第三章 異変

辺り一面が、瓦礫とほぼ全壊した建物で埋め尽くされているこの場所は、まるで時間が止まっているような感覚に襲われる。

 荒廃した世界で一人、灰色の空を見上げながら、何かを眺めている私の姿が目に映った。

 

 両手にライフル銃を持ち、返り血で汚れた戦闘服と顔。何を考えているのかわからない、無表情で、ずっと空を見上げているのだ。


 私は、武装している自分をずっと見つめていた。 

 

 武装している自分は、唐突に空を見上げながら狂気に満ちた笑みを見せた。そして、力が抜けていくかのようにその場に座り込む。それでもなお、ずっと空を見上げ続け、ライフル銃を地面に落とした。そのまま腰についた拳銃を右手に持ち、自らの頭に突きつけた。狂気に満ちた笑みを見せながら、空を見上げたまま突きつけた引き金を引いた。


「・・・っ!?」


 バッと勢いよく私は、ベッドから飛び起きた。


「夢・・・?」


額から漏れる微量な汗を手のひらで拭いながら、私は呟いた。


〈なんじゃ?嫌な夢でも見たのかの?〉


アリアの声が、脳内に伝わってきた。彼女は既に起きていたのか?


「ああ、起きてたんですか」


〈そのことじゃが、お主が寝ると妾も寝たり、逆に起きた瞬間、妾も起きるようじゃな〉


「そうなんですか」


〈それより、大丈夫なのか?お主があれほど取り乱すとは、相当ひどい夢じゃったのか?〉


「いえ、大したことじゃありません・・・。少し、昔の夢を見ただけです」


〈そうか?まあ、お主がいいのならいいが。早く震えている手をどうにかして風呂でも入れ。汗だくじゃろ〉


「あ・・・」


俯くと、両手がプルプルと軽く痙攣していた。表情や声では動揺をうまく隠しきれても、体は正直に反応するものだった。自分の過去があんなにもハッキリと夢として出てくるなんて思いもしなかった。


〈お主はただでさへ感情の起伏がない。何か思いつめる事があれば、妾はいつでも相談に乗るぞ。思い詰めるのは体に毒だからな。感情の起伏が少ないといっても、お主の演技の上手さには圧巻じゃったがな〉


「ええ。分かってます。ありがとう、アリアさん」


私はそう言って、客室に設備された風呂場へと入った。


「リンカ!会いに来たわよ!」


朝風呂を終えた直後、閉めているはずの扉が開き、清潔さが伝わる白が基調の高価なドレスを身に纏うネルが、部屋に入ってきた。


「な、なぜ扉が・・・」


タオルで傷だらけの体を隠し、ネルのほうへと寄った。ネルはスペアの鍵を、ドヤ顔と一緒に私に見せつけたのだ。


「図書館?そんなとこ行って何するの?」


動きやすい服に着替えた私は、寝ると一緒に広い廊下へ出た。私は、この世界の人間ではない。城内の図書館へ行き、この世界が今、どうなっているのか調べる必要がある。


「少し、知りたいことがあるんですよ」



廊下には、外で私を襲ったアルベルトというエルフの騎士が待っていた。ネルは私と二人がいいと何度も主張していたが、城内でネル女王の側近をするのは、どうやら陛下のご意向らしい。ネル曰く、こういう事は初めてで、今までは城内だけであればネル一人で好きに移動してもよかったらしい。


 私は少し、王の動きが妙に感じた。


「ここが図書館よ」


大きな両開きの扉の前に、ネルは立った。茶色で、複雑な彫刻を施された頑丈そうな扉は、ネルの細い腕によって簡単に開いた。


「ここが、図書館ですか」


私は謁見の場ほどではないが、それに近いくらいの広さのある大きな部屋を目の前にして、呆気にとられていた。昔から私は、こんな広い場所を何度も目にする機会などなかった。


「それでは、本を探してきますね」

  

