第7話

 さて。

 夜だよ。

 空には綿雲の様に輝く星々と、地球の様に綺麗で大きな1つのお月さまが輝いている。

 異世界とは思えない素敵な夜。

 そしてこんな夜に、俺たちは王都から少し離れた森林の中に建っている、とある貴族の大きな屋敷の前に来ていた。


「でかい屋敷だなぁ。ここがゴブリン達の集落を悪戯半分でぶっ壊してくれた貴族の根城か」


 俺は、建物からちょっとだけ離れた木の上から中の様子を覗き込む。


 外から見える構造は、3階建ての洋館風の建物であることと、1階は左右に大きな広間があり、2~3階は10個ほどの部屋。その部屋のすべてに明かりが灯っている。

 周囲は人の高さほどの塀で覆われており、入り口は正面の仰々しい鉄格子でできたフェンスの門を通らなければ入れない。

 また、建物を守るように傭兵が常に8~12人、辺りを伺うように配置されていて、隙が無い。


「めちゃくちゃ厳重だけど、間違いなくここには何か後ろ暗いことがあるって言ってるようなもんだな。普通に貴族の屋敷を守るだけにしては警備が堅すぎるだろこれ。ド素人の俺でも怪しいって判る」


 なにより、今日だからなのか、それとも今日もなのか、金持ちそうな人を乗せた馬車がまた一台屋敷に吸い込まれていくのが見えた。


 王都の下町で集めた情報なのだが、街人の噂によると、ここの貴族様はそうとう悪い事をしているようである。


 例えば……

 その悪い貴族は、うら若き乙女の人身売買をしているだとか、はたまた、毎夜ホームパーティと称した会員制の酒池肉林の乱れた食事会で左うちわだとか。

 キンキンに冷えたビールだけで幸せになれてしまうほど人を酷使して、人とも思わないような賭けのゲームに参加させては見世物にしているだとか。

 違法な商品を集めては、闇のオークションで売りさばくだとか。

 金で動く王国の腐った重鎮や、魔王軍につながりがあり、国家転覆を目論んでいるだとか。

 ぶっ飛んだイケナイお薬を作っているだとか。


 とまぁ、ちょっと聞き込みしてみただけで相当に評判が悪い事だけはわかった。

 どこまでが真実かは、わからないけれど。


「よくもまぁ、こんな危ない貴族を王都が放っておくもんだよな」

「……仕方ないさ。噂通りなら、国の重鎮も巻き込んだ王都の裏の顔みたいなものだ。しっぽを捕まれては無事で済まない奴らが必死に隠蔽工作でもしているのだろう。ゴブリン達の里の件と同じく……な」


 俺の隣で、同じく様子を伺っていたヴィオが、苦々しく……そう言葉を吐き出した。


 ちなみに萌愛は、俺たちよりも離れたところで待機中だ。

 なんでか、というと、今回の俺たちの目的は内情の偵察のための潜入なので、ヒーラーの萌愛には全くむかない事と、万が一潜入先で怪我をしたら、逃げた先で怪我の治療をする役目が必要な事。

