時速120キロメートルで、しかも足音を立てずに動ける。

 人間じゃねぇな。

 あ、そういや人間じゃないんだ。

 竜のお姫様だった。

 でも、そのお姫様が盗賊やってたり、出会った男に突然子作りを命令したり……

 ……うわ。とんだじゃじゃ馬姫じゃねぇか。


 そういえば、死の呪文ばっかり唱える神官とハゲのくせに横の髪と髭がやたらモッフモフな教育係を付けられた武闘家のおてんば姫がでるRPGあったなぁ。

 ヴィオも、自慢の足とか魔剣とかで壁とかぶっ壊して逃げ出したクチじゃねぇだろうな。

 頼むから格闘技大会に出たいとか言わないでくれよな、と思いつつ苦笑い。


「ところで幸典。中の様子はどうだった?」

「ああ、それがさ……」


 ぶっちゃけ、外の警備に比べて中はザルもいいところだった。

 警報装置の解除をしている最中にも、傭兵の誰かとはすれ違ったりしたが、大して疑われるそぶりもなく。

 警報装置に自信がありすぎるのか、そもそも侵入者を考慮していないのか。

 多分、わざわざ【侵入者です】って書いた紙でも貼って歩かない限り安全そのものだった。

 あとは、地下に怪しい匂いがプンプンしているってことくらいか。


「そんなに警戒が緩いのか。まぁ、性能の良い設備があるゆえの油断というやつだな。よもや存在そのものがバグってて結界に引っかからない奴がいるとは夢にも思うまいさ……よし、じゃあ建物の地上部分は幸典に任せる。私は地下に潜りこんで色々探してみる」

「了解。じゃあ、とりあえずまた別行動だな」

「……今更だが、王様に謁見する為とはいえ、私怨に付き合わせて本当にすまないと思っている……その、もし……もし、危ないと思ったら、何も考えなくていいから全力で逃げろ。いいな?」

