第一章 異世界への旅路

第一話 初めての場所

 私は両親の顔を見たことがなかった。いや、覚えていないだけかもしれない。物心がついたころには既に日本にはいなかったからだ。古汚い施設のような場所で武器に触れ、人の殺し方を学び、戦い方を教わった。

 海外に売り飛ばされた奴隷は、その果てに人を殺す道具を駆使して人を殺す兵器へと育てられていったのだ。


 そして、私は傭兵になった――。

 

 正直、人を殺すのは嫌だった。武器が嫌いだった。だが、私に武器を捨てることはできなかった。人を殺すことを止めることなどできなかった。武器がないと生きていけない。人を殺さないと生きていけない。そう言い聞かせて震える自分に何度も自己嫌悪した。 


 それでも私は、武器を握って人を殺した。

 

 武器を握り、人を殺すために生まれた私のような人間を、彼らは戦闘狂だと言って恐れる。 

 だが、私は余分な殺してしてこなかった。殺しが嫌いな戦闘狂は、戦う意思を喪失した相手は殺す程のことはしなかったつもりだ。

 

そしてある時、私はふと思った。


 何故、私は武器を持ち、何のために戦っているのだろうか――。答えは、見つからなかった。


                ☆



〈――おい!ヒイラギ・リンカ!何をボーっとしておるのじゃ!〉


地面を見ながら立ち止まっていた私は、アリアの脳内に直接伝わってくる声によって我に返った。

  約500年前、この異世界の魔王として活躍したのが、彼女。魔王、アリアらしい。

 彼女は、500年前に起きた戦争に参加し、すべての国を統治する寸前で、一人の人間族によって封印された。現在、魂だけは封印を解くのに成功したが、意識とは関係なくその魂は、私の体に憑依した。だから、彼女は実体はないが、声だけは私の脳内に直接話しかけることができるようだ。だが、彼女の声は私以外の誰かが聞くことはできない。

 強大な力を持った訳アリの彼女と、異世界に迷い込んでしまった私は、今は一緒に一つの街を探しに広大な草原を歩いていた。私が別の世界からここへ意味が分からぬまま迷い込んでしまったことは、アリアには既に簡単に説明を済ませてある。だが、今後、誰かと出会い話す機会が訪れることがあるだろう。面倒ごとを避けるために、国の政治や文化、影響を一切受けないような、ほんの小さな島から旅をしにやってきたのだという嘘を吐くことにした。


 目の前には、大きな外壁に覆われた大きな城下町があった。いつの間に町についていたのだろうか。


「ああ、すいません。ちょっと考え事をしていました」


私は、微笑みながら誰もいない場所で一人ボソッと呟いた。


〈そういう作り笑いはよせ。何よりお主は疲れているじゃろう。町へ入って宿を探すぞ。これからの事は明日からでも問題はないじゃろう〉


 アリアはそう言ったが、一つ問題があった。


「あの、お金・・・ないんですが」


〈あっ・・・〉



「結構、人口もいて賑やかなところですね」


門に門番がおらず、すんなりと城下町に入ることができた。この町のほとんどは、レンガや石造建築が多い。街並みは例えるなら、それはまさに中世のヨーロッパのような印象を受けた。ここに住む者のほとんどが、外見は人間に似ているが、長寿で生命力のある耳の長い生き物であるエルフと、体全体に獣のような毛が生え、力のある獣族が占めているらしい。アリア曰く、一つの街に多種族が一緒に暮らしているのは500年前は有り得ないことだと言う。当時、種族間との交流は容易ではなく、逆に互いに敬遠しあっていた。500年前に起きた戦争も種族の間にできた溝が原因だと聞いた。

だが、今は違う。当時よりもこの世界は平和になった。それでも、争いと言うのは常に絶え間なく続き、消えることはないだろう。


「・・・にしても」


大通りを歩いているのだが、左右には露店が続いていて私はその真ん中を少し大きな歩幅で歩きながら、周りをチラチラと見回しながら小さな声を漏らした。


〈すごく・・・見られているようじゃぞ〉


私が言おうとしたことを、アリアは脳内に直接伝えてきた。周りの獣族やエルフが、一人歩く私のほうを見てヒソヒソと何かを言っているようだった。


「・・・。」


私は視力や聴力には自信がある。表情を変えず聞き耳を立てて、二人の獣族の男の会話が聞こうとした。


「おいおい人間族がいるぞ 。絶滅したんじゃないのか?」


「馬鹿、絶滅なんてしてないぞ。数が少なくなっているだけだ。にしても、この街に人族が来るなんてな・・・。しかも、暑そうな変な服を身に纏ってる。熱くないのか?」


此処の世界の人間族は数が少ないようだ。この大きな街に理由は500年前の戦争に関係しそうだが、まあ後からこの世界については調べるつもりでいたからその時にでもわかるだろう。にしても、沢山の人達から変な注目を浴びるのもあまり良いものではないな。