 そして逃走経路の確保だ。


 補足すると、潜入は俺とヴィオの2人で行う。

 目的は王都に報告して動いてもらう為に必要な証拠集めだ。

 なぜ、元盗賊のヴィオだけでなく俺も潜入に行くかというと。

 一人での侵入は、ぶっちゃけあまりにも危険だからだ。

 実は、ヴィオは少し前にこの屋敷に侵入を試みたことがあるらしい。

 だが、建物の中に入った瞬間に侵入者を検知する結界の魔法に引っかかり、あっさりと逃げ帰ってしまう、なんてことがあったらしい。

 そこで俺の出番だ。

 俺はステータスそのものがバグっているので検知の魔法には引っかからないらしい。

 試しに、そういう類いの魔法道具で試してみたところ、見事に俺はすり抜けた。

 であるので、最初に俺が潜入して、こっそり結界を切る。

 それを見計らってヴィオも入る。

 悪い証拠を集めまくったらさっさと逃げる。

 という計画だ。


 事が済んだら萌愛に合流して王都に帰り、証拠を元に貴族を捕まえるってとこまでがセットだけどな。


「さてさて、王様に謁見するための功名稼ぎとはいえ、まさか勇者の俺がコソコソと泥棒の真似事とはね」

「……無理にとは言わないぞ。相手は王都一厄介な悪党で警備も厳重。いくら検知に引っかからないとはいえ、結界を切るだけでも命懸けだからな。 ……ただ、幸典のとかいう病気を治してだか、だかのバグを治したいのなら、今一番の近道はここの貴族を牢屋にぶち込むだけの情報を集める事だ」

「そうだな。ヴィオの言うとおりだ。 ……いっちょ頑張りますかぁー」

「頼んだぞ、私の旦那様」

「だ、旦那様!?」

「私は幸典の嫁だぞ? 旦那様では何か不服か?」

「いえ、滅相も御座いませんっ!」

「……なんで敬語なんだ」


 これは何ていうご褒美なんだ?

 俺がこの世に産まれ落ちて17年……いや、この世じゃなくて、転生の前の地球に産まれてから17年か。

 今まで生きた中で……これも違うな、一回萌愛に殺されてるし……ええいややこしい!

 とにかく、初めて俺は年端もいかなそうな、下手したら萌愛よりも歳下かもしれない少女に、今さっきと言われたのだ。

 しかも、幼いくせに温かみのある、したり顔で。

 本当、この世界に来てよかった俺。

 脳味噌とか身体とか心とか色々なところから、なにかドバドバと溢れ出しそうなほど感動するわ。

 人生のゴールはここだよね?

 俺もう死んでもいいよね?


 ……いや、よく考えたらダメだな。

 ちゃんとした勇者になるまでは絶対に死ねん。

 あと、バグったまま死んでしまったら……

 俺の墓石には【推定勇者『笶C修・ミス・xシユf・c・』】って刻まれちまうじゃねぇか。

 それだけはいかん。

 一刻も早く魔王を倒さねば!


「……幸典ー? 大丈夫かー?」

「おう。大丈夫……多分」


 再度、魔王を倒す熱意に目覚めた俺。


「変な奴だな。旦那様と呼んでやって喜んでるのかと思えば難しい顔になったり、急に熱意に目覚めたかのようにキリっとした顔になる……実に面白いな幸典は」

「変な旦那で悪かったなっ」

「おおっ、今度は怒ったか? 本当にコロコロと表情豊かな奴だな……うん、変な奴だけど、悪くはない。むしろ私にとって幸典は好みの部類だ」


 こ、好みって……それって、その、ヴィオは俺の事が、す……すす、す……好きって事か?

 告白されたことなんて、一度もない俺だから、ど、どの程度かはわからないけど。


「こ、こらこら。確かに好みとは言ったが、直接的に好きだとか恋だ愛だとか、そういう事ではないぞっ! 勘違いはするな!」

「あ、ああーうん、そうだよな! うん、わかってる、わかってるって! うんうん」


 あーびっくりした。

 まぁそうだよな。

 つまりあれだ、俺みたいなやつでも、嫌いじゃないよってだけか。

 し、心臓に悪いぜヴィオさん……


「……だがまぁ、一緒に連れ添うかどうかは別として、義務としてじゃなく、今なら幸典との子作りも嫌な気は全くしない……かな……(ぼそり)」

「……? ごめん、聞こえなかった。何て言ったのヴィオ?」

「なっ、なんでもない! さっさといけ! ほら!」


 うわちょっと!

 ここ木の上なんですけど!

 落ちちゃうから!


