無謀の殺し合い


 無尽蔵に生えている巨大な竹林。進んでも進んでも同じ光景が続く場所。私は血液で濡れた左腕の上腕部分を抑えながら、急ぎ足で前へ進んでいた。

 監視に跡をつけられていたのだろうか。安全な場所まで逃げてきたつもりだったが、何者かの襲撃に遭い左腕を負傷してしまった。血が溢れ出てるわけでもなければ、傷もさほど深いわけでもないことに安堵しながら、襲撃者からどう逃げ切るのかを考えていた。

 

 「いくら逃げても無駄だよ。この場所は騎士の訓練によく使われるからね。庭のようなものさ」


 高い声質の少年のような声が、私の後ろの方向から聞こえた。その声は、傷ついて必死に逃げようとしている私を見て楽しんでいるかのように耳に入る。

 声の主の言う通り、私はその場で立ち止まり乱れた呼吸を整えながら振り返った。

 声の主は、私から直線状の少し離れたところで立っている。白と青で塗装された戦闘服のようなものを身に纏った、ドルテ王国の騎士だった。彼は茶髪の短髪で頭に犬のような耳の生えた、中性的な顔立ちの獣族であり、謁見場で王と面会した時に目が合った騎士であることを思い出した。彼の右手には、その顔立ちからは似合わないような、黒く禍々しい細剣、レイピアを握り不気味な笑みを見せている。


 数秒の沈黙。私はじっと騎士見つめた後、口を開いた。


「どうして、私を狙うんですか?」


低い声で訊くと、獣族の騎士はニヤッっと笑み、握っているレイピアを肩の上に担いだ。


「王様の御意向だよ。連れ戻せ。抵抗してやむ負えない場合は殺せってね」


「なぜ・・・?」


私はもう一度、低い声で訊き返した。彼の言う事が本当なら、どう考えてもこれは怪しいというだけで下せるような判断ではない。私を敵視し、ここまでの判断が下せるような証拠か何かでもあるというのだろうか?


「君が城内へ入った時、うちの賢者の水晶玉が、君から極わずかな魔族の気を察知したんだって。城内には常に結界が入ってあって魔族は簡単には入れないはずだから、ちょっとおかしな点でもあるんだけど」


なるほど。私が監視されていた理由は、私から発せられる極わずかな魔族の気が原因だという事か。私が人間に成りすましドルテ城で諜報活動を行っている。そういう風に王は私に疑っていたのだろう。確かに、私は図書館で本を読み、監視の存在に気づき、すぐに城を出ていってしまったから、王の疑いは確信へと変わってしまったのか。

 魔族の気と言う原因は大体わかる。私の頭の中に潜む、自称魔王の魂が原因だろう。


少し離れたところにいる獣族の騎士は、まあいいや、と言う声を漏らすと、また私に話しかけてきた。今の状況を楽しんでいるかのような不気味な笑みを見せながら、私のほうを見る。


「別に僕は、王国とか君がどうとか、正直、どうでもいいんだよ」


彼は担いでいた黒に染まったレイピアの矛先を私に向けて、続けた。


「僕はね、獣族の中でも鼻が利く方なんだ。それも、特に君のようにたくさんの血を浴びている奴の匂いは絶対に見逃さない。僕にはわかるよ、君は何人も人を殺したことがあるんだよね?」


彼の表情は、一瞬にして狂気に満ちた笑みに変わった。まるで、殺し合いを求めているかのようなその笑みは、私に過度な緊迫感と威圧感を与えた。


「いくよ・・・?」


彼の狂気が入り混じったような不気味な笑みと同時に発せられた言葉が耳に入った瞬間、彼は私の視界から消滅した。


 冷たい汗が頬を伝って地面へと落ちた。


スゥッ。


まるで風が吹き抜けていくような音が耳元で鳴る。気が付いた時には既に禍々しい細剣を構えた獣族の騎士が、私の懐で薄い笑みを浮かべていた。


「クッ」


反射的に背中を反らせながら2、3歩下がった。既にナイフを取り出して応戦する覚悟でいたが、相手の繰り出した攻撃は、まるで私の思考を読んでいるかのようで、体を簡単に貫通しそうな細剣の鋭利な先端が、だんだん拡大されていくように見える。


突きだった。


後ろへ数歩下がって距離を取っても避けきることが出来ない突き技。彼の繰り出された技に不意をつかれたが、前方からの謎の強風によって、私は足を滑らせて勢いよく尻餅をついた。

結果的に、回避不可能な突き技を運良く回避することができたが、鈍痛を感じている暇もなく、騎士の猛攻は続いた。

彼は、地面に倒れ込んだ私にとどめを刺すかのように頭上に振り上げた細剣を私の頭めがけて振り下げた。


キン!