「わかってるよ。下手に俺がヴィオを助けに行ったり、待ってたりしたら逆に足手まといになりそうだもんな」

「ふふ、そういうことにしておいてくれ。では、またまた後でな」

「おう」


 と。

 軽く手のひらで挨拶を交わしてから、ヴィオはまた音もなく消えてしまった。


 取り残された俺も、ここでボーっと突っ立てるわけにはいかないので、貴族様の悪い証拠集めでも始めるとしますかねー。

 てことで、まずは一番上の階から調べようかな。

 万が一の時に、上から調べておけば下に逃げていける確率が増えるし、調べ終わったらさっさと脱出したいので、裏口から一番遠い3階の探索は始めがいいのだ。


★★★


 それにしても。

 本当、この建物の中の警備は無防備もいいところだ。


 中にいる傭兵も数は少ないし、時間ごとに誰かが見回りに歩いてはいるが、見回りとは名ばかりの、散歩である。


 そのお陰で俺は詰め所から拝借したマスターキーを持って3階へと昇ってきた。


 とりあえず、中央の階段を上って左右に5個ずつある部屋の右の一番奥の部屋から順番に探索していくことにしたのだが……

 その奥の部屋にだけキチンと傭兵が一人、見張り番をしている。

 おそらく、非常にわかりやすく、あの部屋にはナニカあるんだろう。

 俺は何食わぬ顔でその見張りに近づいた。


「どうもー」


 俺は軽く手を挙げて挨拶する。

 退屈そうに欠伸をしていた見張りが俺を見つけて「お、交代が来たのか」と手をあげ返してくれる。

 しめた。

 どうやら見張りの交代と勘違いされてるらしい。

 もちろん、そのまま状況を利用しない手はなかった。


「ここの見張りは俺が代わるように言われてきたんです。ゆっくり詰め所にでも戻って休んでてください。なんだか、こっそり酒飲んで酔いつぶれた奴が寝てますけどね」

「おいおい、貴族様に見つかったら殺されるぞソイツ。いったい誰だよ」


 えーっと……何て言ったかな。たしか……


「アルフレッドさんです」

「あー……あの独り言ばっかり言ってるアルフレッドか。こっそり酒でも盗んだのか? 俺はどうなっても知らねぇからな……ったく。んじゃあここは頼んだぜ、えーっと……」

「あ、すんません、新人のシシュウです」

「なんだよ、新人のくせに屋敷内の警備に回ってきたのか。運がいいな。外回りの奴らには悪いが、中の警備は楽だからよ。ま、身体が訛らねぇようにな」

「オッス! アザーッス!」


 やれやれと。

 さっそく、3階の警備が誰もいなくなり、俺は見張りのいた部屋の鍵を開けて中に入る。

 そこには――


「牢屋!? と、女の子が沢山!?」


 ――鉄格子が張り巡らされた牢屋の一室と、中に数人の女の子が、キャミソールっぽい薄手の服一枚のまま閉じ込められていた。

 よく見ると、普通の女の子のほかにも亜人の女の子も混じっている。

 年齢もバラバラで、幼女から大人っぽい体つきの女性まで。


 中の女の子たちは、酷く怯えた目つきで俺を見る。

 こんな牢屋に閉じ込められる程だから、よっぽど恐ろしい目に遭っているのだろう。

 その怯えっぷりは尋常じゃない。

 だが、それでも誰一人として声を出さないのは、そのように命令されているからなのだろうか。


 その疑問を頭に浮かべたとき、牢屋の中でもひと際目立つ青銀の美しい髪をした、おさげの少女が。

 知的な印象そのままに前髪が長く、瞳は隠れて見えない感じの、いわゆる、めかくれさん……が小鳥のように可愛らしい声で話しかけてきた。

 どうやら、声を出してはイケナイという訳ではないらしい。


「……傭兵風情が何用ですか。ここは次のオークションに出されるの部屋ですよ。この屋敷の貴族の許可なく入ってきてはならないと教わらなかったのですか? 男性というだけで、ほかの女の子たちが怖がりますので早々に出て行ってください……はっ……まさか、誰か使のですか?」


 と、いつの間にか傍によってきていたその青銀髪の少女が、きつい口調で俺に語り掛ける。

 確かに少女の言う通り、こんな場所に男性が入ってきたら誰でも警戒するか。

 使われるだとかの意味はよくわからないけど、そういうつもりもないし。


 ひとまず、ちゃんと謝って落ち着いてもらおう。


「あ、ごめんなさい。別に怖がらせるつもりじゃなかったんだ」

「…………?」


 ペコリ。

 俺は、なるべくゆっくりと、危害を加えるつもりがないことを態度で表すように頭を下げた。

 だが、その謝罪に対して、青銀髪の少女はいかにも不思議そうに首を傾げ、困惑すらしているようでもある。


 だが、ふと、何かに思い当たったかのように、また俺に語り掛けてくる。


「もしかして、貴方は……ここの貴族の関係者ではないのですか?」


 前髪で少女の目は見えないが、多分、強い眼差しで俺にそう聞いてくる。

 当然、俺は。


「うん、俺はここの貴族とは何の関係もないよ」

「やはり、そうですか。ここの貴族の関係者なら、そもそもこの部屋には不用意に入ろうとはしないですし、商品のハズの私たちに丁寧に頭を下げる作法から、そうではないかと思いました」

「すごいね、たったそれだけの事で俺が関係者かそうでないか解っちゃうんだ」

「いえ、あくまで【かもしれない】という程度でしたけれど、貴方の謝罪には、なんというか誠意が感じられましたので……少なくともここに雇われている傭兵は私たちを商品としか見ていませんから……」


 なるほど。

 そんな小さなやり取りも見逃さずに推理して答えを導きだしてくる少女は、きっとすごく頭の切れる、もとい、非常に賢い人なのだろう事がわかる。

 でだ。

 そんな頭のいい人が、あえてそれを確認してくれているということは、何かその先の話があるのだろう。


「俺もさ【かもしれない】って程度でひとつ聞いていいかな?」

「……はい」

「俺が貴族の関係者じゃないって解ったら、何か君たちに得になることがあるんじゃないかな?」

「それは……」


 あるだろうさ。

 これも多分としか言えないが、彼女たちだって好きで牢屋に入って商品になっているわけではないハズだ。

 商品というからには、この先遠くない未来で売り買いされる運命にある。

 そこへ現れた貴族に関わりの薄い人物の登場。

 もし、俺が奴隷として売られるのを待つだけの商品にされたら考えることはひとつだ。

 助け出される事。


 もし、俺の考えと同じくそういう答えが聞けるのなら……


「それは?」

「……私たちが、商品としてオークションで売り飛ばされる前に、ここから連れ出して欲しいのです」

「それは、なんていうか、すごく難しい話……だよね。危険だし、そもそも、そんなことをしようとしてバレたら君たちの命も危ない」

「危険は百も承知です。ですが、ここの悪名高い貴族のルートで売られた少女たちの行く末は、死ぬよりも、もっと悲惨な運命が待っているのです……ですから、今は何も持ち合わせてはいないですけれど、協力してくださるのなら、そのお礼は必ず……充分にお支払いします」


