第二章 王女と友達

「ほ、本当に申し訳ありませんでした!」


人気のない裏路地で、私を襲った銀髪の西洋の特徴のある剣を持った男が私の目の前で正座して頭を下げた。

エルフである特徴的な耳と、白と青で塗装された重そうな鎧は、彼が騎士であることを思わせる。

お互いの武器の刃がお互いの首に突きつけられたどう使用もない状況の後、その仲介に入ってくれたのは、獣族に襲われていたドレス姿の高貴なエルフの少女だった。

私の無実を代わりに主張してくれた後、男は青ざめたような顔をして、私ゆ頭を下げたのだ。


「わ、私はてっきり、その者が、お嬢様を襲っていたとばかり・・・。本当に、申し訳ありません」


「立ちなさい。アルベルト。この人は私の身を守ってくれただけじゃなく、私が犯しそうになった過ちまで防いでくれた。本当に強い人なのよ」


今更、今晩の宿代ために助けましたなんて言えるはずもない。ここは愛そうよくすべきところだろう。


「たしかに。私のあの技を不意打ちという不利な状況でも、受け止められる実力。知識力の高さで有名な人間族に、これほど戦闘力があるお方がいるとは思いませんでした」


この世界の人間族は、他の種族より博識である分、非力で戦闘にはむかない種族という事か。


〈 昔から人間の知恵には脅かされてばかりじゃったな。魔術も使えんし、大して強くないくせに、科学力や技術力の最先端を行っていた人間族は脅威でしかなかったな〉


「私は誰も知らないような、小さな集落のある里で生まれ、生きてきました。この変な服装も、この武器も、狩りをするための装備です。私は世界がどういう風になっているのかが知りたくて旅に出たんです。そして、ここに着きました。」


私が別世界からの来訪者であることを隠すために嘘を吐いた。信憑性の無いことを言えば、後々が面倒くさい。

異郷後で生まれ、この服装はその地の狩りでの正装ということにすれば、信憑性があり騙しやすい。


「もう何度も野営を取り一日を凌いできましたが、食料もつきお金もないんです。どうしたらいいか悩みさまよっていたところに、獣族に襲われているあなたを見つけ、助けに行こうと思ったんです」


我ながら完璧な演技だと、心の中で自負する自分がいた。

このまま行けば助けた礼として、騎士からお嬢様と呼ばれている、とんでもない地位のエルフに呼ばれる可能性を作り出した。まあ、普通の宿より高価な場所で体を休めるのはいいことだが、私としては宿代を頂ければそれでいい。


「なら、あなた、私のところへ来なさいよ」


エルフの少女から、予想通りの言葉が出た。


「で、ですが、お嬢様・・・!あの場所に見知らぬ者を入れるのは・・・」


戸惑いながら口を挟むアルベルトと呼ばれる騎士。


「何?私を助けてくれた恩人なのよ」


エルフの少女は騎士の男を睨んだ。


「ですが・・・」


「お礼もしたいの。お父様も私の命の恩人だと言えば分かってくださるわ」


そう言って、エルフの少女は表の通りに走っていった。 

 嫌な予感がした。護衛の騎士に、彼女の今までの発言から見て、エルフの少女はこの国の王族の血筋のあるエルフではないのだろうか。と言う考えが私の中で浮かんだ。


「すいません。もう少し、お嬢様の面倒を見ていただいてはくれませんか?」


アルベルトは、私に言った。


「あの方は、もしかして・・・」


「お嬢様は、このドルテ王国の血筋を引いた王女なのです。しかし、この事は公ににはしておらず、国民は誰も知らないでしょう。王女は、ずっと外に出たがっていました。なので今日は、国王陛下のご指示のもと、外出の許可を頂いてお嬢様は外出されました。しかし、お嬢様は護衛をつけることを酷く嫌っていたので、私が遠くから見守っておりました。途中で勘づかれて見失ってしまったんですけど、本当にあなたがいてくれて助かりました。改めて礼を言わせていただきたい」

 

 アルベルトは頭を下げた。


「いえ、人として当然のことをしただけです。お気になさらないでください」


私はニコッと笑う。


「どうしたの?早く来なさいよ!」


遠くからエルフの少女は大きな声で私たちを呼んだ。


「呼ばれてますよ。私はいつも通り遠くから見守っております。お嬢様の事をお願いします」


 そういって、アルベルトは離れていった。



        ☆



「ねえ、あなた、名前はなんて言うの?」


町の中心部、つまりは王家の城に近くなっていくほど、見える店や物が高価になっていくように思えた。今私達がいるのは、町の中心に近い場所のカフェだ。外にある小さな丸く白いテーブルに白い椅子に座って王女様と対面して座っている。