金属が衝突した時に出るような甲高い音が響く。

私はナイフで、彼の一撃をなんとか防ぐことが出来た。今は鍔迫り合いのような状況だ。刃渡りの長いナイフを持っていて助かった。普通のナイフではこんな状況では、あの細剣を受け止めることなど出来ない。今は、なんとか鍔迫り合いでつなぎ止めてはいるが、この状況も長くは続くわけがない。

強い力で押し込もうとする細剣に必死に耐えながら、頭の中でこの絶望的な状況から打開できる策を試行錯誤する私に対し、余裕の笑みを見せる騎士は、敢えて押し込んでいた細剣を私から離らかせた。

どういうつもりなのだろうか。彼は私から少し距離を取り、私が立ち上がる時間を与えてくれたのだ。

私が立ち上がると、騎士はニヤニヤと不敵な笑みを見せた。


しばらく、お互い1歩も動かずその場で立ち尽くしている。何かを誘っているのか?相手のとった行動には、裏があるはずだ。下手に動かず、私はじっと様子を伺うことにした。

心臓の音が周りに響きそうなほどの沈黙が続く。


〈奴は一体何がしたいんじゃ? 〉


不意に、頭の中でアリアの声が響く。


「戦う気がないの?」


騎士は呆れたような表情で私に質問を投げかけたが、応答を待たずに彼はその場で口を開いた。


「君からは血の匂いがする。沢山の人を殺し浴びてきた、決して消すことの出来ない強者の証。僕はそんな君と戦いたいんだ。生きるか死ぬかのギリギリの殺し合いをしたい。なのに、君はまるで僕と戦う気がない」


 私が彼と戦ったところで、私が勝てないことはもう身に染みて理解している。たが、先ほどのように命を失いかけたのは、私との戦いがっている彼から逃げようとしたかだろう。

正直、 勝てる気はしないが自分の身を守るためには逃げるのではなく、戦うしかない。不本意だが、覚悟を決めるしかないようだ。

私は深くその場で深呼吸をして、再度騎士の方を見た。


「あれ、やっと本気で戦ってくれるんだね、目つきが変わった。それでこそ君だよ。何せ、戦闘狂は戦いを求めるものだからね」


〈 ヒイラギリンカよ。覚悟を決めたようじゃな。奴は強い。躊躇なくお主を殺しにくるじゃろうが、妾もできる限り協力してやる〉


アリアは続けた。


〈まず、この距離じゃと、また一瞬で距離を詰めてくる技をしてくるじゃろう。しかし、アレには弱点があるのじゃ。あの技は風の力を利用した魔術の一つ。消えたように見えるが、風の力を利用しておる。直進しかできず、動きが止まったり変えようとすると姿が見えるはずじゃ〉


アリアは少し早口に話す。要はあの技は必ず目の前で姿が晒されるという事か。風の力で姿を消す。動きを変えたり止まると姿がみえてしまうのは、普段は逃走用に使用する魔術なのだろうか?まあ、何にせよ、姿が晒されるタイミングさえ掴めば対処することが出来るはずだ。


「それじゃ、休憩もこれくらいにして、もう1回行くね?」


騎士は、薄い笑みと共にスッと目の前から姿が消滅した。読み通りの展開だった。

アリアのいうことが正しければ、もう一度懐で現れるはずだ。

私は彼が消えてから、1、2・・・と心の中で数字を数えた。そして、3のタイミングで体を左に捻ろうとした時だった。


〈 今じゃ!!〉


不意なアリアの叫び声に驚き、咄嗟に体を軽く右に捻って先程いた位置から左側に出た。

同時に、風が吹き抜けていく音と一緒に、目の前には騎士の姿が現れたのだ。


読みが的中した。


「え・・・?」


彼は一瞬の動揺によって動きが硬直していた。

私はその隙を狙うように彼の腹部にナイフを突き刺さした。


キン!