「ちょっと待って」


ネルが突然私を呼び止めた。


「?」


私は振り返りネルの姿を見ると、彼女は右手の人差し指を口元にあてた。


「ここでは静かにしてちょうだいね」


「はは、分かってますよ」


そう言って私は奥へと向かった。




無数にある棚の中の一つに、更にたくさんの厚い本が並べられていた。しかし、私はどの本も触れることが出来ず、行き詰まっていた。


「・・・なんて書いてあるのか分からない」


私は小さな声で呟いた。


〈 なんじゃ、お主は妾達とは話せるクセに字が読めんのか?〉


「そのようですね」


そう言えば、アリアやネル。この世界の人達とは、自然に日本語で会話が成立していた。それこそはじめは疑問に感じていたが、だんだんそれも薄れていったから忘れていた。ここは私の住んでいた世界とは違うのだ。会話の成立については分からないが、文字が読めないのは仕方のない事態だ。

だが、本当が読めないのは致命的だ。どうするべきだろうか。


「アリアさん、私の代わりに本を音読して頂きたいんですが」


私は小さな声でアリアに提案をした。


〈 妾がか?〉


私はコクッと小さく頷いた。彼女なら声を出しても聞こえるのは私だけ。この世界の字が読めない私にとって、彼女の言葉で文章を翻訳してもらうしか方法がなかった。


〈 仕方ないな・・・。ほれ、早く本を選べ〉


私は赤色の厚い本を手に取った。そして、近くにあるテーブルの上に置いて椅子に座った。アラビア語に似た暗号のような文字をアリアはスラスラと日本語に変えて読んでいく。


この世界には、科学技術の他に、魔術という分野が非常に発展している。500年前の種族間の戦争により、魔術を戦争に利用ための研究により壮絶な発展を遂げたのだ。

そもそも、魔術とは人の心を惑わす術のことを言っていたが、この分野の急速な発展により自身の精神力を削ることで、炎や風、水などの自然的なものや、それに限らず、様々なものを、何も無いところから創り出すことができるようになった。これは軍事的にも利用され、この事を魔術と呼ぶことになったのだ。

自分の精神力を引換に何も無い場所から何かを創り出すと言うところは、錬金術に通づる所がある。自分の身を引換に、何も無いところから何かを創り出す技術。無論、強力な魔術には相応のダメージを精神的にと負うことになり、 魔術の過剰使用は精神疾患に繋がる危険性がある。軽度であれば、それを回復させる手段も存在する。それが、ブルーオーアと言う青色の石のようなものである。これを粉にして、吸引うことで精神力を高めることが出来る。魔術の使用によって精神力が削られ危険だと感じた際にブルーオーアを吸うと精神力が回復し、再び魔術を扱うための精神力を得ることができる。

しかし、これにはデメリットが存在する。

ブルーオーア自体は珍しいものではなく、店でも売られるほど流通のある医師である。だが、ブルーオーアを大量の摂取は運動能力や免疫力の低下の恐れがある。比較的、魔術を使う頻度の高い魔術師や賢者は、ブルーオーアを愛用しているために体が弱い人が多い。体には害悪だが、命に関わる事には繋がることがないため、今でも魔術師や賢者など、魔術を扱う人はブルーオーアを多用する。


「これって・・・」


私は小さく、戸惑いの声を漏らした。後に続いてアリアも声を出した。


〈魔術についての本じゃな〉


アリアから発せられる声は少し笑っているように感じた。


「わざとやってましたね・・・」


私は大きくため息をついて厚い本を閉じた。だが、魔術について書かれた本であっても、この世界のことの話であるのは確かだ。魔術の仕様は体を蝕むという事実は、知っておくことでこれから、もしものことがあった場合に対応できるだろう。いい収穫だ。