「名前ですか?」


「そう!私は、ネルって言うの。よろしくね」


あえて、フルネームを言わないのは、この民衆の中で言えば、周りに自分がこの国の王女であることがバレてしまうからだろう。


「私は柊 凛花と申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」


私は相手がここの国の王女と聞き、思わず頭を下げて名乗ってしまった。この事は、騎士から聞いたことであり、彼女は知らないのだ。


「ヒイラギリンカ?何だが変な名前ね。あと、そんなに固くならなくていいわ。だって、私達は友達でしょ?」


「友達、ですか」


「そうよ、友達。だから私とことはネルって呼び捨てで呼んで。ええっと」


「凛花でいいですよ。よろしく、ネル」


私は微笑み、右手を差し出した。


「ええ、よろしく、リンカ」


お互いの握手を済ませると、彼女はパンケーキを口に入れ、幸せな表情で私にパンケーキについて語ってくれた。


「次はあの店に行きましょう、リンカ!」


沢山の荷物を持っている私を気遣わずに、さっさと歩き回るネルの跡を追うのはかなりの至難の技だった。


〈 これじゃあ、友達と言うより、ただの荷物運び役じゃの、ぷぷ〉


皮肉を言うアリアの言葉を無視して、ネルを見失わないようについていく。タクティカルバッグだけでも、かなりの重量があるのに、この両手が塞がるほどの荷物を運ぶのは、かなり堪えた。


「ありがとう、リンカ。本当に楽しい思い出を過ごせたわ」


店を回り続けて数時間、いよいよ日も沈む時間帯になった。そして、町の中心部、ドルテ国の城に辿り着いた。

白が基調になって建てられた立派で巨大な城。日本と城とは違い、北欧の文化が取り入れられたような綺麗で見栄えの良い城は、誰もが一度は住んでみたいと夢見るだろう。

まだ、入口の近くまではたどり着いてはいないが、遠目から門番をしている兵士の姿が二人確認できた。

兵士からは見えない距離で一度、ネルは立ち止まってこちらを向いた。


「実はね、私、この国の王女なの。ごめんね、ずっと隠してて」


実は知っていました。など言えるはずがない。

ただ、彼女は自分の身分を隠してきた罪悪感からか、ネル王女は私に悲しい表情を見せた。


「私達は友達。そう言ってくださったのは、あなたじゃありませんか。身分や地位が違っても、それは変わらないんじゃないですか?」


笑顔を向けると、ネルは嬉しそうに、うん、と頷いた。


「そう、友達ね!来て。お父様にお願いしてあなたにお城の中を案内してあげるわ!」


そう言って、門番の目の前まで走るネルの跡を追うようにして移動した。


〈 お主、手馴れてるな〉


アリアが突然、私に語りかけてきた。


「まあ、子供の相手はね」


私は言うと、門番の前まで歩いた。


「お嬢様、その者は?」


門番の一人は私のほうを見た。


「私の友達よ。この人も中に入れてあげてほしいの」


「し、城の中にですか・・・?いや、ですがそれは・・・」


困惑する門番の兵士。たしかに、王の住む城に全く見知らぬ人間を入れるのは、いくら女王の言葉であっても無理があるだろう。私としては、今晩の宿に泊まれる宿代だけでももらえればそれでいいのだが。


「何?私に文句でもあるの?」


「い、いえ・・・。失礼しました」


「ありがとう」


「きょ、恐縮です」


ネルは一言言うと、私の手を引っ張って中へと進んだ。

 門番とすれ違いざま、私は軽く一礼をしようとしたが、その時の門番の私に対する冷たい目線は、私への不満を隠しきれていなかった。


 

 謁見の間。非常に大きな両手で開ける扉の奥には、玉座に座る王の姿があった。アリアから、エルフ族は長寿で有名の種族だと聞いた。王は白い金色の長髪で、顎から生える長い髭。そして非常に大きな体が目立つ。そして、この広大の謁見の間の左右には、剣を装備した白と青の戦闘服を纏った獣族とエルフ族の騎士が100人近くは綺麗に整列していた。