「いいから、もういけ! グズグズしてたら夜が明けてしまうぞ!」


 なぜか耳まで赤くしたヴィオが俺の背中を押す。


「わかったから、押すなって、もう!」


 するりと木を降りて。

 ヴィオが俺に手を振る。


「改めて、いってらっしゃい旦那様っ」

「ああ。いってくるよヴィオ」


 いってらっしゃいと、嫁に優しく言われて。

 俺はなんだか、すごくやれるような気がしてきた。


★★★


 まずは、塀伝いに裏手近くまで。

 夜の闇と森林で身を隠すように、傭兵に見つからないように、さっさと移動する。


(たしか、ここら辺が傭兵の巡回経路から外れた場所だったかな)


 以前、ヴィオが一人で屋敷へ侵入するために作った巡回図を元に、俺は侵入出来そうな場所に当たりをつけておいた。

 鍵縄を放り投げて。

 ひっかかり具合を確かめる。


(よし、登れそうだな)


 大して高くはない壁のお陰で楽に塀を超すことができた。

 もちろん、ここまではヴィオも一人で行けた場所だ。

 だが、ここでヴィオは結界の感知に引っかかり、撤退を強いられたのだ。


(……警報なし。何かに感づかれてる様子も無し。人の気配も無しっと)


 ここからはヴィオすらも体験していない未知の侵入だ。

 まずはここから少し離れたところにある裏口から建物に侵入して結界を切ろう。


 そっと。

 足音を立てないように裏口までくる。

 ドアに耳を当てて人の声などがしないかチェック。


『……っ ……ってさー ……だ ……よなぁ…… ……』


 さすがに誰かがいる様だ。

 どうやら独り言の様だが。


 こういう時はどうするんだっけ。

 ええーと。

 俺のやったことのある潜入アクションゲームだと、確かドアをノックして敵をおびき出して……それから段ボールに身を隠して奇襲するんだったかな。

 それともエロ本を置いて気を逸らすんだったかな。

 ……んーどっちも持ってないな。

 あ、そうだ。


 コンコン。

 コンコン。


 ノックを鳴らす。


『なんだ? 裏口に誰かいるのか?』


 ガチャ。


 警備が厳重なせいもあってか、無警戒にドアが開き。

 武骨な傭兵風の男が表を覗きに顔をだす。

 そしてそこには――


「な、なぜこんなところにのパンティが!?」


 ――萌愛のパンツが置かれていた。

 実はお金が沢山手に入ったので、萌愛も新しい下着を買ったんだけど、日本の下着は履き心地いいから捨てられなかったっぽいんだよね。

 んで、こっそり洗濯してたそのパンツを、俺が密かに拝借しておいたのだ。


「天誅にござるー」

「……!?」


 ボゴ!


 視界の外から。

 俺は萌愛から借りていたモーニングスターことイガちゃんを振り下ろす。

 もちろん、みねうちだ。

 刃なんてないけど。


 さて、気絶させたら次は……っと。

 俺は懐からお酒を取り出して、気絶した男の口の中に遠慮なく流し込んだ。


 そのまま男を担いで……重い……重いけど頑張って担いで屋敷の中へ。


 屋敷の中の構造は把握し切れてはいない。

 だが外から見た感じだと、この裏手から正面玄関のホールに出れるはずだ。

 そして、そのホールから左右どちらかの大広間に結界の基礎魔法術式があるはずだ、とのことである。


「おい、貴様!」


 やばい! みつかった。

 ここはうまく誤魔化さなくては。


「はっ! なんでありますか!」

「……なんだその堅い口調は……気持ち悪いな」


 背中に担いだ傭兵風の男と同じような傭兵風の男に声を掛けられる。

 やはり、警備に安心しきっているのか、相手からは危機感は感じられない。


「いやーすんません! 俺まだここに慣れてなくって」

「あん? 新人か? ……新人なんて入った話あったか? ……まぁ、いいや。それより、その背中に担いでるソイツはなんだ?」

「あ、この人ですか? 実はさっき裏口側の見回りを手伝っていましたら偶然酔いつぶれているのを見つけまして……」

「なに? 警備中に酒飲んでるバカがいたのか? どれどれ……ってアルフレッドの馬鹿じゃねぇか! ……うわ酒くさ! 相当飲みやがったな! 全く、こんなところを貴族様にでも見つかったら殺されるだけじゃ済まんぞ……ったく。おい、えーっとそこの……」