 「・・・?」


本を持って椅子から立ち上がった時、何かを感じて咄嗟に後ろを向いた。


妙な視線を感じた。


〈どうしたのじゃ?〉


アリアが不思議そうに言った。


「いや・・・」


私の目線の先には獣族やエルフの貴族がいる。本を持って立ち上がったまま視線を左右に移動させて周りを警戒した。


数秒後、私は本を元あった場所に戻すために本棚のあるほうへと歩いた。


〈急に変になったぞ、お主〉


アリアが、私の様子の変化に心配したのか声をかけた。


「やはり、私は王に歓迎されていないようですね」


小さな声で私は呟くと、厚い本を本棚へと戻す。


〈どういうことじゃ?〉


「監視されてますね、複数人に」


〈マジか〉


「マジです」


私は続けた。


「やはり、見ず知らずに人間をよく思っていないんでしょうね。完全に怪しまれてる。ネルには申し訳ないですが、すぐにでも出ていくべきじゃないですか?」


 私は小声でアリアに伝え、図書館の出口に近づいていく。


〈ネルや、陛下とやらには黙って行くのか?〉


私は頷くと、静かに図書館から出た。扉を閉めて、急ぎ足で迷路のような廊下をネルと一緒に来た道を思い出しながら自室の客室へと戻った。


〈唐突すぎやせんか?明日からでも遅くないじゃろう〉


「監視の目も、私を忌んでいるようでした。彼らは私を敵視しています。長居は危険かも知れません」


明日からだと遅いかもしれない。例えば、彼らが私を怪しみ、食事に毒や睡眠薬を混入したり、寝込みを襲って来る可能性もある。何人もの監視が、王による命令で私の後を追ってこようとしているのなら、この城内に安全な場所など存在しない。すぐにこの場から立ち去ることが、今出来る安全な策だということだ。


〈 恐らくじゃが、エルフや獣族でない人間のお主をよく思ってないんじゃろうな。今は昔と違って平和で、種族感との争いもなくなったはずじゃが、500年前の種族間との戦争の名残がまだあるのかもしれんな〉


戦闘服に着替えると、部屋を出た。周りを警戒しつつ、一度通った道を忘れることなく、出口へと出ることが出来た。


「帰るのか?」


門番の男が、急ぎ足で外へ出た私を呼び止めた。


「はい。この事は陛下にお伝えください。よろしくお願い致します。では、また縁があれば」


ニコッと笑い、私は町の外へと出た。


「ここまで来れば大丈夫でしょう・・・」


街の外に出たあと、少し歩くと 少し大きな竹林に行き着いた。自分の身長を軽く超えた巨人のような竹は、太陽の光を遮り木漏れ日が茶色の地面を所々、水たまりのように照らしている。


〈 にしても、これはなんじゃ?〉


アリアの疑問の声の意味は私にもわかる。この竹林は立派に育っている竹の他に、途中で一刀両断されたように斬られている竹も沢山目に付いた。ノコギリや草刈り機で切られたような跡ではない。もっと、鋭く重量があるもの。例えば・・・剣や刀。


生暖かい風が、正面から包み込むように吹いたかと思えば消えていく。


刹那、突然、私の体が真っ二つに斬られる映像が、脳裏に鮮明に映し出された。切られた腹部から赤い液体が噴出し、状況が理解出来ぬまま、切られた上半身が地面上に落ちる。私はただ血液を噴出する自身の下半身を見つめていた。


額から冷や汗が滲み出る。空気が重く感じ、目の前すらまともに見えず、呼吸は乱れてアリアの私を呼ぶ声すら入ってこない。


〈おい、ヒイラギリンカ!目を覚ませ! 〉


「なっ・・・!」


何度目かのアリアの声掛けで、私は漸く我に返った。背後から感じる壮絶な殺気に、咄嗟に振り返った。が・・・。


シャッ!!


赤い液体が近くの竹に水飛沫のようにくっつく。竹に付いた液体は、ゆっくりと地面に向かって竹から下っていく。

























  

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