 裏ルートで売られていく少女の運命か……正直考えたくもない程、どす黒くて辛く汚く悲しい運命が待っているんだろうな。

 出来れば助け出してあげたいけれど……


「あのさ、そのオークションっていうのは次にいつ開かれるかわかるかな?」

「次のオークションは次の満月の夜です」

「それは間違いない?」

「おそらくは。昨晩、ここの貴族が商品の下見に来て、オークション関係者と思われる男とそんな話をしていましたから」


 この世界でも、月の満ち欠けの周期はほぼ地球と一緒。

 地球と唯一違うのは、満月になると月の輪郭が青く光るという事だけだ。

 今は上弦の月からやや満月に近いので、満月まではあと6日間ほどだろうか。

 それだけの日数があれば、いけるかもしれない。


「すごく貴重な情報ありがとう。残念ながら、今日すぐに逃がしてあげられるわけではないけれど、でも、その満月の夜。俺はまたここに忍び込んでくるよ。君たちを助けるために」


 鉄格子のなかの女の子たちが、どよめく。

 青銀髪のめかくれ少女も、前髪で表情は読み取りにくい、が、けれども、本当は心の底で待っていたであろう助けるという言葉を、今こうして聞かされることで、動揺していないわけもなく。

 震える声で、俺に確認する。


「……あ、あの……助けて欲しいと、お、お願いした私が言うのも、その、烏滸がましいのですけれど、でも、ほ、本当に? 本当に私たちを助けに……来てくださるの、ですか?」

「ああ。来るさ。この冷たい鉄の檻から、君たち皆を。そして君を、悪い貴族から盗みに……ね」


 なんて、何かのアニメで見たようなセリフでちょっと格好つけてみたり。


「貴方様の、お名前を伺ってもよろしいですか?」

「俺の名前は幸典。澄原幸典。いずれは勇者になる男だ」

「こう、すけ……幸典様……」


 青銀髪の少女が頬をほんのり染めて、唇をキュッと引き締めて、そして言う。


「あの、幸典さまっ」

「なに?」

「……その、お顔を、もう少し良く見せてください」

「え?」

「もう少し、前髪の長い私でも、貴方様のお顔がちゃんと見えるようにもう少しこちらへ……」


 手招きされるにしたがって。

 俺は、鉄格子ぎりぎりまで顔を近づける。

 その時。


「……!?」


 ふわりと。

 青く輝く銀髪が、風もないのに大きく揺れて。

 前髪が翻り、隠されていたエメラルドのような綺麗な深緑色をした大きな瞳が見えた。

 その瞳は真っすぐに俺を見つめながら。

 そして少女の唇が俺の唇と触れ合う。


 すごく、柔らかな感触。

 だが、触れ合ったと同時に名残惜しそうに離れていく。

 後に残ったのは少女の香りと、そして暖かな吐息ひとつだけ。


 俺は困惑してその場で石になった。


「……どうやら、本当に貴族の関係者ではないようですね」

「はい? それってどういう……」

「この商売の関係者は、関わると同時に呪いを受け入れなければならないのです。商品に手を出したら死ぬ、という恐ろしい呪いを」

「じゃあ、今のキスは……」

「申し訳ありません。最後の最後で、幸典さまが、本当に関係者ではないかどうか、確かめさせてもらいました。もし、嘘をついて関係者だったのなら、今のキスで貴方様は死んでいます」

「生きてるって事はその証明になるってことか。じゃあ、本当に信用してくれるんだね?」

「……はい。もう幸典様を疑う余地はありません。あとは信じるのみです」


 そういって少女は微笑んでくれた。

 少し恥ずかしそうに。


 あ、ちなみにさらっと会話してるけど、これ俺のファーストキスなんだよなぁ……

 どうでもいいだろうけど。



★★★


次回予告


こんばんわヴィオだ

私が地下に潜入してせっせと情報収集と悪い証拠集めに忙しくしている間に、なにやらラブラブしい展開になっているじゃあないか

別に、旦那の女癖どうのこうのと、あまり言いたくはないが、目的以上の厄介ごとだけは持ち込まないでくれと願うのみだな


さて、次回だが私の頑張りで……もう一回言うがで証拠が沢山集まったので王都に直訴にいく

どうやらオークションのXデーもわかったようだし、現場を押さえて現行犯逮捕もできそうだ

その結果、王都の一部の権力図が大きく動く事にはなるだろうが、まぁ私にはかかわりのない事だ

愚かな人間同士で好きに権力争いとやらに勤しむといいさ

なに?

妹ちゃんの活躍はまだないのか、だと?

安心しろ

うっすーいキャミソールを1枚用意してある

Xデーでは妹ちゃんも商品の一部に紛れてもらう手筈になるから楽しみにしているがいいさ

は?

私も着るのか!?

肌を晒すのはもう嫌だーー!

うぅ……

では、私自身は楽しくはないが次回をお楽しみに……



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『バグってますが推定勇者です』 伝心 @den-shin

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