刹那、私の突き出した右腕が、自身の頭上近くまで大きく振り上がった。

彼は、あの状態から私の突きに反応した。彼は、避けるのも不可能に近い態勢から、禍々しい細剣を振り上げて、私からの攻撃を受け流した。


失態だった。あの時、右側に避けていれば、彼の利き腕と反対側で隙をつく攻撃ができた。そうすれば私の突きは恐らく致命傷には至らなくてもダメージにはなったはずだ。

惜しんでいる暇もなかった。すぐに戦いに慣れている騎士からの反撃が私を襲った。

彼は 振りあがった細剣を勢いよく振り下げたが、それが私に届くことはなく、宙を切った。それに合わせて、1歩、前に踏み込み一撃の突きを試みたが、ギリギリのところで弾き返されてしまった。


 「いい!あぁ、ゾクゾクするよぉっ!」


 彼は薄い笑みを浮かべ叫ぶと、まるでフェンシングのように幾度も細剣を突き出す。 金属が弾きあう音が何度も響く。何とか、相手の攻撃を防ぐことができてはいるが、相手の猛撃に圧倒されている私は、少しづつ後退していた。この場所は竹林だ。場所は狭く、いつまでも後ろに下がっていられない。

 

 これ以上、後退しても窮地に追い込むだけ。この状況を覆すにはどうすればいい・・・?


そう考えている間に騎士の動きが急に止まった。

 理由を考えるより体が早く動いていた。動きの止まった騎士の隙を突くようにして、握りしめたナイフを突き刺そうと一歩足を踏み出した。


・・・が、彼の表情は勝利を確信したかのような笑みを見せた。瞬間、これが罠であることに気づいた私は、思わず突き刺す直前で動きを止めてしまった。


スゥ・・・。


また、彼が瞬間移動したときと同じように、耳元に風が吹き抜けていくような音が耳に入ってきた。この時には既に何もかもが遅すぎた。


 体が軽く感じ、ふわっと持ち上がったような感覚と、前方から強く何かに押されているような感覚が同時に襲ってきた。何かによって自身の体が吹き飛ばされたのだとわかった頃には、竹林の中の一本の大きな竹に背中を強打した。


「アッ・・・ぐぁっは・・・!」


背中を強打したことにより、衝撃が呼吸するための横隔膜を抜けて麻痺。激しい痛みと同時に襲う一時的な呼吸困難によって口から唾液が垂れた。

 呼吸のほうがすぐに正常に戻ったが、背中を強打した痛みは余韻のように体の中に残り、呼吸を整えながら私はただその場に座り込んでいた。右手は背中の腰にあたりに回して、拳銃を握りしめながら。

 彼は、私を見下しながら薄い笑みを浮かべて禍々しい黒い細剣を私の顔に突きつけていた。


〈 不覚じゃったな。もう一つ、風を操る魔術が扱えたのか〉


思ったより冷静に、アリアは一言呟く。


「あはは、残念だったね。とても楽しかったよ。もうさっきみたいな斬り合いができないと思うと、いささか残念だけど・・・」


 彼はゆっくりと私のほうへ歩くと、目の前で足をそろえて立ち止まった。

 狂気に満ちた笑顔が、私の瞳に映る。


「さようなら」


彼は一言呟くと、振り上げた細剣を私の顔をめがけて振り下ろした。ここで死ぬわけにはいかない。最終手段として取っておいた、コルトガバメント。これを前に突き出し引き金を引くだけで、この状況が変わるかもしれない。背中を強打した衝撃のせいなのか、体が思うように動かなかった。

 振り下ろされる細剣。それが、妙にゆっくり感じる。これが、人が死ぬ寸前の極限の状態なのだろうか。

  私は振り下ろされる細剣を見つめながら、死を覚悟した。

 

 




 








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私は魔王と旅をした。 らっぴー @ruppie

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