 私は少し人気のいない場所を探すと、細い裏路地を見つけた。そのままそこに入り、歩を進めようとした時に目の前の光景を目にした私は思わず立ち止まった。


 「や、やめなさい!この下衆!その汚らしい手で触るな!」

 

暗く薄汚い路地に似合わないような綺麗なドレスを身に纏う金髪のツインテールの可愛らしい少女が、体中が獣の毛が生えた荒くれ者の獣族二人に襲われていたのだ。少女は耳が長いのを見ると、エルフだろうか。耳以外が人間にそっくりなので見分けが難しい。

 

 「いいじゃねえか・・・。服装からしても富裕層のエルフだろ?だったら金もたくさん持ってるはずだしよ。俺たちと遊ぼうぜ。悪いようにはしねえからよぉ・・・?」


 獣族の一人が壁に追いやられたエルフの少女の手首を掴み、強引に連れて行こうとする。


「やめて!離しなさい!」


必死に抵抗するエルフの少女を見て、私は振り返り、裏路地から表に出ようとした。


〈助けないのか?〉


 アリアが訊ねてきた。


「まあ、面倒事は避けたいですし、私には関係ないですからね」


〈本当にそれでいいのかの?〉


私の言葉に、アリアはフフフと声を漏らしながら、何かを言いたそうな声で勿体ぶる様にもう一度訊いてきた。私は裏路地から表に出る前に足を止めた。


「どういうことですか?」


〈あの娘はどう見てもこの城下町の富裕層のエルフじゃ。つまり、彼女を助ければ今晩の宿代どころか、1週間分の生活費は謝礼でもらえるかもしれんのだぞ〉


 アリア言い切る前に、いつの間にか既に、襲われているエルフの少女のほうに急ぎ足で歩を進めていた。涙目のエルフの少女と目が合った瞬間、獣族の二人は後ろを振り返ってきた。


「なんだテメェ・・・? 珍しいな、人間じゃねえか」


獣族の一人は余裕の表情で私を見下している。


「あなた方に特に文句はありません。ただ、彼女は私の大事な友人ですので、返していただいてもよろしいでしょうか?」


私は、ニコッと笑顔を見せた。


〈 でた・・・。作り笑顔〉


私の言葉を聞いた獣族の二人は、大きく声を上げて笑った。


「なんだったら、そこの変な服着た姉ちゃんも一緒に遊ばね?服脱いだらスタイル良さそうだしさ、俺ら、優しくするぜ?」


獣族の 二人はエルフの少女に背を向けて、私の方を見ていた。本当はこの時に彼女は逃げてほしかった。私は深くため息を吐くと、笑顔をやめてゆっくりと二人の方へ歩いて近づいた。


「な、なんだ、やろってのか?俺は女だからって手加減はしねえぞ?人間みたいな知能だけの貧弱生物なんて怖くねえよっ!無理矢理いうことを聞かせてやる!」

獣族の一人が、歩きながら近づく私に右手の拳を頭にめがけて放ってきた。隙だらけの遅いパンチ。ボクシングのプロなら、相手のパンチ避けずに自分のパンチを相手の顔面に当てられるだろう。

私はその隙だらけのパンチを避けて、すっと奥に進んだ。


「・・・は?」


空振りした獣族の一人は、意味がわからないと言った表情で通り過ぎた私を見た。

もう1人の獣族のパンチも難なく避けると、壁際にいるエルフの少女に近づいた。


「え・・・?」


エルフは呆気に取られたような顔を見せた。彼女の振り上げた右手首を、私は右手で掴んだからだ。彼女の右手には金で出来たナイフくらいの大きさの小さな短剣が握られていた。恐らく背後から獣族を刺そうとしていたのだろう。取っ手は金色に輝き、世界に一つしかないような巧妙で高価そうなデザインだ。