「あ、自分シシュウといいますですハイ」


 もちろん偽名だ。俺は澄原幸典である。

 バグった名前の『笶C修・ミス・xシユf・c・』から読めそうな『笶C修』だけとって、そっからCを抜いてシシュウって適当に名乗ったのである。


「おう、シシュウ。お前、そいつを詰め所に置いてきてくれ。勤務中に酒飲んでる馬鹿がいるって見つかったらマズイから、なるべくこっそりな」

「あいあいさー!」


 と、俺は左側の大広間の方へ適当に歩きだす。


「おい! 馬鹿! 詰め所はそっちじゃねぇぞ!」

「おっと、すいません! 俺方向音痴なもんで! どっちに行けばいいんでしたっけ?」

「なんだぁ? 屋敷ん中でも道に迷うような馬鹿が傭兵やってんのか?」


 こいつ。

 何回人を馬鹿って言いやがるんだ。


「いやいやー仕事中にお酒飲んじゃう人よりはマシってなもんですよーはははー」

「それもそうだな。詰め所はあっちの広間の脇にある通路を真っすぐ行け。さすがにこれでわかるよな?」

「……えっと? あっちですねー? ありがとうございますーすぐにこの人置いてきますよー」


 傭兵の詰め所は屋敷の中。

 そして右側の広間の脇にある通路の先、と。

 詰め所に行けるのはラッキーだな。

 そこなら内部の地図かなんかあるかも。


★★★


「どっこいせっと」


 あー重たかった。

 俺は気絶させた傭兵を詰め所の隅に降ろすと、所内の引き出しを物色する。

 幸い、今は詰め所に誰もおらず、ガサ入れするにはちょうど良い。


「お、あったあった。結界の配置図……えーとなになに」


 安全に解除する方法。

 まずは右の広間にある鷲の彫像のクチバシを開いて予備の魔力供給を絶つ。

 次に玄関広間の2階へ上がる階段裏にあるスイッチを切り主魔力を落とす。

 最後に詰め所にある魔力回収機作動スイッチで漏魔しないようにする。


 注意。間違えるとアラートが鳴ってしまい、管理者権限で停止させるまでは通常の待機状態に戻せなくなります。


「なるほど……適当にやってたらやばかったってわけね」


 そしてもう一枚。


「これは、地下の地図……か?」


 なんと、この屋敷には地下があるらしい。

 しかも結構広い地下空間が。

 多分、後ろ暗い証拠やらなんやらは全部ここにあるんだろうなぁという予感がビシビシ伝わってくる。


「よっしゃ。んじゃあまずは結界の解除急ぎますかー」


 俺は、手順に従って結界の解除を始めた。



★★★


次回予告


こんばんわー萌愛です!

今回は屋敷潜入ミッションから置いてけぼりを食らいました

お兄ちゃん、ちゃんとやれてるかなぁ

やれてるっていうか、オネェな傭兵に捕まってヤられちゃってたりして

……ふふふ。私、腐ってませんよ?


まぁ、そんなわけないってことは知ってはいるんですけどね

あ、あとあとー

ヴィオさん、やっぱりもうデレ始めてますよね?

ツンだった時期が無いのでツンデレではないですが……

うーん、こういうのなんて言うんだろ

殺意→デレだから

殺デレ? んーなんか変ですね


ちなみにツンデレは2種類の意味があるって萌愛ちゃんと知ってますよ!

最初ツンツンしてた子がだんだん恋に落ちてデレてくるパターンとー

いっつもはツンツンしてるクセに、二人っきりになったり、特定のシチュエーションになるとデレデレしちゃうパターンがありますよね

どっちのツンデレも好きですよ私


さて、次回予告ですが

特にいう事はないんですけど、あえて言うなら結界切ってヴィオさんと合流したら地下に行きます

見どころ……?

えーっと、また新しい女の子が出てくるかも……ですかね

というわけで、次回もお楽しみにー

萌愛でしたー

ばいばーい





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