「君が・・・。ネルを助けてくれた、凛花と言う人間か」


 威圧のある渋い声で、ゆっくりと王は口を開けた。


「はい」


私は応えると、その場でひざまづき、頭を下げた。


「よい。頭をあげよ」


ドルテの王が言った後、私は頭をあげた。その時、妙な視線を左側から感じ、視線を向けた。茶髪の短髪で、頭に犬のような耳の生えた獣族の騎士と目が合った。中性的な容姿で、男女の区別が分からないが、騎士はニコッと微笑んで方手を振った。


「どうかなされたか?」


「あ、いえ、なんでもありません」


「まあよい。君は、私の娘を救ってくれた恩人だ。褒美をやりたいと思っておる。なんでも良いぞ。私に叶えられるものであれば言ってみよ。何か希望はあるか?」


「はい、ありがとうございます。実は、私は遠い異郷の地から旅をしてこの場所に訪れた身。少しお金に困ってまして。無粋な願いかも知れませんが、今晩だけでいいのです。宿に泊まるだけのお金を頂けないでしょうか?」


          ☆


〈ぷぷ、王からの褒美で宿代だけを頼むとは。もっとマシなものがあっただろうに。本当、お前は変な奴じゃの〉

 

 嘲笑うようなアリアの声が頭の中に響いた。私のあの発言で、周りは失笑していた。王様から頂ける光栄な褒美の希望を、【今晩泊まるための宿代】というのは、軽はずみすぎたかもしれない。

 ここは、城の中の客室のようだ。部屋は一人で使うには少し広く、周りにある装飾物のほとんどは高価なものばかりだ。一見、高級のビジネスホテルを思わせる部屋のベッドの上で仰向けに寝転んだ。

 予想以上に柔らかいベッドの居心地はあまりよく感じなかった。と言うより、慣れていないといったほうがいいのだろうか。硬い寝具にばかりで眠り慣れてきた私にとって、想像以上に柔らかすぎるベッドは不適である。


 「まさか、城に泊まることになるなんて思いませんでしたから」


 フカフカすぎるベッドに仰向けのまま、私は呟いた。


 〈おかげで、大金とこんな良いところに何日も泊まれるんじゃ。これほど運のよいことはないじゃろ〉


正直に、褒美など宿代だけで十分だった。もともと、それが目的でネルを助けたのだ。それが、実は領民も知らない王女であり宿代を貰うはずが、この城に数日の間、宿泊してよいと言う事と2か月の給料ほどの大金を頂いた。これはこれで、宿代を貰うだけに比べたら何倍も良い報酬のはずだが、素直に私は喜ぶことができなかった。

 なぜ数日もここに泊まってよいという王の発言に、少し引っかかりを感じた。

 

 「明日、図書館の部屋に行きましょうか。私も少しはこの世界について知っておかなければなりませんから」


〈そうじゃな。ここも500年前とはずいぶん変わった。まさか獣族とエルフが共存している国になっとるとはな。妾のいた世界ではあり得ん話じゃ〉


「では、今日はもう寝ますか。次に目指す場所も、明日考えましょう。それではまた」


 私はそう言うと、明かりを消して眠りについた。


――数時間前――


 「陛下。少しお話があります。よろしいでしょうか?」


「なんじゃ、申してみよ」


謁見の場で、一人の賢者のような暑そうな服装に身を包んだ男が、王にひざまずいていた。


「ネル王女のお連れの方の件について申し上げたいことが一つ」


「あの者がどうかしたか?」


「実は、私の水晶玉にあの方から極わずかですが、魔族の気が反応しているんです」

 

 男の水晶玉は、沢山の種族の敵である魔族の悪質の気に反応する特殊の魔術を施された水晶玉。普通ではこの町に侵入してきた時、すぐに反応するはずのものだが。


「町に入ってきたときには反応しなかったのか?」


眉間にしわを寄せながら渋く威圧感のある声で言った。


「はい。ほんの数時間前に反応し、調べた結果、王女のお連れの方が、魔族からのスパイではないかと言う結論が出されました」


「ふぅむ・・・」


王は、玉座の手すりを使い、右腕で頬杖をして少しの間、謁見の間は沈黙に包まれた。


「私の部下を数人で、彼女を監視させようと考えています」


賢者は言った。


「わかった。あの者には、数日の間はこの城で宿泊させよう。だが、あの者は私の娘を助けてくれた恩人じゃ。決定的な証拠が出てくるまで、あまり手荒な真似はしないようにせよ。くれぐれもバレないように上手くやるのじゃぞ」


「はっ。それでは。私はこれで、失礼します」


賢者の服を身にまとった男は、ゆっくりと謁見の間を後にした。




  

 

 







 

 













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