「デザインは綺麗でいいですね。ですが、か弱い女の子に刃物なんて似合いませんよ」


「え・・・?」


高価なドレスを着たエルフの少女は、呆気にとられた表情をしていた。私が掴んでいる右手首を離すと、少女はゆっくりと腕を下ろした。


「い、いや、私・・・そんなつもりは・・・」


少女は、恐怖で正常な判断が出来なくなっていたのだろうか。自分がやろうとしていたことの本当の意味を理解した瞬間、ブワッと目に涙を浮かべた。


「おいコラァ!っざけんじゃねえ!クソ女が調子乗りやがって、ぶっ殺してやる!!」


 力任せで隙がありすぎる殴打を避けるのは、戦闘経験を何度もしてきた私にとってはその場で動かなくても簡単にできる。私の、彼らを弄ぶような態度に、どうやら腹を立ててしまったらしい。正直、私は彼らは眼中にないようなものだ。私の目的はあくまでエルフの女の子を助けて最低限宿代の謝礼金を貰うこと。このまま逃げてしまえば非常に楽で合理的だ。だが、あそこまで怒鳴り散らかされれたと言うのに、ただ逃げてしまうだけでは、なんだか後味が悪いというものだ。

 私はエルフの少女から、180度回転した。怒り狂った獣族の男二人のうち一人が、私に襲い掛かる様に右手拳に力を込めて、今にも殴りかかろうとしていた。


 「はあ・・・」


私は深いため息を漏らした。

男の体重は前にかかっている。男の右手拳が前に出る瞬間、私は体を殴りかかった男に向けたまま、右側へ避けた。男の拳は宙を舞った。男が前方に体重が乗っているのを利用して足を引っ掛け、足払いをした。男の足は地面と離れ、重量のある頭から地面に激突してしまった。

男はそのまま動かなくなると、もう1人の獣族の方を見た。


「ひっ!?」


完全に逃げ腰だった。


「これ、回収してくれませんか?」


私はニッコリと笑いながら気絶した男を指さすと、彼はすぐさま気絶した男を背負い、足早に逃げていった。


「あの・・・」


 エルフの少女の声で、私は再び振り返り少女の顔を見た。目に涙を溜めながらも、涙を流さないように我慢している。私とは顔を合わせず、俯き両手で涙を溜めた目を手の甲で擦り、ゆっくりと顔をあげた。


「あ、ありが・・・とう」


恥ずかしさがあるのか、礼を言った瞬間に頬を赤く染めた。小さな子供だったら頭に手を当てて撫でてやれば喜ぶのだが、彼女は子供じゃない。正直、こういう時にどういう態度をとればいいのかわからない。

 

「あの、助けてくれたお礼もしたいし・・・。す、少し付き合ってほしいんだけど・・・」


彼女は金髪のツインテールを指で弄りながら、恥ずかしそうに言ったが、私が 表の方を見ているのを確認し、彼女の言葉は、言い切る前にフェードアウトしていった。


何か、嫌な予感を感じた。


私が裏路地に入った場所から、殺気に近い負のオーラのようなものを感じた。顔を表の方に向けて、眺め続けた。


〈 どうしたんじゃ?何か感じるのか?〉


アリアは真面目な声で言った。

戦場では、嫌な予感というのは生死を分ける重要な感覚である。優れた兵程、予感は正確なものになり、それに対して無意識に対策を取ろうとするものだ。

嫌な予感がするだけで、無意識に腰に装着されたナイフケースから、刃渡りの少し長いコンバットナイフをいつでも取り出せる準備をした。右手で、ナイフケースからナイフを取り出さない程度に、取っ手を手につかんでいるのだ。


「ど、どうしたの・・・?」


エルフの少女が、不思議そうに口を開いた。そして、そのまま、私の肩に少女の手が触れようとした刹那。


キィンッと、金属同士がぶつかり、細く高い音が裏路地の中を響き渡った。

 目の前には、銀色の髪のをした短髪の男が、西洋の剣を両手に持ち振り下ろした。

 私の持つナイフは、刃渡りが長いと言っても剣と比べれば大きさなど一目瞭然である。なんとか、最初の一撃だけは両手でナイフを横に構えて持ち防ぐことができたが、剣相手に押し合いで勝てるわけがない。防ぐことができたが、すぐに力負けして剣が振り下ろされるだろう。

 ナイフで振り下ろされた剣を防いだ瞬間、体をねじる様に右側へ避け、同時にナイフの刃のほうを持っている左手を離した。男の剣は、そのまま宙に剣を振り下ろした。機動力のあるナイフはそのまま男の首に刃を突きつける形となった。

 

「・・・!」

 

 だが、振り切ったはずの剣は、いつの間にか私の首に鋭い刃が向けられていた。大きな剣に似合わない速さ。男の強さに正直驚いたが、お互いの首にお互いの武器の刃が向けられているこの状況。お互い目を見て睨みあいながら、路地裏は少しの沈黙に包まれてしまった。

 







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